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HOPEs  作者: 赤猿
75/100

第75話 connecting HOPEs

ー3月21日ー



 ケラウノスが起きてから、もう20日が経った。

 いや、まだ20日と言った方が正しいだろう。この国は1カ月も経たないうちに大きく形を変えてしまった。



「……」


 俺はソファからゆっくり起き上がる。時刻は早朝の4時。



 リビングに用意されていたおにぎりを頬張りアジトから出ると、玄関の前に大量の動物の糞と思わしき物が積まれていた。


 普段はシシガミの木製動物達が山を警護している為このような輩は来ないが、今はその数が多すぎて警護が意味をなしていない。



 アジト外壁にはスプレーで『役立たず』『能無し』のような罵倒が所狭しと書かれている。



「………………はぁ」



 俺は全身に赤い電流を纏い、街へと向かった。




 神力の群発的な発生から約11ヶ月。徐々に増え続ける神力関連の被害が与えてきたこの国への傷。そこから溢れ出る感情の波。


 俺達が何とか押さえつけてきたそれは、ゼウスの手により簡単に決壊した。一度溢れてしまえばもう止まる事は無い。



 ケラウノスが起きてから皆で話をする事はほとんど無くなった。


 HOPEsに入ったばかりの頃は本当に楽しかったし何もかもが輝いて見えた。『ずっと憧れだったヒーローになれる』と。




 でも実際のヒーローは、そんな輝かしいものなんかじゃなかった。




 街には一般人は出歩いておらず、数台の車だけが行き来する。



「げっ、アレスだ!」


 俺の姿に気づいた覆面の男達が急いで車に乗り込む。



「逃す訳ねぇだろ」



 俺は右腕に電流を集約させて構える。

 衝撃インパクトになる直前、赤い電流が白に姿を変える前のピンク色になったタイミングで思い切り拳を振るった。


 

 車は吹き飛び、ビルへと衝突すると大破する。


「……ぐっ…………まじ……かよ……」


「……」


「お前…………ヒーローじゃねえのかよ……っ!?」


「うるせぇよ」



 悪人共をロープで縛り、俺はまた走り出す。



「……」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ー同日深夜 アジトー




「ったく……何なんだ……?」

 


 息切れしながらもアジトまで走ってきた俺はスマホ画面を見直す。そこにはアフロから送られたメールが映っていた。


『至急アジト集合! 絶対!』



「……こんな時に呼ぶって…………」



 俺は扉を開く。玄関には誰もいない。

 早足でリビングへと向かうと、何やら少しだけ騒がしい声が聞こえてきた。



「あ、勇斗! 遅いよ〜」



 そこには机を囲んで笑うアフロ、シシガミ、スサノヲ、佐竹一家、ドールとイワクラノカミ、そして那由多の姿があった。



 まるで昔のような雰囲気。心がふわっと軽くなったような気がした。


 しかしすぐにその気持ちはドス黒い色に塗り変わっていく。




「……何やってんだ? お前ら。こんな時に」


「……勇斗?」


「今俺達が笑う余裕なんてあると思ってんのか?……バカかよマジで」



 そう言う俺を見た那由多は、怒った様子で口を開いた。



「ちょっと勇斗! 何その言い方? アフロちゃん達だってーー」


「お前もだぞ。那由多」


「え?」


「お前、ホルスがもう居ない事を知ってたのにあんなメッセージ送ってきたんだろ?

 『みんなでまた遊ぼう』なんて。待ってりゃ勝手にあいつが戻ってくるとでも? そんな甘い考えであんな事送ってきたのか?」



「おい、落ち着けアレス。那由多ちゃんはただ差し入れを持ってきてくれただけだ」



 テーブルには確かにクッキー缶が置かれている。



「……シシガミは黙ってろ。挙句差し入れでクッキー? しかもお前らまでノリノリで。事の重大さが何も分かってねぇじゃねぇか? 結局頑張ってんのは俺だけーーんむっ!?」



 俺の言葉を妨げたのは、突如口へと飛び込んできたクッキーだった。

 那由多がここぞとばかりに俺の口を塞ぐ。



「んむ……ちょ…………何やって……?」


「良いから、とりあえず食べてっ! ね? ほら皆もどうぞ! ほらほら!」



 仕方なく俺はクッキーを噛み砕き咀嚼する。


 それを見たHOPEsの面々も次々にクッキーを食べ始めた。



「どう? 美味しい?」


「……ごくんっ……なぁ那由多。お前おかしいぞ」


「急に押しかけちゃったのはごめん。でもホルス君の件はちょっと違うの」


「じゃあ何だったんだよ?」


「私はただ……勇斗を信じてるの」



「…………無責任だな」


「そうだね……だから私は、私に出来る事をやる」



「『出来る事』なんて…………っ!?」


(なんだ……!? 急に眩暈が…………)



 俺はバランス感覚を失いその場に倒れ込む。そんな俺を心配するように皆が俺の顔を覗き込んでいた。


 ただ1人、那由多を除いて。



(何だ……これ…………一気に眠気が……)



 俺の意識が沈んでいくの同時に、視界から1人ずつ皆が消えていく。何が起きている? 分からない。



(……あ…………これ……意識…………)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「っはぁ!!! ここは……アジトか」



 周りを見渡すとあの場にいたHOPEsのメンバーが俺同様眠っていた。

 那由多やドール、イワクラノカミの姿は見当たらない。



「…………っ! そうだ時間! 今は……16時?」


(って事は昨日の夜からずっと寝てたのか……!? 16時間以上も…………)



 焦った俺はすぐにアジトを飛び出す。




「お、アレスさん!」


「っ……?」



 扉の向こうの景色に俺は困惑する。


 なぜならHOPEsのアジトを囲むように何十、いや何百人という数の人達が各々木の棒や鉄パイプを持って立っていたのだ。


 すぐに赤い電流を身に纏うが何かおかしい。あるはずの敵意が感じられない。



「これは……?」


「良かった……人の出入りが無かったもので何かあったんじゃないかと……」


「いつから…………いや、それより早く街に行かなきゃ!」


「大丈夫ですよ」


「大丈夫じゃないんすよ! 俺達が行かなきゃ……」



 俺を取り囲む人々は困惑している様子で何かを話している。



「もしかして……あの動画、知らないんですか?」


「『あの動画』?」


「ほら、この動画です!」



 1人の女性がスマホを俺に見せつける。


 動画のタイトルは「connecting HOPEs」。公開から15時間で再生回数は2000万回を超えていた。



「これは……?」


「とりあえず、この動画だけ見てください! どうぞお部屋で!」



「え……は?……どうゆう…………」


「街の事は大丈夫です! とにかく休んでください!」



 そう言いながら女性とその周りの人達は、半ば強引に俺をアジトの中へと押し込んだ。


「……どういう事だ?」



 困惑しながらもスマホで先程の動画を検索すると、すぐにその動画が出てきた。


 俺は玄関先でその動画を再生する。





「…………は?」



『この動画は、1ヶ月程前から撮影を開始しています』




 画面に映ったのは、那由多だった。




『早速ですが本題に入ります。ゼウスによる襲撃から3週間、この国は増え続ける犯罪に疲弊し切っています』



「…………?」



『そして瓦解した警察組織に代わり自警団等が多く誕生しましたが、その多くが上手くはいかず、建っては潰れを繰り返しています』



「何だこれ……」



『このままいけばこの国は確実にゼウスの手に落ちるでしょう』



「…………」



『でも、まだ希望はある』


「……!」



『突然ですが、こちらの動画をご覧ください』


 那由多の声と共に画面が切り替わり、1人の女性が映し出された。


(あれ……この人どこかで……?)



『私は10ヶ月前、紫色の大男に殺されそうな所をアレスさんとホルスさんに助けてもらいました』



「……あ」

(この人……紫マッチョと戦った時の……)



『おふたりには感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございました』



 女性が深く頭を下げると、また映像が切り替わる。次は明確に見覚えのある顔だ。



「高橋……さん?」


 坂東を地獄に突き落とした村の村長であり、そして坂東に殺されかけた高橋さんだ。


 政府主導で間違った信仰心を正す為のリハビリを受けているとは聞いていたが、その顔を見たのは実にあの時以来だ。

 以前より少し痩せた気がする。



『私は以前、人を傷付けて生きていました。HOPEsはそんな私に生まれ変わるチャンスをくれました。アレスさん、あの時はどうもありがとうございました。

 そして花梨かりんさん、明菜あきなちゃん、坂東さん。本当にすいませんでした』


 

 高橋さんは深々と頭を下げた。

 そこで例の如く映像は移り変わり、今度は5歳程の小さな男の子が映った。

 

『ぼくはポセイドンさんに助けられました。あの人がいなきゃぼくもママも死んでいました。

 そのあと来てくれたアレスさんもかっこよかったです!』



「………………」



 俺はゆっくりとしゃがみ込む。自然とそうなってしまった。

 足に力が入らない。



 その子が語り終わるとまた画面が切り替わり、今度はつるぎさんと剣心けんしんさんが映し出された。



『アレス。わしの息子を助けてくれてありがとう』


『自分の弟の本音を聞けたのはアレス君のおかげです! ありがとう!』




「………………はぁ……はぁ……」


 息が荒くなる。画面をまた見ると知らない男性がシシガミ、ハデスさんへ感謝を述べていた。



 その男性の後にも、俺達がこれまで助けた人々が変わり代わりに礼を述べていく。



『ありがとう御座いました』



「うッ…………ふぅ……」


 次第に画面がにじんでいく。



『ありがとう』

『ありがとうございます』



 今まで何度も言われてきた『ありがとう』という言葉が深く心に突き刺さる。とうとう画面が見えなくなった。



『ありがとー!』

『本当にありがとう!』

『ありがとう』

『ありがとうございました』




 何重にも重なった感謝の言葉は単体として俺の心に届く事は無い。もはやただの雑音にすら聞こえる声の束。




『助けてくれてありがとう!』

『感謝してもしきれないよ、ありがとう』

『ありがとーございました!』

『ありがとう!!』

『娘を助けてくれてありがとう……!』

『ありがとう! 応援してるぞ!』

『ありがとう! 本当に!』

『HOPEsの皆さん。ありがとうございました』

『ドラゴンから守ってくれてありがとう!』

『命の恩人です。ありがとう』

『ありがとうございます!』

『ありがとう』




 しかしその全てが心に響く。


 

 目を拭い画面を見直すと、那由多が真っ直ぐに俺を見つめていた。

 



『……1週間後、来たるゼウスとの戦いの時。HOPEsが負ければ、この国は本当の意味で終わりです。

 そして、このまま行けばHOPEsは負けてしまうでしょう』



 毅然とした態度で話す那由多であったが、その目には涙が浮かんでいる。



『世間ではHOPEsを批判するどころか、目の敵のように扱う人も増えています。確かに彼らは神力者であり、私達とは違います。

 でも、同じ人間です』



「……うぅ…………!」



『……私は、アレスの幼馴染です。彼の事は小さい頃から知っています。

 今では立派なヒーローだけど……昔は泣き虫で、背が低くて、犬が苦手で……でも、今と同じように困ってる人を見捨てられない、優しい人でした』



「…………あぁ……」



『彼らもただの人間です。頑張るのにも限度があります。

 だから、せめて今だけでも! 彼らの背負ってる物を少しでも私達で肩代わりしませんか?』



「あぁ……あぁあ……!」



 溜まっていた涙が一気に溢れ出す。

 同時に那由多も涙をこぼした。



『お願いです! 不安なのはわかります! 皆同じ気持ちなんです! でも希望を捨てないでッ!

 これまで私達を守り続けてくれたHOPEsを、お願いだから助けてあげて……!』



 動画はここで終わった。

 しかし涙は止まる気配が無い。


 

「あぁ……!……うっ…………うぅ……」



 神力を得てから10ヶ月。ひたすらに助けてきた。

 毎日走り回って、鍛えて、助けた。それが今やっと見える形になった。




 

 ポセイドンさんの死から少しずつ傷付いてきた俺の心が、その傷が、色とりどりの欠片によって少しずつ埋まっていく。



「あぁ……ああぁぁぁ!!」



 俺はただ、ひたすらに泣いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁ……はぁ……!」


 ほり春人はるひとは走る。ただひたすらにどこかを目指して。


「はぁ……はぁ……!」


(何故……? 何故私は走っているんだ?

 あの動画が何だと言うんだ?)



「はぁ……はぁ……はぁ……!」


(私は何故あの少女に見覚えがある? どうしてこんなに胸騒ぎがする?)



「はぁ……はぁ……はぁーーうっ!」



 歩道の段差に足を取られた春人は、勢い良く水溜りへと飛び込む。


「はぁ…………はぁ……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『ちょっとハデスさん! 起きてください!……ったく、どんだけ呑んだんだこの人?』


『アレスとポセイドンさんが風呂に入った後もずっと飲んでたからな、この人は』


『マジかよ……そろそろ起きてくださいよー! 朝っすよー?』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「うっ……!? 何だ……今の記憶…………くっ!」


 春人は立ち上がりまた走り出す。


「はぁ……はぁ……」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『ポセイドンさん……良い笑顔だったね、ホルス』


『あぁ…………そんなにしんみりするな。お前らしく無い』


『わかってるけど……』


『きっとあの人もそれを望んでいる』


『……うん、そうだね!』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁ……はぁ……!」


 春人は街を抜け山道を駆け上がる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『ハデスさん! 俺の新技見てくださいよ!』


『ハデスさん。次の任務は僕に任せてください』


『ハデスさーん! ホルスが私の事いじめてくるー!』


『ハデス。この前の任務なんだが……』


『ハデスさん、少し休んだらどうですか?』




『お前が必要だ…………リーダーが必要なんだ…………だから……当分……追いかけてくるなよ……』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ッ!!……はぁ……はぁ……はぁ……!」



 ハデスは全力で走る。皆の待つ、あの場所へと。


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