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14 燻製肉は美味しい



 日本人リーダーが妻の圜子(まりこ)だったことに衝撃を受けた。


 そう。圜子がいたのだ。最も見たくない顔だった。

 こっちの世界で会ってしまうなんて最悪だ……。


 圜子は若返っていた。職場で出会ったときよりも若くなっていた。高校生くらいにまで見えている。それでも一目で圜子だと見抜けた。職場にいた頃の彼女の容姿に、あどけなさも加わり、癪に障ることだが……いっそう可愛らしく感じた。


 俺たちが魔族討伐に行っているときに、この世界に転移してきたのだろう。てことは、そんな短期間で日本人リーダーに選ばれたってことか。いったいどんな特殊技能を持っていやがるんだ。


 圜子も俺がここにいたことに驚愕しているようだ。

 不快そうに眉根を寄せていた。


 くそっ。なんだよ。俺だって異世界に来てまで、圜子とは関わりたくなかったさ。


 当然ながら、圜子が妻であることを周囲に打ち明けるつもりはない。圜子も絶対にそう思っているに違いない。当然、ここは他人のフリ。初対面のフリだ。


「皆さん、はじめまして。カマヤマ……リコです。リコって呼んでください」


 カマヤマで区切ってからリコと言った。

 カマヤマ・リコ? その偽名はなんだ。


 圜子の旧姓は窯屋だ。フルネームならばカマヤマリコ。つまり苗字と名前の区切りを、カマヤ・マリコからカマヤマ・リコに変えたわけか。


 その笑顔がイラつく。



 今回の会議は単なる顔合わせだった。

 なのですぐに終了した。


 聖騎士団長グリガンと圜子が、先に退室した。

 その二人会話が廊下から聞こえてくる。


「ねえ、グリガン。日本人(うち)の副リーダーの特殊技能ってなんなの?」

「彼の特殊技能は【お人形さん遊び】だ」


「え?」

「お人形さん遊びだ」


「はい?」

「お人形さん遊びだ」


 何度も繰り返すな。


 そして甲高い声が廊下に響き渡った。


「ヒャッハッハッハッハァ。ハハハハハハハハ。アハハハハハハハハハハハハハ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。何よそれ。もうだめ。涙出てきた。お腹痛い。わたしを笑い殺す気ぃ? アハハハハハハハハ……」


 そこまで笑ったヤツは初めてだ。


 あとになって聞いた話だが、圜子の特殊技能は【英雄の証】というものらしい。その特殊技能の具体的な特徴は不明。それでもカッコ良さそうなのが妬ましい。


 グムル人も退室したのち、人形がくすっと笑った。月輝姫だ。


「さっきのが、離婚協議中の不倫妻ね。確かに品の悪そうな女だったわ」


「こっちの世界に来てまで会うとは思わなかったぜ」



 夕方、鈴木結衣が俺のテントにやってきた。

 一人でいると、とても不安になるらしい。


 配給された夕食をいっしょに食べる。


 副リーダーになれば食事が少し豪華になる、と聞いていた。しかし一品ほど追加があっただけだった。期待していたのに残念だ。


 追加の品は長い棒状のもの。細長の燻製肉だと思われる。それを半分に折って割り、片方を鈴木結衣に分けてやった。


 特別美味いというわけではないが、決して悪くもなかった。


「まあ!」


 それを口に含んだ鈴木結衣が、声をあげた。


「そんな美味かったか」


 嬉しそうに首肯する。


「はい。それにとても懐かしくて……。これとよく似たものを、故郷で毎日のように食べていました。いわば故郷の味です。奴隷仲間の一人が言っていました。脱走して故郷に帰れたら、これをいっしょに皆で食べようって。でも食べることは叶わず、例の北フンディナの森で亡くなってしまいました。マイカーナに食べさせてやりたかったです。マイカーナ、わたしだけがこれを食べられてごめんなさい」


 死んだ脱走奴隷の名は、マイカーナというらしい。お気の毒に。


 んっ、マイカーナ?

 なんか苺香(まいか)に似ているな。


 苺香は今頃どうしているだろう。圜子までこっちに転移してきてしまったから、いまは一人ぼっちのはずだ。きっと寂しがっていることだろう。でもまさか、苺香までこっちの世界に来てたりしなよな?


 俺と苺香の血は繋がっていない。それでも心配するさ。当然だ。だって長い間、家族としていっしょに暮らしてきたんだから。


 苺香は俺のことを嫌っているかもしれない。いいや、嫌っていることは知っていた。だけど親とは不思議なもので、そんなのは関係なしに、子には愛情を注ぐようにできているのだ。


「そのマイカーナってどんな人だった?」

「よく笑う人でした。かわいいエクボが特徴でした」


 へえ、同じだ。苺香もよく笑う子だった。笑うとエクボができていたっけ。


 だが苺香は高校ニ年のある日から、突然、俺の前では笑わなくなった。ほとんど口も聞いてくれなくなった。成長して年頃になったのだからと、割り切るしかなかった。


 そうそう……。ここまで父親を嫌うのかと、よく首をかしげたものだ。いま考えてみると、俺と血が繋がっていないことを、なんとなく感じとっていたのかもしれない。


 でもな、苺香。


 単なる仮の話にすぎないけれど、圜子との離婚後、もし父側と暮らしたいと言ってくれたらば、俺は涙を流して大歓迎するぞ。


「どうしました? スプーンの手がずっと止まっています」

「なんでもない」


 苺香の名前に似たマイカーナって、どんな人だったのだろう。俺と会った脱走奴隷は、鈴木結衣も含めて四人。その中にいただろうか。いたはずだ。北フンディナの森で死んだというのだから間違いない。


 そういえば長いスカーフを頭に巻いた人がいたっけ。見た目の年齢は苺香とほぼ同じくらい。つまり二十歳前後。彼女は父親とうまくいっていただろうか。


「その人、故郷でご両親が待っていただろうに」


「いいえ。マイカーナは故郷から連れ去られる前、すでに両親と死別していたそうです」


「そうだったのか」


「でもマイカーナは別れた奥さんとの間に小さな子供がいまして、故郷に帰ったらまた会うんだとずっと言っていました。離婚されてからずっと髭を伸ばし続けていたそうです」


 奥さん? 小さな子供? 髭? スカーフの人じゃなくて、熊みたいな大男の方だったか。苺香に似てるのは名前だけだったみたいだ。



 食後、鈴木結衣は自分のテントに戻っていった。といってもすぐ隣のテントだ。もし何かあった場合、彼女が大声を出せば、俺はさっと駆けつけられる。


 人形の姿の月輝姫が、俺を見あげる。


「あの子とずいぶん仲良くなったようね」

「なんだよ、その言い方。まさか妬いてるのか」


 すると目を細めて静かに笑った。


「可愛いこと言うじゃない。ただ心配していただけよ。子供の頃、わたししか友達いなかったみたいだから」


 昔の話かよ。別にぼっちだったわけじゃない。


「友達くらい、たくさんいたぞ」

「そうなの? 学校帰りは毎日わたしのところに遊びにきていたけれど」


 学校じゃ普通に友達と遊んでたさ。それでも下校後は、誰よりも月輝姫を優先してたんだ。あの頃、月輝姫のことが大好きだったから。


「毎日あの公園の池に一人で行ってたのは、帰る方向が皆と逆だっただけだ。本当に友達はたくさんいたんだからな」


 社会人になってからは徐々に減り続け、いまではほぼゼロになったが。


「そう?」


 月輝姫はすーっと大きくなり、姿を人形から人間へと変えた。


 しかしいつもと違い、幼い見た目だった。子供の頃に会った月輝姫そのままだった。大きな目をこっちに向けると、それを細めた。まるで心を見透かそうとしているように。


 小首をかしげたのち、小さくうなずいた。

 あどけない笑顔を見せ、長い髪を耳にかける。


 ああ、当時の俺、この仕草にコロッとやられていたんだよな。


「良かった。学校で寂しい思いをしていたわけではなかったのね。颯ちゃんを独り占めできていなかったのは、ちょっぴり残念だけど」


 独り占め……。俺が学校帰りに友達を公園へ連れていかなかったのは、月輝姫を独占したいからに他ならなかった。


「もう子供じゃないんだ。颯ちゃんなどと呼ぶな。てか、からかうのはやめろ」


 でもあのとき、月輝姫と公園の池にコインを投げ入れていたら、今頃どうなっていただろう。


 ああ、俺は馬鹿か。何を考えている! 池のコインのことなんて迷信だし、それに月輝姫と生涯一緒になるとかって……。


 月輝姫の体が大きくなる。幼い姿は年頃のものと化した。現在はそれが普段の姿だ。しかし妙に艶めかしいところが気に食わない。見つめられてドキッとしてしまうこともある。俺は何やってんだろう、いい年こいて。


「わたしの顔に何かついている?」


 月輝姫にそう言われ、慌てて目をそらした。


「べ、別に。そんなことよりさ、今夜もぼちぼち秘密訓練始めないか」


「そうね」


 式神の師匠である月輝姫とともにテントから出た。


 昼間、ほとんどの異世界人は特殊技能の合同訓練を義務付けられている。皆の訓練中、俺はただ式神で遊んでいるだけだ。遊んでいるだけでも訓練に見えてしまうし、逆に本気で訓練するとかなり目立ってしまうからだ。


 それで本格的な式神の訓練は夜間と決めてあった。


 さて。まずは式神の目からビーム。力は最小限に抑えた。さもなければとんでもないことになる。そのあとは師匠の月輝姫の手本に習う。火弾、水弾、氷弾、礫弾、空気弾も発射。さらに衝撃波、放電、放熱、冷却……。


「ずいぶん上達されましたね」


 珍しく雪綺姫が見物していた。人間と化した姿は月輝姫に劣らず美しい。


「種類は増えてきているけど、上達っていうのはどうかな。どれも威力を最小限に抑えているから、自分の実力をきちんと把握できていないんだ」


「では威力を最大限にしても目立つことのない技を、そのレパートリーに加えてみるのは如何でしょう?」


 式神にフルパワーで放たせても目立たないもの?

 ビーム、火弾、水弾、氷弾……。普通はどれも目立つものだが。


 そんなものあるか、と月輝姫に横目で確認。

 月輝姫は肩をすくめた。思い当たらないようだ。


「月輝姫の能力を式神に使わせられるのは、あなたが月輝姫の『しもべ』だからではございませんか。思い出してみてください。あなたはわたくしの『しもべ』でもございます」


 しもべという言葉はひっかかるが……。


「すなわち雪綺姫の回復魔法を式神にさせられると?」

「はい。わたくしの憶測でしかございませんが」


 そうか。やってみる価値はあるかな。


 ところがいきなり壁にぶつかった。

 回復魔法を施すには、ケガを負っていなければならないのだ。


 テントには式神を作ったハサミがある。アイスピックを持つような感じで握った。これを自分の手や足に……。


 しかし正直言って怖い。痛いのは嫌だ。


「何をやろうとしているのかしら。まさか自分の身体に傷をつけようと? 回復魔法の対象は人間でなければならないの?」


 月輝姫のいうとおり、そこらへんの雑草で試せばいいことだ。さっそく雑草の葉に傷をつけ、式神に回復魔法を放たせてみる。


 おお、成功したぞ。


 しかしまだ小さな成功だ。切断部分はほぼ繋がっているが、傷跡はまだしっかり残っている。今後も訓練が必要だろう。


「おめでとうございます。さすがはわたくしの『しもべ』です」


 しもべって呼ばないでくれないかな。


「月輝姫、何をやっている! わっ」


 袖をまくった月輝姫が、ハサミの先で自分の二の腕を刺した。

 人間のものとまったく変わらない真っ赤な血。


 俺は大慌てで式神に回復魔法を命じた。


 月輝姫の血は止まった。

 止まったが……。


「お前はいったい何やってるんだよ」

「植物よりもこっちで特訓したかったでしょ?」


「馬鹿言うな。月輝姫でやるくらいなら、自分でやるさ。見ている俺が痛くてたまらない。そういうのはやめてくれ」


「悪かったわ」


 月輝姫が謝った。


「いや、謝る必要はない。月輝姫には感謝している」





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