第88話 叫ぶ
『なぁ、親父』
剣双が自身の傷を縫ってくれている剣に話しかけた。まだスサノヲの神力を得ていない為角は生えていないが、相変わらずの無表情は治療中でも変わらない。
『ん? どうした』
『なんで親父は技を使う時に技名を叫ぶんだ?』
『あぁ、話した事無かったか。いいか? 理由は3つだ』
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ー現在ー
「分かったんだ! コイツの弱点が!」
スサノヲはハデスの居る岩影に隠れる。その体に刻まれた無数の傷から流れる血を見たハデスは申し訳なさそうに目を伏せた。
「それで……弱点ってのはなんだ?」
「……奴の1番の脅威はあの圧倒的な防御力だ。スサノヲの奥義ですらも有効打になり得ない程のな。
だが、お前の斬撃の一部は奴の体に傷を付けていた。それは手のひらと腹部」
「勿体ぶるな。早く教えてくれ」
「ならば端的に言う。硬いのは奴の皮膚では無い、毛だ」
「『毛』?」
「そうだ。腹部に手のひら、どちらも奴の毛の薄い部位。
突くならそこを最大火力で、だ」
「つまり俺の八岐大蛇蹴りで奴の腹を……」
「待て!」
両手を刀に掛けるスサノヲをハデスが制止する。
「私もお前も手負いだ。残されたチャンスは多くない。一撃を確実に決める必要がある」
「その口ぶりは策があると考えて良いのか?」
「勿論あるさ。っ……耳を貸せ、奴がこちらにこちらに近づいてきている」
2人は近づき、小さな声で話し始めた。
「まず、お前は奴の目を狙え。片方で良い。とにかく小さな隙を作ってくれ」
「分かった。それで?」
「その後私が奴を拘束する。と言ってもせいぜいが2秒だ」
「2秒? 2秒も奴を拘束できるのか?」
「おあつらえ向きな新技がある」
「……分かった。じゃあそのタイミングで俺が斬れば良いんだな」
スサノヲは周囲を見渡すルシファーを見て刀を強く握りしめた。
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『3つ?』
『1つ目は騙し討ち、だ』
『……』
『分からんか? 要は「パンチ」って言いながらキックをだな……』
『違う、1つ目がソレかって思っただけ』
『確かに汚いが、実戦では非常に有効だ。もっとも、相手も強くなければ成り立たないがな』
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「1で飛び出すぞ……3……2……1!」
2人は同時に岩影から走りだす。ルシファーは両方を視界に捉えるが、一目散にスサノヲ目掛けて跳躍した。
「グゥワァァッ!!!」
「…………乱蛇斬りッ!!」
無数の斬撃を腕で受けたルシファーは大きく口を開いてスサノヲへと噛み付く。
スサノヲはするりと身を躱し難を逃れるも、強靭な脚が横腹に直撃した。
「っ……!」
(馬鹿力がっ……)
なんとか体勢を立て直したスサノヲは空中で構えをとる。
(騙し討ちが通用するタイプでは無いよな……)
「双蛇斬りッ!」
二筋の斬撃はルシファーの腹と顔面に直撃する。ハデスの推理通り傷自体は付いたものの、それは浅くダメージにはなっていないようだった。
ルシファーは大きく振りかぶる。
「グゥルルゥ…………グルゥラッッ!!」
「ぐっ……!!」
(目だ……目を狙え……! お前なら出来るだろ剣双ッ!)
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『まぁ別に良いけど……それじゃあ2つ目は?』
『2つ目は再現性、つまりは長年自身の体に染み込ませた動きを行うトリガーなんだ』
『……そんな上手くいくの?』
『おうよ。良く見てろ……蛇斬りッ!』
剣の放った斬撃が空を舞い、木の枝を見事に切り落として見せる。
『おぉ……!』
『長い間、技と言葉を結びつける。そうすれば技名を叫ぶだけで精度が高まるんだ。体が勝手に最適の形を選んでくれる』
『……ちゃんと意味あったんだ』
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「大蛇斬りッ!!」
スサノヲが放った斬撃とルシファーの爪が衝突し、互いに弾かれた。弾かれた衝撃を利用してスサノヲは体を捻り右手の刀を振り切る。
「蛇斬りッッ!!」
両者の間には1m程の距離があったが、飛翔する斬撃は確実にルシファーの右目を切り裂いた。
「ウ“ウワ“ァァッッ!」
「ハデスッ!」
「分かってる!」
目を抑えるルシファーの背後からハデスは飛び出し、大きな背中に抱きつく。
それを確認したスサノヲは即座に全身を脱力させた。
「っ……」
(『新技』はまだか…………?)
鋭い爪が再びハデスの腹を抉る。
「ぐふっ…………スサノヲッ……早くッ……!」
「ッ! お前計ったなッ!」
「良いから早く!!」
口と腹部から出血するハデスを見たスサノヲは、舌打ちした後に駆け出した。
「覚えておけ……八岐ーー」
その時、ルシファーの口が大きく開く。
「グワァッッッ!!!」
「っ!?」
一際大きな雄叫びがスサノヲを襲った。
あまりの衝撃にスサノヲの体は固まってしまい、その両耳からは血が溢れ出す。
「うッ……」
「何だ今のはッ……!? スサノヲっ、大丈夫か!?」
「っ……うぅッ…………」
(何が起きて………………体に……力が…………)
「起きろッ! スサノッーー」
「グルゥワァッ!!」
傷に再び爪が突き刺さり、ハデスの脇腹からさらに大量の血が飛び散った。
「うぐッ……!!」
「ヴゥアァァ!!」
スサノヲの居ない今、ルシファーの矛先はハデスへと向けられる。腕を後ろに回しハデスの体をその鋭利な爪で掻きむしった。
ハデスの皮膚と筋肉はどんどんと裂けていく。
しかしハデスは拘束を解かない。
「ぐっ……っあ“ぁ……」
(ダメだッ、耐えろっ……!! お前には彼らを導く義務があるッッ!
……夏雄と約束しただろうっ……!?)
「ガァウゥァッ!!」
「…………死なない…………死ねないんだよ私はッッ!!」
「ハデ……ス…………ッ!!」
朧げな意識の中、戦うハデスの声がスサノヲに届く。
「立て……立つんだ剣双ッ……」
震える手足を何とか動かし、少しずつだが立ち上がる。
その鋭い眼光は確かに獣を捉えていた。
「グゥヴァァァ!!」
「くッ……ガハっ…………」
(…………もう…………)
「後1秒だけ耐えろッ! ハデスッ!」
「っ! ーーあ“ぁああぁぁ!!」
スサノヲはルシファー目掛け飛びかかる。
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『意味があるのは分かったけど……でも相手に動きを教えちゃうんだよ?
やっぱり技名なんて言わない方が強そうだけど』
『何も分かっちゃいねぇなお前は』
嘲笑うように剣が剣双を見下す。
『良いか剣双? 理由は3つあると言ったよな、3つ目が1番大事なんだ』
『そうなの?』
『あぁ、そうだ。よく見てろ』
剣はそう言うと両手で構えを取った。
『ふんッ!』
両手を合わせて放たれる斬撃は木の幹に傷を付ける。
『今やったのが何か分かるか? 剣双』
『大蛇斬りでしょ? 分かるよそれ位』
『そうだ。……じゃあーー』
再び剣は構えを取る。そして振り抜いた。
『大蛇斬りッ!!』
『……?』
『どうだ?』
『どうって……』
2度目の斬撃は1度目の傷の少し上を削り取る。その2つの傷はどちらも同じような深さだった。
『……変わらないように見えるけど』
『違う、そういう事じゃない!
技名を言った方が格好いいだろ?』
『……は?』
『だから、格好いいじゃねぇか。技を叫んだ方がよ』
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空中で両手を交差しスサノヲは構える。
「八岐ォッッ!!」
間合いまで後数mというところで刀は振られる。2本の斬撃は十字を描きルシファーへと迫っていった。
スサノヲは振り下ろされた両手をすぐにまた振り上げ、今度は斜めに交差させる。
「大蛇ーー」
飛翔する斬撃と共にスサノヲは迫る。
「やれ!! スサノヲッ!!」
「ーー斬りッッッ!!!」
先の斬撃がルシファーへと到達するのと同時に二撃目は放たれる。
2つの十字は重なりあい、八芒星のようにルシファーの右胸を傷つけた。
「ヴゥアァァッッ……」
四筋の斬撃はそれぞれルシファーの皮膚を傷つけるが、いずれも筋肉で止まっており出血こそあれど大きなダメージにはなっていない。
しかしその中心点だけは、斬撃の重なる一点だけは筋肉も骨も貫き肺まで達していた。
ルシファーは力無く倒れ、その場にうずくまる。
「っはぁ……はぁ……」
「良くやった…………スサノヲ……」
そう言ってハデスも倒れた。スサノヲはすぐにそちらへと駆け寄る。
「ハデスっ! 一度横になって深呼吸しろ」
「あぁ……それは?」
「救急キットだ。切り傷なら軽い治療は出来る。荒療治だがな」
「そうか…………それが終わったらコイツも頼む」
ハデスが指差したのは地に伏せるルシファーだった。
「……また暴れ出すかもしれんぞ?」
「だが、元は人間だ。お前に人を殺させる訳にはいかない。
……大丈夫。腱さえ切れば暴れる事は無いだろう。それが終わればすぐ他に加勢だ」
「待て。お前この傷で動き回るつもりか?」
「どの道このままじゃ失血死するのがオチだ。助かるならアフロと合流するのがベストだろう」
「……分かった。そうしよう」
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ー同時刻 島内の森ー
ガイアはうねる触手の上から空を見上げる。
その上空を飛翔するのホルスの背にはアフロが乗り弓を構えていた。
「そろそろ降りてきなよーー! 大丈夫、僕は2人の事殺しはしないから!」
「……降りられる訳が無いだろう」
2人の目に映っていたのは、数え切れない数の触手が数百mもの範囲でうごめている地獄のような景色だった。




