第89話 大切な約束
ー島内の森林ー
「いつまで飛んでるつもりなのーー? 僕もう暇で死んじゃいそうだよーー!」
夥しい数の触手の中、その一本の上からガイアは空に語りかける。
アフロを乗せたホルスは空中で旋回を繰り返し、攻撃の隙を伺っていた。
「どうするのホルス? このままじゃ何も……」
「分かってる、だがアレを掻い潜り奴に攻撃を与えられるタイミングは一瞬だ。
そこ以外で突っ込めば一瞬でお陀仏だろう」
土で構成された蠢く触手は一本一本が意思を持ったように揺れ、他の触手と合わさったり分裂したりを繰り返している。
「……一度近づくぞ、しっかり掴まってろ」
「分かった!」
捉える風を瞬時に切り替え、ホルスは急降下を始める。
一瞬で地上近くまで高度を下げるも、迫り来る無数の触手に阻まれガイアまで近づく事は出来なかった。
「ようやく攻めてきたと思ったらまたソレ? そんなクルクル回ってて疲れないの?」
「やっぱり近づけないね。どうする?」
「……この状況をひっくり返せるとすればお前のテレポートだろうが、この距離では厳しいか?」
「うん。さっきくらいの距離まで近づければ狙いは定まると思うけど……ここからじゃ安全な場所には着地出来ないかな」
「…………アフロ、耳を貸せ」
地上から空を見上げるガイアは腰を抑え、だるそうにため息を吐いた。
「もう我慢の限界! そっちがその気なら僕から行くよっ!!」
その宣言と共に触手はガイアの元へと集まり出す。塔のようにせり上がりながら触手同士が絡まり合い、やがてあまりに巨大な花の形へと変貌した。
花の中心部からは一際大きな触手が数十本伸びている。
「ほら! 僕が近づいてあげたんだから早く来なよ!」
異様な光景を前にホルスはため息を吐き、覚悟を決めたような顔でアフロに語りかけた。
「アフロ」
「なに?」
「前に言ってたよな、カフェに行きたいって。この戦いが終わったら行こう」
「え……分かった……けどなんで今?」
「しっかり掴まってろ」
ホルスは速度を一気に引き上げる。
「アフロ、今から一瞬高度を下げる」
「りょ、了解!?」
「お、ホルス君達の動きが変わったね。何か企んでいるのかな」
ガイアは花から生える触手数本を降下するホルス達へと向ける。
大きさ故にその速度も速いが、ホルスは触手の隙間をするすると抜けていった。
「準備は良いか、アフロ?」
「うん……こっちはバッチリ」
アフロは弓を引き絞る。
不規則な軌道で花の周りを飛び回りながらも、宣言通り高度を下げた一瞬に矢は放たれた。
「……よし」
だがホルスは依然動きを変えずに旋回を続けている。
「結局攻めてこないの〜〜?……ってあれ? アフロちゃんは?」
突如姿を消したアフロを探すガイアの隙をホルスは見逃さなかった。ホルスは高く飛び上がり花の真上まで到達する。
「……わっ、いつの間にそんなトコまで……」
「……」
しかしホルスはガイアに目もくれず、ただひたすらに上へ上へと飛んでいく。
そしてある高さに達した時、身体の向きを180度変え急降下し始めた。
「何を…………血迷ったの?」
「……左……右……右」
不規則な風を完全に掴み、その身体はぐんぐん速度を上げていく。
「まぁ良いや、とりあえずホルス君から動けなくしてあげる!!」
全ての触手が一瞬動きを止めた。かと思えば空へ凄まじい速度で伸びていく。
それでもホルスは速度を緩めずに加速していった。
「……」
「土だからって舐めてたら痛い目見るからねッ!!」
あらゆる角度から迫りくる触手と、ホルスは遂に正面から衝突する。
アフロはその光景を地上から見守っていた。
「……」
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「……アフロ、耳を貸せ」
「何か思いついたの?」
「あぁ。とは言っても作戦という程のものでも無いがな。
このまま上空を飛び回っていれば奴は必ず痺れを切らしてここまで上がってくる。突くならそこだ。
僕は上から、アフロは下からガイアを挟み込む」
「ちょっと待って。確かに挟み撃ちは良いけど、私は下からじゃ狙えないよ?」
「大丈夫、まず僕がガイアの気を引いて攻撃。その後どうにか落下させ空中戦を行う。アフロが攻撃するのはそのタイミングだ。
ーーっ! ほら、上がってきたぞ」
アフロの視線の先では巨大な土の花が咲きはじめていた。
「……じゃあ約束して」
「なんだ?」
「絶対に無茶はしない事。必ず生きてこの戦いを終わらせる事」
「…………約束する」
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「……やっぱそう来るよね」
無数の触手をホルスは砕き、そのまま花へと急降下していく。
その身体は白銀色に染まっていた。
「硬化ッ!」
ホルスが叫ぶ。
鋼鉄の身体は巨大な花を貫いた。その衝撃で花全体がグラグラと揺れて崩れだす。
「どこだ…………」
ホルスはシンボルを解き周囲を見渡す。
崩壊し落下する土の塊の中、ガイアは一際大きな欠片の上に立っていた。
「分かっちゃいたけど……ホント強いシンボルだね」
「随分余裕そうだな」
「いや? むしろ予想は外れたよ。この状況なら突っ込んでくるかと」
「僕だってそうしたかったが、どうせ罠でもあるんだろう?」
「そこまで分かってて尚突っ込んでくるタイプだと思ってたから驚いたんだよ」
「まぁ、なんせ死ねないんでな」
「へぇ? さっきはいかにも死にそうな事言ってたくせに?」
「聞こえていたか……だが死ぬ為に言った訳では無い。生きる為に誓った約束だ」
「じゃあここからどうするつもり? また仕切り直ーー」
(ーーアフロディーテかっ!)
ガイアがその考えに至ったと同時に一本の矢がその脚を撃ち抜く。
すかさず土で周囲を覆うが、それもすぐにホルスの蹴りによって破壊力された。
(くっ……地上まであと数百m、この攻撃を全部躱しながら下まで降りられる?
……恐らく不可能。ならどうする?)
「……ここまで来たら出し惜しみはしてられないね」
「っ……ホルス! ガイアの様子がおかしい!」
先程までガイアが乗っていた土の塊が一瞬にして姿を消した。
「ガイアッ! 何をしたっ!」
「ただの時間稼ぎだよっ!」
ガイアの懐からいくつかの小さな泥団子が取り出される。それらは一瞬のうちに大きく膨らみ5m程の大きな球体へと変貌した。
と同時にガイアは姿を消す。
「隠れたって無駄だよっ!」
アフロは球に対して矢を射った。が、球に矢が触れた瞬間風船のように膨らんで爆発した。
その他数個の球も地面に激突し、それぞれが膨張して破裂する。
「きゃっ!!」
「掴まれ!」
ホルスの伸ばした手をアフロは掴む。
2人は再び空へと飛び上がった。
「何が起きたの? ガイアはどこに……」
「恐らくあの球の内、一つの中に居たんだろう。そして着地と同時に地面に潜った、所までは分かるが……」
見渡す限りの大地にその姿は確認出来ない。
『これはつまらないよね、ごめん』
どこからかガイアの声が周囲に響く。
『でもね、僕も負けられないんだ』
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「秋斗はさぁ」
コーヒー片手にガイアが問う。
「最終的にはどうなりたいの? HOPEsを倒して、どうしたいの?」
「……今はまだ言えん」
「えぇ〜〜? 一応僕だって命賭けて戦うんだけど?」
「お前が命をかける必要は無い。そもそも戦場に出る必要すら無い、殺しは依然禁止だからな」
「何で? 僕強いよ?」
「後々必要となるからだ」
そう言うとゼウスはおもむろに立ち上がり、車のキーを掴む。
「待って! じゃあ最後に一つだけ」
「もう出るぞ」
「秋斗は最後には幸せになれるの?」
「…………あぁ、その為にやっている」
「……なら良かった。いってらっしゃい」
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『僕は、秋斗にとって必要な駒だから』
「自分で自分を駒呼ばわりとは随分と謙遜するな。
アフロ、常に下を警戒していてくれ」
「分かってる……でも……」
地面は先程とは打って変わり、驚く程に静かだった。
『謙遜? まさかぁ、秋斗の役に立てるっていうのは僕にとって一番の幸せだよ。
死にゆく僕の命を繋いでここまで育ててくれた、その恩に報いる為なら僕は何だってする』
「……っホルス!」
数センチだけ地面が浮く。普通なら見逃しかねないその小さな異変をアフロは見逃さなかった。
すぐにホルスは飛行速度を上げる。
『ホルス君さ、この前僕に聞いたよね。犯罪者が子を育てる事の意味。
あれから僕も色々考えたんだ。それでね、思ったの』
地面から数百本の触手が顔を出す。しかし先程までの触手とは色が違った。
「あれは…………岩か……?」
『不確定な未来なんかより、今の方がよっぽど大事だって』
岩の触手は互いにぶつかり合い激しい音を立てている。
『ようやく覚悟が決まった。たとえ間違いだったとしても、秋斗に嫌われるとしても、僕は君達を殺すよ。君達は秋斗の邪魔だから』




