第87話 異なる神
ー分断直後 島内ー
「お“らァッ!」
俺の蹴りはゼウスの額を掠める。すかさず拳を繰り出すも、それは容易く掴まれてしまった。
「身が入っていないようだな。何か心配事でも……あぁ、仲間が心配なのか」
「ちげーよッ!」
掴まれた拳を支えに脚を振り上げて再び頭部への攻撃を狙う。今度は先程よりもしっかりと入った。
「俺が心配なのは那由多の事だ! 那由多はどこだ!?」
「……那由多? 何の話だ」
「しらばっくれるんじゃねぇよッ!」
俺が真っ直ぐに突き出した右の拳がゼウスの顔面をぶち抜いた。
ゼウスはよろけながらも一度距離を取り、垂れてきた鼻血を拭う。
「くっ……何の話か知らんが……仲間の心配もした方が良いと思うぞ?
特にルシファーと戦う奴らはな」
「ルシファー……あの狼人間の事か?」
「あぁ、奴が負ける事は無いだろう。
さて……こっちもそろそろ再開しようか」
ゼウスがそう言うと俺の目の前に雷が落ちる。視覚と聴覚が奪われる一瞬の隙に、強い衝撃に襲われて吹き飛ばされた。
「クソ……『負ける事は無い』ってどういう意味だ? もしかしてお前も負けたのか?」
「そうだ」
「っ!」
皮肉で言った言葉に、予想外の返答が返ってきて俺は戸惑う。
「負けたって……」
「雷では奴の装甲を貫けなかった。あの時もし戦闘が続いていたとしたら、俺は死んでいただろう」
お互い数歩踏み込めば間合いという所で俺達は動きを止める。
「続いていれば……?」
「あぁ。奴の神力は高い近接戦闘能力を持つ代わりに一つだけデメリットがある。
ゼウスの神力者に対して強制的に忠誠を誓ってしまうのさ」
「『強制的に』って……じゃあ何で戦闘になったんだよ?」
「相手をゼウスの神力者と認識しない限りそのデメリットは発動しない。
良かったよ、俺がゼウスで」
そう言ってゼウスは微笑んだ。
「…………いや、でも安心したぜ」
「ん?」
「近接戦闘に長けているのがルシファーの強みってんなら、ウチはほとんどが近接戦に特化してる。特にスサノヲなんかはな」
「…………ふふッ」
「何笑ってやがる。言っとくがお前、アイツ舐めてたら痛い目見るぜ?」
「いや、舐めている訳ではない。俺は彼の事を高く評価している。
だがなーー」
その存在を知ってから数ヶ月。俺は半ば忘れかけていたその言葉に、ゼウスの嘲笑の訳を納得させられる。
「ーー奴は異神力者だ」
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ー同時 島の沿岸部ー
「今だっ! スサノヲッ!!」
「あぁ……ふんッ!」
スサノヲの目にも止まらぬ連撃がルシファーの背中を斬りつける。
「グゥルル…………」
しかしルシファーの背中には擦り傷が付いただけだった。
ハデスとスサノヲはルシファーから少し距離を取り、岩陰で話し始める。骨の鎧を纏うハデスの腹部には決して浅いとは言えない切り傷が入っていた。
「……何なんだアイツは? そもそも人なのか?」
「神獣のように見えるが、ケラウノス時の襲撃を見るにある程度の知性はあるように感じられる。
スサノヲ、奴を削る手段はあるか?」
「…………削る手段なら、ある事にはある」
「言ってみろ」
「鬼気流の奥義、八岐大蛇斬りなら奴に通る。だが……」
「『だが』?」
「……今やったのが八岐大蛇斬りだ」
「っ!……そうか」
ハデスは目を閉じ考えに耽る。
(スサノヲの瞬間最大火力はウチでもトップクラスだ。その奥義があの程度のダメージとなると……ますます化け物だな。
……これまで高い知性を持った神獣は確認されていない。それに化け物じみた硬さ、私の憑骸を簡単に打ち砕く破壊力、あの異形…………)
「…………ッ!」
「ハデス? 何か分かったのか?」
「……あぁ。だが、希望は見えん。
奴は恐らく異神力者だ」
「異神力者?」
スサノヲは分かりやすく頭上にハテナを浮かべている。それを見てすかさずハデスが話し始めた。
「感情と神力の練度が一定値を超えた神力者のみが達する領域、真神力者。真神力者になった者は圧倒的なパワーとタフネスを得る。
そうなれなかった者、感情のみが爆発した者。それが異神力者だ」
「……そういやそんな話もあったな」
「あぁ、その異神力者の特徴全てが奴に当てはまる。どうやってゼウスが飼い慣らしたのかは分からんがな」
2人は虚な目で空に吠えるルシファーを見つめる。
「どうするんだハデス、何か作戦は?」
「作戦と言っても、正体が分かった所で弱点が露出した訳では無い。奴個人としての情報が足らなさすぎる」
「……よし」
スサノヲは自身が隠れる岩から跳び出て斬撃を飛ばす。
毛だらけの背中に直撃したその斬撃は数本の毛を散らすもルシファーに効いている様子は無く、すぐにスサノヲの姿を捉えて牙を剥き出しにした。
「スサノヲっ! 何をしている!?」
「情報があれば作戦が立てられるんだろう? ならそこで見ていろ」
「話を聞いていたか!? 奴は異神力者なんだぞっ!! 無茶ーー」
ハデスが言い切るより先にルシファーの姿が消える。
「グラウァッッ!!」
鋭い爪がスサノヲに迫る。
「避けろッ、スサノヲ!!」
真っ赤な鮮血が飛び散った。だがそれはスサノヲの物では無い。
一太刀の浅い傷がルシファーの手のひらに入っていた。
「グウッ……」
「俺は鬼気流師範代だっ!」
スサノヲは迫り来る次撃を両手の刀で何とか受け流し、腕と腹を斬りつける。
しかし腹部からは数滴の血が飛び散るも、腕の方は数本の毛が切れただけで両方とも有効打にはなっていない。
「ハデス! どのくらいで作戦が出来るッ!?」
「どのくらいって…………いや、1分だ! 1分持ち堪えろ!」
「了解……蛇斬り!!」
至近距離での蛇斬りはルシファーの背中に命中するが傷は付かない。それどころか振り返りざまの左裏拳が後頭部を強く打ち付けた。
その衝撃でスサノヲはハデスの隠れる岩まで吹き飛ばされる。
「くっ……」
「スサノヲ!」
「……心配はいい…………考える方に専念しろ……!」
「っ……おい!」
ハデスの制止に聞く耳も持たずスサノヲは飛び出す。
「一旦引け! やはり無茶だ、このままでは死ぬぞ!!」
「引いたら勝てないッ!」
「死ぬよりはマシだろう!?」
「お前が早く思いつけば万事解決だ!……ぐっ……」
「……仮に思いついたとして、上手くいく保証は……」
「俺はバカだ! だがお前は違うだろ、ハデス」
「っ……」
(スサノヲは、私を信じている……見出せ……何か無いか…………?)
両者の繰り出す斬撃が交差し火花が飛び散る。
スサノヲは刀が欠けてはすぐに新しい物を虚空から取り出して対応しているが、その隙を突かれ全身にどんどんと傷が増えていく。
一方ルシファーの目ぼしい傷は腹部と手のひらの2つだけだった。
「うっ…………大蛇斬りィッ!」
「グゥラァァッッ!!」
2人の激しい攻防は地を裂き岩を割り、周囲の地形をも変えていく。
斬撃の雨が飛び交う中で、ハデスはただ1人深い思考に沈んでいた。
(弱点……特徴…………全てを見据えろ、考えろ……!)
「グゥオッッ!!」
鋭く尖った爪が白い道着を赤く染める。
「ぐふっ……」
「ウ“ァォォ……!」
「……まだ死んでねぇぞ……乱蛇斬り!!」
全方向へ飛び散る斬撃に、ルシファーは一瞬怯んで両手で防御の姿勢を取る。
「ーースサノヲ! 一度引け!」
その瞬間、岩陰からハデスが身を乗り出して叫んだ。
「引かないと言ってるだろッ!」
「違う! 分かったんだ!
ソイツの弱点が!」




