第99話 愛と希望
ー1週間後ー
「……」
気が付くと街は以前と何ら変わらない姿へと戻っていた。
警察組織の復旧に伴い各地で避難生活を余儀なくされていた人達のほとんどが今まで通りの生活を送っている。
俺達の不在を支えた多くの自警団も先日政府の発表により全てが解散となった。この対応には色々と批判もあったが、諸々を考えると仕方が無いだろう。
そんな中俺は忙しなく進む人々と車の群れをビルの屋上から見下ろしていた。
ふと携帯を見ると一件のメールがとどいている。
「お、那由多からだ…………げ……また勉強会かよ……」
俺は少し悩んだ後そのまま携帯をウィンブレのポケットに突っ込んだ。
「着いていける訳無いだろ? 一年も差開いてんだから……でも会いてぇなぁ……」
返信内容を考えながら再び物思いに耽る。
真神力者になってからしばらく生え続けていた白い翼は退院後から徐々に縮み始め、今日の朝には葉っぱのようなサイズにまで小さくなった。お陰で服がとても着やすい。
頭の上の輪っかは依然宙に浮いているが、弊害はせいぜい死人と勘違いされる位だろう。
もっと言えば俺の身体は右腕に残った爆弾を除いてほとんど回復した。戻ろうと思えばHOPEsの活動にも復帰できる筈だ。
「…………」
それをしないのは、やはりあの親子のせいだった。
HOPEsとしての仕事を皆に任せこの一週間、ずっと考えている。
俺は何度思い返したかも分からないあの日の記憶をまた呼び覚ます。
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「……生きてよッ…………!……お父さん……!」
「………………それは出来ない……俺はお前の人生の邪魔だ……」
「邪魔な訳ないっ! 秋斗がいたから僕はここまでーー」
大きな手が動き出し、その頭を撫でる。
「カスミ……出会った頃の事、覚えているか?」
「……忘れる訳無い」
「俺もさっき丁度思い出してな……『あぁ、こんな所で死ねないな』と思ったんだ……」
「……っ……うっ……」
「……なぁ……カスミ」
「うぅ…………なんでっ……」
「生まれてきてくれて……ありがとう」
その時、ゼウスの頬が光り輝く。
「っ……何この光……?」
「対象は……俺を除くこの島の全員」
「秋斗? ねぇ何これ……!?」
「『ガイアの神力者はゼウスの神力者に脅されて』……っ……はぁ……『悪事を働いていた』」
「何言ってるの……? 私脅されてなんてーー」
その時、カスミの身体が一瞬強く震える。
そして気が付く。自分の中から少しずつ記憶が抜け落ちていく事に。
混乱するカスミに優しい声でゼウスは話しかける。
「これは俺のシンボル、『記憶操作』……対象の記憶を俺の望む物へと都合良く改変する」
「そんな力あるなら最初から……」
「……この力はタダでは使えない。代償がある。あくまで最終手段だった……」
「じゃあ何で僕まで!」
「…………お前には、幸せに生きて欲しいからだ」
「っ僕は……今のままで幸せだよッ!! 秋斗が居れば……」
「それは違う。お前はまだ普通に生きた事が無い。
……普通は良い。平和で、ゆっくりと時が流れる。穏やかな流れの中静かに暮らせる…………」
そう語るゼウスの身体が淡く光り始めた。蛍のような小さな光の玉がその身体から次々と空へ飛んでいく。
「…………叶う事なら、共にそうして生きていたかった。もっとお前の成長を見ていたかった」
「そんな……まだ間に合うよ! 今からでもきっとーー」
「無理なんだ、俺は。もう殺し過ぎた。普通には戻れない」
光の玉が飛んでいくにつれ少しずつ、少しずつゼウスの身体が欠けていく。
「待って!! 行かないで秋…………っ…………」
自分の口から名前が出ない事に気付き、カスミは黙り込んでしまう。
「大丈夫、お前はいい子だからきっと日の下でも生きていけるさ」
とうとうゼウスの身体は腰から下が消滅した。
「…………忘れたくない」
「その感情も、やがて忘れる」
「………………いやだ……!」
「……カスミ」
「…………」
胸から上だけになったゼウスが優しく微笑みかける。
「お前は……俺の希望だ…………お前はまだ許される。日の下で生きろ……」
「っーー」
カスミの目から大粒の涙が溢れると同時に、その意識は失われる。
ゆっくりと閉じていくまぶたが完全に閉まりきったのを見届けると、ゼウスの身体は完全に消滅した。
無数の光の玉が空へ目掛けて飛んでいく。
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「……はぁ」
ゼウスは行方不明でガイアは療養中。ガイアや皆の態度を見るにどうやら本当に記憶は消えているらしいし、ゼウスに至っては恐らくもう……。
なら何故俺の記憶はこうして残り続けているのか。
シンボルの練度が足りなかった可能性もあるが、俺一人だけ覚えているというのは不自然だろう。
「……」
もし仮に、ゼウスが俺をシンボルの対象に含めていなかったとしたら? それなら全てに納得が行く。
では何故? 何故ゼウスは俺だけを対象外にしたのか。
決着の後、ゼウスはガイアを『HOPEsに入れてやって欲しい』と頼んで来た。
その願いが叶うかどうかに俺の記憶の有無は関係ない。となると別の理由だろう。
「…………本当は忘れてほしくなかった……」
あくまでコレは仮説だ。何の根拠も無い。
ガイアにそのまま記憶を残せば目を覚ました後に何をするかは目に見えていた。坂東のように復讐に囚われ、俺達に襲いかかっただろう。
平和な生活を送らせる為にはガイアの記憶を消す必要があった。そしてガイアの罪を消す為に俺達HOPEsの記憶も消さなければならない。
それでもアイツは覚えていて欲しかった。忘れないで欲しかった。本当の自分を、たった一人の娘にだけは。
「……とすると……アイツは全部俺に丸投げしてきた訳だ……」
タイミングからシチュエーション、その他全てを考慮した上でガイアに記憶を取り戻させる。大変なんてもんじゃない。
そもそもの話、仮にベストなタイミングが来たとしてどうすればガイアの記憶を呼び起こす事が出来るかすらも分からないし、思い出させる事に成功したとして暴走しない保証は無い。
「…………ま、でもーー」
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「だから俺は、とにかく人を助ける。とにかく全員だ」
「……ほぅ……その理屈なら、貴様は悪も殴れないように思うが?」
「悪事を働く人間を救う方法なんか一つだ。悪事を辞めさせる。その為だったら俺はこの拳を振るう」
「つまり文字通り『全員助ける』と?」
「それが、今の俺のなりたいモンだ」
「ふふ……ハッハッハッ! 面白い。ならば俺も救ってみろ。俺の悪は濃いぞ」
「やってやるよ。お前も全部ひっくるめて救ってやる」
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「ーーいつか約束しちまったしな……」
俺は携帯を取り出しHOPEsの皆へメッセージを送信する。
『今晩会議を開きたい。
議題は俺の復帰と、ガイアの今後について』
おまけ キャラプロフィール
堀秋斗
【神力】ゼウス 雷を落とす。攻撃以外にも雷は転用可能。
【シンボル】記憶操作 対象に選択した人物の記憶を改変出来る。ただし使用の代償に自身の身体の一部を失う。
身長183cm
82歳
好きな食べ物 食パン
カスミの父。
堀カスミ
【神力】ガイア あらゆる自然物を意のままに操る。操作範囲も極めて広い。
身長152cm
17歳
好きな食べ物 食パン
秋斗の娘。




