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HOPEs  作者: 赤猿
79/100

第79話 理由



 暗い部屋の中。体育座りで座りこむホルスを見つめながら俺は話す。



「俺な……小学生の頃、いじめられてたんだ」


「いじめ……」


「あぁ、昔の俺は体も気も小さくてな。嫌な事されても何も言えなかった」


「……」



 何やらホルスはオドオドとした様子でこちらを見ている。



「なんだ? どうかしたか?」


「あ、いや……」


「大丈夫……てか今はあんまり引きずってねぇんだ。『そんなこともあったなー』程度っていうか……」


 俺の記憶とはまるで違うホルスの姿に、あえていつも通り接する。



「いじめ……か」


「靴隠されたり仲間外れにされたり。当時は辛かったけど……まぁその後が鮮烈すぎてな」



「……その後?」


「正確にはいじめが終わった原因だな」



 俺は思い出す。あの日の事を。

 


「順を追って話そう。まずはーー」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ー6年前 アレス11歳ー


 

 夕日が照らす通学路を俺はトボトボと歩く。



「ゆうと〜!」


 背後から俺を呼ぶ声がする。振り返るとそこにはポニーテールの小柄な女の子が居た。


「あ、なゆた……」



 那由多は幼稚園の頃から友達で、今では家族ぐるみの付き合いだ。



「どうしたの……ってその怪我……またアイツらにイジメられたの?」


「うん……」



 那由多はイジメられている俺の事を気にかけてくれる、本当に優しいやつだ。



「………………」



「なゆた?」


「もう頭きた! 明日先生に言いに行こ!」


「え……でもハルキ君達は言うなって」


「いじめっ子の言う事なんて聞く必要ないよ! とりあえず家に帰ろ?」


「……うん」



 俺達は2人並んで歩く。俺も那由多も背が低いので、側から見れば小学3年生くらいに見えるだろう。



「……ねぇ、やっぱりやめようよ」


「何で? ゆうとはこのままで良いの?」


「良くないけど……怖いよ…………」


「大丈夫、先生に話せばきっと解決してくれるよ」


「…………わかった」



「……! それじゃ、秘密基地いこ!」


「え?」


 困惑する俺をよそに、那由多は満面の笑みで俺の手を引いて走り出した。



 そのまま俺達は家と家の間、細い路地裏を走って通る。

 

「ちょっ……早いよなゆた!」


「いくよー!」



 那由多はさらにスピードを上げる。その勢いのまま俺達は路地裏を飛び出した。

 



 そこは数棟のアパートに囲まれたコンクリートの空き地。


 この場所は最も近い道路から来る道が存在せず、来るためには遠回りをして今のルートを通る必要がある。


 道を知らなければまず間違いなく辿り着けないこの場所を、俺と那由多は秘密基地にしていた。



「げっ! また私の椅子に野良猫がうんちしてる……」


「仕方ないよ。この場所は猫の集会場でもあるみたいだからね」


「うぅ……決めた! いつか犯人の猫をとっちめてやる……!」



 復讐に燃える那由多を見て、俺はクスクスと笑った。
















「ーーって訳だからさ、春樹ハルキ達も反省してるし許してやってあげてくれ。ほら、仲直りの握手」


 放課後。初めて入った教室で、担任が俺と春樹君、ほか数名を集めた上でそう言う。

 


 田代たしろ春樹はるき。同い年とは思えない程に背が高く、横にも大きい。



 春樹君がぶっきらぼうに俺に手を差し出した。


「ちっ……ごめん」


「いたっ……」


 春樹君の握る力がとても強くて、俺はすぐに手を離す。



「よし! これで仲直りな!」


 担任はそう言って笑った。




 皆で黙ったまま教室に荷物を取りに戻る。全員がそれぞれの席でランドセルを背負った時、春樹君が口を開いた。



「……おい勇斗、お前なにチクってんだよ?」


「ご、ごめん……」


「……ちっ」



 春樹君は舌打ちをして俺のランドセルを奪う。


「っやめて! 返して!」


「うるせぇ! テメェ何様だよ!? チクったんだからその分の責任は取れよな?」


「そんな……」


「あ? 文句あんのか?」


「……いや…………」


「よしお前ら! このランドセルでドッヂボールしようぜー!」



 俺は怖くて言い返す事も出来なかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あの頃は辛かったな。毎日学校に行く足が重かった」


「……」


「ごめんな? 暗い話になっちまって」


「いや……僕は良いんだ。それよりお前は本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫だぜ? 当時は本当にしんどかったけどな……でも卒業も近づいたある日、事件は起きた」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ー5年前 アレス12歳ー



「昨日のテレビ見た? めっちゃ面白かったよねー!」


「うん、面白かった」


 いつものように那由多と共に下校する。



「そういえば今日あのドラマ始まる日じゃない? ゆうとは見るの?」


「うーん……俺は見ないかな」


「えー何でー? 面白そうなのにー」


「いやー…………っ!」



 俺はその場に立ち止まり耳を澄ます。

 


「どうしたのゆうと? 急に立ち止まって」


 突然足を止めた俺の顔を心配そうに那由多が覗き込んだ。

 


「あぁいや、何でもない」


「……ホントに?」


「本当だよ。ただ忘れ物を思い出したんだ。先に帰ってて」


「なーんだ。それじゃまたね!」


「また明日…………」



 俺は那由多と別れて今来た道をそのまま引き返す。

 そしてある地点で方向を変え、全速力で走った。



「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」



 俺は細い路地裏を急いで進む。


 秘密基地の方角から何やら声がした気がしたのだ。


 ここが誰かに見つかったらまずい。そんな心配をしながらも俺は秘密基地へと辿り着く。


 そこに居たのは




「にゃ〜〜」


「……ねこ…………」


 一匹の三毛猫だった。



「にゃぁ〜」


「なんだ……心配して損し…………っ!」



 異常に気が付いた俺は猫を凝視する。良く見ると背中と足から出血している。

 


「大丈夫? こっちにおいで」


 俺は猫へ両手を差し出す。それを見た猫は少し怯えながらもこちらへと歩いてきた。


 しかし突如として、何かに横へと吹き飛ばされる。



「お、勇斗じゃねーか」


「…………え?……な、何で……?」




 そこに立っていたのは春樹君だった。いつもの取り巻き達の姿は見えない。



 そして俺は遅れて理解する。

 猫は春樹君に蹴飛ばされたのだ。


 飛んで行った方向を見ると猫がガクガクと震えていた。


 

「何で…………」


「……あ、そうだ! なぁ勇斗、お前もあの猫蹴ってみろ」



「…………え?」


 頭が真っ白になる。



「簡単だよ。いいか? 腹の真ん中を蹴るんだ。そうすると『ニ“ャオ“ン“』って泣くんだぜ? 面白いだろ」


「いや……でも…………」


「俺はガッツがある奴が好きなんだ。もし俺より高く飛ばせたら仲間に入れてやっから、な?」



「………………」


「勇斗?」


「む……無理だよ…………」



「……はぁ、じゃあ俺が見本見せてやっから。良く見とけよ」



 そう言って春樹君は猫へと近づいていく。




「良いか? 思いっきり足を引いて……3……2……ハァウッ!?」



 春樹君が顔面から地面に倒れた。俺がケツを蹴り飛ばしたからだ。


 流血する鼻を押さえながらも春樹君は立ち上がり俺の方を睨む。



「…………テメェ、何してんだ?」


「……ね……猫をいじめるなっ……!」


「正義ツラすんなよ気持ち悪りぃ…………そうだな……」



 鼻血で赤く染まった口がニヤリと笑った。


「背筋張れ勇斗」


「え?…………うッ……!」



 下腹部に激痛が走る。激痛の箇所には春樹君の足が突き刺さっていた。


「う……あぁ…………」


「なぁ、どんな感じだ?」


「うっ…………っく……」



 あまりの痛みに文句を言う事すら出来ない。



「………………お前、つまんねぇな。やっぱ猫蹴る方が面白(おもしれ)えわ」



 震える視界に、縮こまる猫とそれに迫る足が映る。


「や……めて…………!」


「あ"? 何で俺がお前の言う事なんか聞かなきゃいけないんだ?」


「うっ……お願い……!」


「うるせぇな。いいか、よく見てろよ? こうやるんだ……3……2……1……ふんっ!

…………お前……何してんだ?」



 間一髪のところで俺は猫に覆い被さる事が出来た。

 脇腹に痛みが響く。


「あぁ…………!……ぐっ」



「……気持ちわりぃ……気持ちわりぃんだよお前はっ!」


 怒号と共に背中や腰、頭を蹴られ続ける。


 痛い。怖い。逃げたい。



「正義ぶるんじゃねぇよっ! そういう所が気に食わねぇんだよ!」


「がはっ……ぐぅ…………」


「ヒーローにでもなったつもりかッ!?」


「あっ……あぁ…………あぐっ……」



(……誰……か…………)





「とうっ!」



 どこかからふと声がする。それと同時に俺への攻撃が止んだ。


 俺はゆっくりと顔を上げる。



 そこには1人の子供が立っていた。背丈は俺と同じ程だが、仮面をかぶっており顔は見えない。


 

 その子に見惚れて気が付かなかったが、春樹君は再び地に顔を伏せていた。

 背中についた足跡を見るにまた蹴られたようだ。



「いってぇ……何なんだ今日は……ぐフっ!?」


 仮面の子が春樹君の顔にドロップキックを決める。



「ぐあぁ……テメェ…………!」


「おいデブ!」


「あ“ぁ?……ぶふッ!?」


 次いで腹へのパンチ、顔にハイキック、最後に金的。踊るように次々と攻撃を繰り出すその子の動きはとても美しかった。



 流石の春樹君も痛みにうずくまっている。


「これが蹴られる側の痛みだ。分かった?」


「うぅ……!……ぐくッ……!」



「…………さて」



 春樹君を見下す仮面の子は振り向き、俺に手を差し伸べた。



「行こ、ゆうと」



 

 引かれるがまま、俺は猫を抱えて秘密基地を後にする。


 あの呼び声には聞き覚えがあった。俺の手を掴むこの握力にも覚えがある。



 秘密基地から少し離れた公園のドーム型遊具の中でその子は仮面を外した。



「なゆた……!」


「大丈夫ゆうと? 痛いトコない?」


「う、うん。大丈夫」


 見栄を張りたくて俺は嘘をつく。



「……明日、また先生に言いに行こ。もしダメだったら私がお母さんに話すよ」


「うん…………」


「ゆうと? どうかしたの?」


「いや……なゆたは本当にかっこいいなって。ヒーローみたいだったよ」



 俺の言葉を聞いた那由多は少しはにかんで首を横に振った。



「?」


「……ヒーローはゆうとの方だよ」


「どうして? 俺を助けてくれたじゃん」


「それは……その、私が……ゆうとの事……す…………大切だから!」


 那由多はなぜか顔を赤らめる。



「なゆた?」


「……ゆうとは違う。初めて会った猫のためにこんなにボロボロになれる、ゆうとの方がよっぽどヒーローだよ」


「でも俺は……なゆたみたいに強くないよ?」



「強さなんて関係ない。倒すんじゃなくて、助けるのがヒーローなんだよ。

 今日のゆうとはヒーローだった。かっこよかったよ!」




 そう言って笑う那由多は、とても可愛かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ホルスに一通り話した後、俺は何度かあの言葉を反芻する。



「……『助けるのがヒーロー』…………そうだよな……」



「アレス? どうしたんだ……?」


「……あぁ、わりぃ。色々考えててな」



「…………つまりお前は何でヒーローになりたかったんだ?」


「何でってお前……要は好きな人に『かっこいい』って言って欲しい。今はそれだけじゃねぇけど、始まりはその気持ちだ」



「……」


「どうだ、俺も大した事ない理由だろ?」


「……アレスがヒーローに憧れる理由は分かった。

 でも、僕の意見は変わらない」



 ホルスの顔はまだ晴れない上、顔を上げる素振りもない。しかし先程よりも落ち着いてはいるようだった。



「そうか…………俺今日さ、久しぶりに母さんに会ったんだよ。『心配だから戻ってこい』って言われた」



「……僕と一緒じゃないか」


「あぁ。それでよ、ちょっと前から『心配』ってのが全部の原因なんじゃないかと思っててな」


「……?」



「ネットで俺達の事叩いたり、信じてない人達がいるのも、俺達なら負けない。絶対に守ってくれるっていう安心を与えられてないのが悪いんじゃないかって。

 母さんが来たのもそれが原因だった訳だし」



「まぁ……そうだろうな」


「だから安心させる方法を考えたけど答えは出なかった。

 でもよくよく考えてみたらさ、それは俺らが背負いすぎな気がしねぇか?」




「……何を言って…………」



「多分さ、俺達は背負いすぎてたんだ。真面目すぎたんだよ。一つ一つの批判を真正面から受け止めるなんて。きっと無視するくらいで良かったんだ」



「……それは、横暴すぎるんじゃないか?」


「でもよ、俺らは命かけて命を守ってんだ。それなのに文句言われる筋合いなんてあるか?」



「……まぁ……一理あるが。でもーー」


「助けるのがヒーローなんだ。別に安心させるのはヒーローの仕事じゃねぇ。

 今まで通り人を助け続ける。それだけで立派なヒーローなんだよ」



 あまりに無責任な自分の答えに思わず失笑しそうになる。でも間違っているとは思わない。

 


「…………何でそれを今?」


「いやさ、お前真面目だから色々考えたんだろうなって。

 きっかけは父親だったとしても、その負担もHOPEsを抜けた理由の一つなんじゃないかと思ってな」


「……」



「ごめんな、気付いてやれなくて。親友なのに」



 俯きながらもホルスはゆっくりと口を開いた。



「…………父様には逆らえないよ」


「そうか……でも俺、お前が居ないと楽しくねぇんだよ」



「……ヒーローなんてやる意義が無い。辛いだけだ。

…………それに僕はアレスのような正義感を持っていない。ただ漫画になぞらえば、幸せになれるって……ただそれだけの理由なんだ…………僕にヒーローになる資格は無い」




「『理由も正義も後からついてくる』」


「……」


「忘れたのか? 昔お前が俺に言ってくれた言葉だよ」



「…………忘れてなんか……いない」



 ホルスの目が潤む。



「別に理由なんて大した事じゃなくて良いんだ。ヒーローはもっと気楽なもんで良いはずなんだ。

 さっきも言ったろ? 俺ら背負いすぎてたって」



「……そうかも知れないけど、でも父様はーー」


「あぁもう! さっきから『父様』『父様』うるせぇんだよッ!」 


「っ……!?」


 

 俺は唐突な大声に驚いているホルスの胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 ここまでしてもホルスは顔を上げない。




「俺が今聞きてぇのはお前の親父の意見じゃない。お前の気持ちだ」


「僕の…………?」



「"お前"の本音を聞かせてくれ、ホルス。

 お前は、HOPEsに戻りたく無いのか?」



 困惑した様子でホルスは座りがらも少しふらつく。

 俺はゆっくりと手を離した。



「………………僕は……?」



「お前が、俺と話してどう思ったかだ」



「…………僕……僕…………僕は……!」


 

 ふらつきが収まると同時に、ホルスの目からは大粒の涙を流れだす。


 ホルスは自分の胸ぐらを左手で、流れる涙を右手で抑えるが涙は止まらない。



「僕はっ……!……僕はッ…………!!」



 ようやくホルスが顔を上げる。


 その目は虚なままであったが、確かに光が差し込んでいた。




「僕は…………皆と居たいッ……!!」



「……帰ろう。HOPEsに」

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