第82話 目的
ー3月24日 午前10時 アジト中庭ー
俺はしばらく出来ていなかった朝のルーティンをこなす。
まずは基本的な筋肉トレーニング、次にストレッチ、最後にシャドーボクシング。
いつも通りのルーティンではあるがどこか落ち着かない。なんというか……しっくりこない。
「ふっ……ふんっ…………ふぅ」
(いつもならこの辺でホルスが来るんだけど……)
昨晩、風呂上がりにチラッとリビングを覗いた時には既に地獄で、ホルスは例の如く酔っ払い達のおもちゃにされていた。
何故こうもHOPEsには酒癖の悪い大人しかいないのだろう。
昨晩の宴会と前回の特訓から日が空き過ぎている事を踏まえると、今日はホルスが来ないと思った方が良さそうだ。
「とは言ってももう10時か……そろそろ皆起こした方が良いな」
「アレス」
「っ……スサノヲか。何だ、皆もう起きたのか?」
「俺だけだ。それより組み手に付き合ってくれ」
「丁度こっちも終わったところだ、付き合うよ。黄電流でいいか?」
「赤で頼む」
「……分かった」
俺達は互いの間を20m程開けて向き合った。
スサノヲはどこからともなく木の棒を2本拾ってきて両手に構える。
俺は深呼吸して赤い電流を全身に纏う。
「アレス、合図を頼む」
「あぁ……行くぞッ!」
駆け出した俺の拳は、ものの1秒でスサノヲの腹部を捉えた。しかしスサノヲは忽然と姿を消す。
「っどこ行った……?……ッ!」
背後からの攻撃を俺は前転で躱して構え直す。その時、俺の正面には真っ直ぐ飛んでくる木の棒が映り込んでいた
「くっ……おらっ!!」
俺は木の棒を正面から打ち砕く。
直後俺の腹に強い衝撃が響いた。見るとスサノヲの肘がめり込んでいる。
「隙だらけだぞ」
「ぐっ……!」
俺は一度距離を取りスサノヲに殴りかかるが、1撃目も2撃目もいなされてしまう。
「そんなもんか?」
「くそっ!」
正直、『赤電流を使え』と言われた時に少し躊躇した。
自分で言うのも何だが、俺は強くなった。それこそ初めてスサノヲと戦った時とは比べ物にならない程に。
もちろんスサノヲは強い。そんな事は分かっている。
「そんなんじゃアイツには勝てないぞ!」
「うっせぇ!!」
過小評価だった。傲慢だった。
全ての攻撃をいなされた俺は一度手を止め防御に回る。
「はぁ……くっ……はぁ……」
(コイツ……滅茶苦茶強いッ!)
「……迷いが見える」
「あ……?」
「いつものお前ならあんな単調な攻撃はしてこなかったはずだ。
緊張しているのか? ゼウスと戦う事に」
「……してたら悪いかよ……ぐっ……」
「あぁ悪いさッ!」
スサノヲの一撃で俺は10m以上飛ばされる。
「何が悪いんだよッ? そりゃ緊張くらいするだろ?」
「お前が1番強さを発揮するのは、いつも何かを助けたり、守る時だ。
俺の時も、セトの時も、誰かを助けようとした時のお前は誰よりも強い」
「……助ける」
「そうだ。良いか? 『戦う』のはあくまで手段だ。お前は今まで通り助ける事だけ考えて突っ走れば良い」
「んな事言っても……何を助けるんだ?」
「それはお前で考えろ!」
スサノヲが一気にこちらへ迫る。反撃の隙も無い洗練された動きに、俺は躱すので精一杯だった。
「これじゃまともに考えられねぇよッ!」
「知るか!」
「無茶苦茶な……!」
(助ける……誰を? ゼウスをか?…………いやダメだ。アイツは殺しすぎてる。俺自身が許せねぇ。
じゃあ誰を……?)
「難しく考えるな!」
「っ!」
「お前は馬鹿だ。もっとシンプルに考えろ!」
「スサノヲには言われたくなーー」
(そうか……!)
俺はスサノヲの一太刀を取る。
「……答えは出たか?」
「あぁ、ありがとよッ!!」
掴んだ木の棒をスサノヲごとぶん投げ、右腕に電流を集める。
腕に纏う電流が次第に桜色に染まっていく。
「おかげで頭スッキリしたぜ。ちょっと一撃ッ!!」
俺は電流が完全に白く染まり切る前に、スサノヲ目掛け空に拳を振り切った。
立ちこめる砂埃の中俺は直進し、スサノヲの両手を押さえて足を取り転かす。
「…………まいった。で、答えは?」
「……要は『なんで俺がアイツと戦いたいか』だ。まぁ『助ける』ってか『守る』に近いんだけどよ」
「勿体ぶるな。早く教えろ」
「もしアイツに負けたら……アイツはきっとたくさん殺す。
……俺は、那由多を、母さんをゼウスから守りたい」
「……そうか」
「……それにホルスもアフロもハデスさんもシシガミも、もちろんお前も! 剣さん達も佐竹さん達もドールさん達も守りたい。死んで欲しくない!……俺はーー」
那由多にカッコいいと思われたい。そんな気持ちから始まったヒーローへの憧れ、自分でもガキだと思う。
そんな俺が戦う理由なんて、ガキに決まってた。
「……俺は、皆を守りたいッ!」
当たり前の事すぎて気付かなかった。でもこの気持ちこそが、今の俺が戦う理由だ。
「…………そうか。お前らしいな」
そう言い残し、スサノヲはアジトへと戻っていった。
「ありがとうな、スサノヲ……っふん……ふっ……!」
俺は再びシャドーボクシングを始める。その拳にもう迷いは無かった。
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ー午後18時 アジト裏手の森ー
美ししく差し込む夕日の中、沢山の木々に囲まれてシシガミが坐禅を組む。
風は吹いていない。しかし、辺りの木々は微かに揺れ続けていた。
「…………」
(もっと広く……遠くまで…………)
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ー同時刻 中庭ー
「……なに? 2人で話したい事……って」
ホルスは靴紐を固く結びながら話し始める。
「少し試したい事があってな……アフロ、弓を構えてくれるか?」
「良いけど……」
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ー午後22時 アレスの部屋ー
「……あと1週間か」
スサノヲのお陰で目的がはっきりした。今朝よりも心は晴れている。
それでも不安が完全に消える事は無かった。
今までは発生した問題に対処してきた。今回のように戦う日程が決まっている事が初めてだからだろう。
「勝てっかな……いや、勝つしかねぇ……」
アイツに負けたら皆殺される。俺の大事な人達は勿論、関係ない国民を殺すのにも躊躇はないだろう。
(ま、今そんな事考えてても仕方ねぇよな……寝るか)
自慢じゃないが、寝ると決めた時の俺は誰よりも早く眠る事が出来る。
……のだが。
「………………今日は調子悪りぃな……」
中々意識が消えない。自分が思っている以上に緊張しているのだろうか?
仕方なく俺は目を開く。
しかし、不思議と視界は暗いままだった。そしてこの感覚には何度か覚えがある。
俺はため息を吐いた後、振り向きながら話しかけた。
「今度は何の用だ? モノホンアレ…………誰だ、お前」
そこに立っていたのは銀色の甲冑では無い。純白の頭髪を靡かせる上裸の青年が立っていた。というより、浮かんでいた。
頭髪と同じ色の布で下半身を隠しており、その風貌はまさに神と言った所だろう。
だがその表情にだけは、神とは思えない程に人間的な笑みを浮かべていた。
「……『アレス』の神力を持つヒト、瑠羽勇斗」
「こっちの事は知ってる訳ね……で、アンタは?」
「我はラヴ」
「ッ!!」
(ラヴ? 全生物を生み出した、神力者の王の……?)
「そのラヴだ」
モノホンアレスとセトから話は聞いていた。100億年以上生きているなんて、にわかには信じられない話だ。
だが目の当たりにすると妙な説得感がある。
「当たり前のように思考読みやがって……で、そんな奴が俺に何の用だ?」
「話をしにきた。色々な」
そう言ってラヴは楽しそうに微笑んだ。




