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HOPEs  作者: 赤猿
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第86話 吸血鬼と森の神


 10mの白い巨人と35m超えの木の巨人が互いの目を見つめ合う。

 両者のサイズには大きな差があるが、ヴァンパイアのはち切れん程の筋肉がその差を感じさせない。

 


「大人しく降伏すれば私も優しくしてやる」


「この後に及んでまだ言うか? いいからとっとと始めようぜ」


「……そうか」



 守人の右腕が10本の枝に分かれてヴァンパイアへと襲いかかる。1本1本の枝が太く、それぞれが鋭く尖り殺意をむき出しにしていた。



 ヴァンパイアはそんな攻撃を高く跳んで躱し、シシガミの居る守人の腹部を力強く殴りつけた。


 大きな拳から広がるように守人の胴体に小さくヒビが入る。



「砕いたつもりだったんだが、思っていたよりも硬いな」


「私も避けるとは思っていなかったよ。まさかここまで臆病だとは」


「ハハッ、言うじゃねぇか……坊主のくせにッ!」



 そう言って2度目の攻撃を仕掛けるも、枝の1本が体に巻き付きそれを阻む。

 守人は空いた左腕を振りかぶり、動けないヴァンパイアを叩き上げた。


 ヴァンパイアは吹き飛びながらも空中で体勢を立て直し着地する。


 

「いってぇなぁ……鋼鉄でぶん殴られた気分だ。密度でこうも変わるもんかね」


「その割には効いていなさそうだがな」



 そう会話している間にもシシガミの猛攻は続く。先程よりも更に細く分かれた無数の枝がその白い体表を捉え、内1本が皮膚に突き刺さった。


 しかしその傷は浅いようでヴァンパイアの動きは変わらず、今度は守人の足を強く打ち付ける。



「っ……すばしっこいな」


「この程度か、ビビって損したぜ」


「今ので刺さるなら万々歳さ」


「……あー、そういう事も出来る訳か」


 先程まで分かれていた守人の左腕が再び1本に戻る。更には両腕が互いに巻き付きながら変形し、巨大な槌へと変化した。



 ヴァンパイア目掛け振り下ろされるその槌は、大きいが小さな腕で受け止められる。



「重いが……やはりパワーじゃ俺に分がある」


「……さっきから随分とおしゃべりだな」


「楽しいんだよ。お前みたいな強い奴とるのは」


「私は何も楽しくない」



 槌から無数のつたが伸びてヴァンパイアを捕らえる。シシガミはそのまま守人の両腕を持ち上げて地面とに叩きつけられた。


 

 だが大量に舞う砂埃の中でもニヤけ面が消えることは無く、なんら変わらない声色で話し始める。


「本当エグい攻撃すんなぁ……俺じゃなかったら死んでるぜ?」


「やかましい」


「つれない事言うなよ、楽しもうぜ?」


「……」


 嫌そうなシシガミをよそに、守人の腕を支えながらヴァンパイアは話を続ける。



「にしても、さっきと同じような攻撃だ。あまり芸は無いようだな。

 パワーと硬さは十分だが……自由度を生かしきれていない」


「随分と余裕そうだな」


「その巨人の1番の強みは高い硬度だ。だがそれは密度によるものである以上、伸ばした部分はどうしても本体に比べ硬度が下がってしまう」



 そう言って軽くつたは引き裂かれる。



「結果応用が疎かになり、力押ししか出来ていない」 


「それで問題ないからな」



 シシガミは守人の腕を持ち上げヴァンパイアを解放し、見下してそう言った。


 守人の腕が2本に戻り連撃を叩き込む。圧倒的な質量に地面がひび割れ、砂塵で周囲の風景が見えなくなる程に。



「確かにお前のパワーとスピードは脅威だ。しかし圧倒的な質量の前には敵わない」


「…………」


「散々煽っておいてこの程度か?」




「……色々と判断が早すぎるぜ」



 その声に連撃は止まる。

 シシガミの目には幾つも拳骨の形に穴が開きボロボロになった守人の拳と、無傷のヴァンパイアだけが映っていた。



「上手く合わせたか。見た目の割に器用だな」


「いくら硬いとはいえ、この程度のスピードと手数じゃあ反撃しながら躱せる。その位考えれば分かるだろ?

 意外と怒りっぽいタイプなのか?」


「挑発には乗らん」


「残念だがお前はもう乗ってる」


「っ……」



 音を立てながら巨大な腕がヒビ割れる。シシガミがそれに気を取られたタイミングで、ヴァンパイアが守人の懐に入り込む。



「力押しは俺の土俵だ」




 爆発のような音と共に守人の巨体が宙に浮いた。突き上げたヴァンパイアの白い拳には、微かに赤い液体が付着している。



「ぐっ……!」


(右腕が逝ったか…………っ!)



「本気で殴ってこれか……本当に素晴らしい硬度だ。しかしあまりにも遅い」


「……うるさいッ……!」


「冷静さを保てるタイプだと思ったんだが……人は見かけによらないな」



 守人はよろめきながら何とか立ち上がるも、その腹部には大きな亀裂が入っていた。



「その装甲は作るのに随分時間がかかるらしい。となれば戦闘中の修復は難しいだろう」


「そうでもない……この程度すぐに……」


「ただ傷を塞ぐだけならそうだろうが、圧縮という過程を無視すれば巨体もただのハリボテだ」



 亀裂部分だけが薄い色の木で埋められていく。全てが埋まるまでヴァンパイアはそれをただ眺めていた。

 


「……」


「おいおい、図星で恥ずかしいからって黙るなよ」


「…………」


「……ったく」



 シシガミは沈黙を貫く。動かない戦況を最初に動かしたのはヴァンパイアだった。


 大きな拳が更に大きな守人の頭を撃ち抜く。



「ほら! 隙だらけだぜ!? 早く来いよっ!!」



「………………」



 その言葉で守人は豹変し、突進して獣のようにヴァンパイアの胴体へと噛みついた。

 


「ハハッ! 良いねぇ最高だッ!!」



 守人はそのままヴァンパイアを咥えたまま地を這って前進する。



「やっぱ人間、キレてからが本番だよ……なッ!」


 下顎部を砕いて脱出したヴァンパイアは一度距離を取り、一気に詰め寄る。

 守人は両手で反撃を試みるも容易く躱され、右肩へ強撃を入れられてしまった。



「全体的に脆くなってきたな! えぇ!?」



 その一撃を皮切りに攻撃は加速する。守人は何度も反撃を試みるも全てを軽くいなされてしまう。



「何だどうした!? 動きが雑だぞッ!」



 雨の如く降り注ぐ連撃を避ける事もせずに、守人は全てを受け続ける。

 体を構成する木の隙間からは赤い液体が時折噴き出していた。



 それを確認したヴァンパイアは次第に焦りを顔に表し始める。


「痛いならやり返してこいッ!」


「…………」



 依然止まらない連撃に、守人は徐々に後退していく。

 

「さっきのはただの煽り合いじゃねぇか!!」


「……」


「なぁ頼むぜ!? もう終わりとか萎えちまうよッ!」



「………………」



 どれだけ語りかけられても、シシガミが言葉を発する事は無かった。



「…………俺ぁ悲しいぜ」




 ヴァンパイアの拳が思い切り振り抜かれる。



 その一撃は守人の腹部に直撃して大きな木の体を砕いた。巨体は一気に崩れ、無数の木片が地面に散らばっていく。




「不完全燃焼だ……神力者のくせに簡単に死ぬんじゃねぇよ……」



 ヴァンパイアは赤く染まった木片を見てそう呟いた。



「大体あんな挑発でマジになるなーー」


(待て、何だこの違和感……? 何かがおかしい…………)




「……そうだ、死体……」



 木片の中にシシガミと思われる死体は確認できない。




(何だ……何が起きて…………ーーっ!)



「あ“……?」



 少しずつ、少しずつヴァンパイアは目線を下げる。最初は自身の腹部から生えていると勘違いしたそれは、ヴァンパイアの体を背中から貫いていた。



 地面から斜めに生えた鋭く尖ったドス黒い木。肉との隙間からは鮮血が垂れ始めている。



「抜いたら死ぬぞ。まぁ、抜かせる気も無いが」


「……いつから?」



 突如としてヴァンパイアの足元にシシガミが現れた。先程とはうって変わってシシガミが見上げる形となる。



「お前が上から目線で語り出した後から。守人を自動操作に切り替えて地面の下でそいつをこしらえていた」


「なら……血は?」


竜血樹リュウケツジュという木の樹液は空気に触れると赤く変色する」


「んだよソレ…………」



 ヴァンパイアは木に体重を預けて空を見上げる。



「……ハナから全部……この1発に賭けてた訳か……」


「あぁ」


「どうりでおかしいと思ったんだよ…………かはッ……坊主の癖にすぐキレるから……」


「そんな事人によるだろう。さて、そろそろお喋りもやめにするか」



 守人を構成していた木片がヴァンパイアの体を包んでいく。



「あークソ…………ちょっと浮かれ過ぎてたかな……」




 下半身が見えなくなるのを確認したシシガミは負傷した右腕を庇いながら歩き出した。

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