第93話 鏖殺
「……アレス、良く戦った。ここからは我々が相手だ」
ハデスを先頭にHOPEsは一斉にゼウスへと飛びかかった。
「憑骸っ!」
「守人」
シシガミとハデスの2人はそれぞれ戦闘態勢に入り、攻撃を仕掛ける。
正面から向かってくる拳と振り下ろされる巨大な腕を、ゼウスはただ眺めていた。
「……」
そして直前でその両方を軽々と受け止める。
「っ……」
(何だ今の感覚? 私もシシガミも本気で打ち込んだのに効かないどころか微動だにしていない……!)
「ハデスさん! 来るぞッ!」
「っっ!!」
シシガミの警告も虚しく一筋の巨大な雷が守人の腕を破壊し、ハデスへと迫る。
しかしそれが直撃する事は無かった。
「大丈夫ですか、ハデスさんッ?」
「ホルス……すまない、助かった」
「いえ。それよりアイツ何かおかしいですよ。明らかにダメージが通ってません」
「あぁ、恐らくはアレスの報告にあったシンボル……いや、だとしたら奴の傷は一体……?」
「……最悪を想定した方がいいかもしれません」
動きを見せないゼウスに対しシシガミは続けて攻撃を仕掛ける。だがその全ては軽々と片手で受け止められていた。
「ふんッ!」
「……」
「っ……まだまだ!!」
「……気付かないのか? お前の攻撃は俺に届かないと」
「気付いてるさ! そもそもアレスが負けた時点で私に勝機は無い!」
「なら何故立ち向かう?」
「勝てないのは私であって、私達では無いからだッ!」
シシガミの叫びに応えるが如く、スサノヲがゼウスの背後から飛び出す。
「八岐大蛇……」
それと同時に十字の斬撃を放ち、すぐに刀を斜めに構えなおす。
「斬りッッ!!!」
「……」
「ッ!……成る程。どおりでアレスが不覚を取るわけだ」
スサノヲの両手に握られた刀は、その剣先で摘まれていた。
「……」
ゼウスは空いたもう一方の手で深いアッパーを打ち込む。その衝撃にスサノヲは刀を手放し吹き飛んだ。
「スサノオッ!!!」
「よそ見するな」
「っーー」
瞬く間に崩壊する守人の瓦礫の中から、シシガミの身体は地面に叩きつけられる。その意識は状況を理解するよりも先に失われた。
「……そうだよな。アレスが一番、俺に勝てる可能性があった……お前らはいつまで飛んでいるんだ?」
ゼウスは屍肉に群がるハエを見るような目でホルス達を見つめる。
「っハデスさん! しっかり掴まってて下さい!」
そう言ってホルスがスピードを上げた途端、先程までいた場所へ大きな雷が轟く。その後も追うように落ち続ける雷をホルスは不規則な動きで躱し続ける。
「……」
「…………何故前に出てきた? お前は後衛向きの神力者だろう」
「良いでしょ別に。私は貴方と話に来たの」
アフロは真剣な眼差しで真っ直ぐにゼウス見つめる。
一方落雷を起こし続けるゼウスの表情は冷め切っており、退屈の中にどこか哀愁を感じさせるようなものだった。
「話?」
「うん、貴方は何故人を殺すのか。それが聞きたい」
「『何故』か……そもそもの倫理観が違うせいで説明が難しいな。俺の殺しはあくまで手段、最も効率的な一手として行っているに過ぎない。そこに理由も何も無いさ」
「そう…………なら覚えてる? 去年の今頃にショッピングモールを襲った事」
「……あぁ、あったな。アレは単に神力のテストだ。ひとえに雷と言っても色々な種類がーー」
「ーーもう良い」
「そうか、なら失せろ。俺は女を甚振る趣味は無い」
「あのさ、悪党が紳士ぶるの辞めてくれない? そういうのムカつくからッ!」
アフロは間合いを詰め超至近距離で矢を放つ。
しかしその矢はゼウスの薄皮一枚貫く事すら出来なかった。
「……ではやめる事にする」
ゼウスの掌底がアフロの顔面を撃ち抜く。
そのスピードに反応出来なかったアフロはほぼ地面と平行に飛ばされ、数十m先で意識を失った。
それを見届けたゼウスは再び宙を舞うホルス達へと視線を移す。
「アフロっ……アフロッ!!」
「ホルスッ落ち着け!」
落雷を避けながらも着々と向かってくるホルスを見て、ゼウスは右腕に力を込め始める。
「安心しろ、お前もしっかり殺す」
その手には徐々に小さな雷のような物が形成され始め、ソレが人一人分ほどの大きさになったタイミングで槍投げのようにゼウスは構えた。
「一度引けホルスッ! 奴は何か企んでる!」
「……大丈夫、冷静です。今引いても状況は好転しません。
むしろここまでの距離に近付けて且つ奴も削れている。こんなチャンス後にも先にもきっと無い! だからここで確実に仕留めるんです」
「だが私達の攻撃じゃ今の奴には……」
「何か話しているようだが、全て無駄だ」
ゼウスが構えていたソレを投げると、ソレは瞬時に加速し巨大化しながらホルス達へと迫った。
今にも飲み込まれそうなそのサイズを目の当たりにした2人は一瞬動きが止まる。
「ッッ!!」
(このままだと私達2人共……)
「……ハデスさん、後は頼みました」
「っ!? ホルス待て! お前何をーー」
ホルスは自身の身を捻りハデスを背中から振り下ろす。
直後ホルスに直撃した何かは、そのままホルスを飲み込む形で通り抜け空の果てへと消えていった。
地面に落下したハデスは何が起こったかを理解出来ぬまま、空から落ちてくるホルスを何とか両腕で抱きかかえる。
ホルスは息をしていたものの、その身体は全身が焼け爛れており所々から血が噴き出していた。
「ホルスッ!!……お前、何をした」
「ただの雷さ、横向きのな」
「……」
ハデスはそっとホルスの身体を地面に寝かせ、ゼウスの方を向き直す。
「ゼウス……」
「なぁ春人、もう分かるだろ? お前に勝ち目は無い」
「……真神力者か」
「そうだ。アレスならまだしも、ただでさえ雷が効くお前らじゃどうする事も出来ない。
もう終わりなんだ、これで」
「…………HOPEsという名前には2つ意味がある。
一つは私達がこの国の希望となれるように。
そして、いつの日かこの国が希望で溢れるようにッ!!」
駆け出したハデスは地面から大剣を取り出しゼウスへと振りかざす。
「だから私達が諦める訳にはいかないんだッ!!」
「……今更こんな物が効く訳無いだろう」
「まだーー」
「じゃあな春人、夏雄にもよろしく言っておいてくれ」
次の瞬間、無数の雷が2人に降り注ぐ。
ハデスはその場に倒れ、とうとう戦場に立つのはゼウス1人となった。
「…………このまま放っておいてもいいが、万が一起きてきたら面倒だな」
ゼウスはゆっくりと歩き始める。その目は真っ直ぐに1人の男を見つめていた。
「お前には、何かがある」
岩にもたれかかり気絶するアレスへゼウスは声をかける。
「…………」
「何かが起こるんじゃないか、何かを起こすんじゃないか、そんな期待にも近い感情を抱いてしまう」
「…………」
「だから、ここで確実に殺す」
「待って!!!」
その声は戦場に響き渡る。
「あの動画の……そうか、お前が那由多か。まさか本当に来ているとはな。ガイアにでも連れられたか」
ゼウスはアレスの元を離れ、今度は那由多の方へと一歩ずつ歩みを進める。
「……何でこんな事するんですか?」
「この世界の王になる為だ」
「嘘ですっ!」
とうとう手で触れられる距離まで近付いたゼウスを見上げながら那由多は叫んだ
「嘘じゃない、本当さ。今の俺にはそれをするだけの力がある」
「じゃあ何で!!……手加減してたんですか?」
「……ほぅ」
「さっきまで隠れて見てました。貴方はとてつもなく強い。でも致命傷になるような攻撃をしていません」
「随分と戦闘に詳しいようだな。一般人じゃないのか?」
「一般人でも分かるくらい露骨だったんです。
それで全員倒したと思ったら勇斗にトドメを刺そうとして……まるで自分が倒される事を期待してたみたいですよ」
那由多を見下したままのゼウスはその言葉を聞き、堪えきれずに笑い始めた。
「……ハハっ!! 『倒される事を期待してた』? なるほど、そう結論付けるか。
だったらもっと手加減するさ。俺はただテストしていただけだ、この新しい力を」
「それでもわざわざ生かす必要は無いはずです」
「追い詰められたネズミは怖いと言うだろう? それこそ加減を間違ってしまったがな」
「だとしてもおかしいーーっ……」
「話は終わりだ」
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真っ暗な視界の中で意識を取り戻した俺は何とか記憶を辿る。
(確か……一撃でアイツを倒し…………いや、倒せなかったんだ。
……違う、そんな事よりも真神力者に……)
俺は視力よりも先に感覚を取り戻し、自分が岩にもたれかかっている事に気が付いた。
自身の命がまだある事に戸惑いつつも立ち上がると世界には徐々に光が取り戻される。
「くッ………………ッッ!」
荒れ果てた戦場に倒れるハデスさん、スサノヲ、ホルス、アフロ、シシガミ、スサノヲ。
そして黒い翼の生えたゼウスと、その拳が突き刺さった那由多の姿。
それらが一気に俺の目に飛び込んできた。
「何だ……コレ…………」




