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HOPEs  作者: 赤猿
72/100

第72話 選択


 聞き慣れたアラームの音で目が覚める。時刻は午前6時。


 すぐにホルスとのトレーニングに向かおうと思ったが、ホルスは昨日いなくなった事を思い出した。



 色んな感情が混ざっていた昨晩に比べ、今日は自分でも驚くくらい冷静だ。怒りとか、悲しみとか、そういった感情がどこかに行ってしまったかのような気分。



 携帯を見るとTOMORROWsの皆の葬式はそれぞれの家庭で行うという壁さんからの連絡があり、どういう訳か俺は参列を拒否されていた。



「…………やるか」



 俺は窓から飛び出して中庭へと降り立つ。

 いつものように軽い筋トレやストレッチをして体を温めた後、シャドーボクシングを始める。



 普段ならこの時間はホルスと組み手をしているが、生憎あいにく相手がいない。



 かといって代役を頼もうにも今のHOPEsメンバーは俺、シシガミ、アフロ、スサノヲ、坂東の5名で肉弾戦メインのメンバーが俺しかおらず、皆普段の任務で疲れている為頼む事が出来ない。



 最悪トレーニングを1人で行うのは別に構わない。ホルスがいた頃でもこういう日はある。



 ただシャドーを続けていくうちに、心の底から不安がどんどんと湧き上がってきて涙が溢れてしまった。


 涙が止まる気配は無く、俺はただ拳を振るうことしか出来なかった。 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 物陰からアレスを覗いていたスサノヲはリビングへと向かう。


 昨日から北海道で取り組んでいた任務をこなし、今帰ってきたところだった。



(ホルスに関する会議や神獣同時多発事件の事は概要だけ連絡されていたが……ここまでアレスが抱えているとはな。アイツらは何をしているんだ…………)



「…………お前は、俺のやくそくを共に背負おうとしてくれた……お前とだからここまで来た」


 スサノヲは背中の刀を握り締める。



「信じているぞ……アレス」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーとある山中ー



「師範、朝食が出来ました」


 剣心けんしんは朝食を小さなテーブルまで運ぶ。そこではつるぎがテレビを見ながらあぐらをかいていた。



「朝の鍛錬は済んだのか?」


「もちろん。自分も剣双けんそうには負けてられませんから!」


「そうか……」


「何を見ているんですか?」


「ただのニュースだ……この後気になるテーマがあったんでな……」




『ーーとなり、神力発現前と比べて日本の食料自給率は大きく増加しています。このままのペースでいけば今年の12月頃には100%を超える見込みです』



 テレビではニュースが流れており、棒グラフと畑の映像が流れている。



『続いてのニュースです。昨晩、同時多発的に発生した神獣達の影響で800名以上が重軽傷を負った事件で、HOPEsへの様々な意見が上がっています』



「……っ!」


「……」



 剣心は少し動揺した様子でテレビに集中する。一方で剣は小さくため息をついただけだった。



『2週間前、セトの神力者による襲撃事件で500人以上の怪我人と26名の死亡者を出してしまったHOPEsですが、今回は800人越えの負傷者を出してしまいました。近頃の治安からか、住民に一体感が生まれた事で死者は出なかったようですが、こんな声も』



 アナウンサーはフリップを取り出し、シールを剥がす。そこには『HOPEsって必要?』と書かれていた。



『ここからは神力研究の第一人者の佐藤さとう圭三けいぞう教授にお話を伺いたいと思います。佐藤さん、こちらはどういった意味でしょうか?』



『はい。えーっとですね、まぁ端的に言いますと限界です。神力関係の被害が増加し続ける今『HOPEsだけで国民全員守り切る』というのが非常に困難になってきているんですね』



『HOPEsの人数を増やすというのは難しいのでしょうか?』



『そうですね……まぁ安全面から考えて厳しいでしょうね。それに先日の神獣による被害でHOPEsの下部組織であるTOMORROWsの構成員3名全員が死亡するという事態が発生してしまった事を考えると、やはりその案も現実的では無いのかと』



『なるほど……ではどういった解決策があるとお考えですか?』



『そこです。私が提唱したいのは現体制の大幅改革。神力者や神獣には現代兵器、いわゆる我々が“武器”として認識している物は通用しないでしょう? とは言え構造上は間違い無く人間です。

 例としては熱や冷気によるダメージは問題無く与える事ができるんですね』



『ではHOPEsに代わってそのような兵器を用いた部隊で対応すると?』


『そこまではまだ言い切れませんが、とにかくHOPEsがこれからも日本を守り続けるというのは非現実的という話です』



『なるほど。佐藤教授、本日はありがとうございました。

 また、物理的な面以外にも多くの意見が上がっており、snsや掲示板サイトで先日の事件に関して上がった声をいくつか抜粋しました』




ポセイドンが死んでから何もかもが右肩下がりだな

被害者出過ぎ

変に権利を与えすぎた結果だよ

警察や自衛隊でも何とかなりそう

正直もうHOPEsを信じれてない

ヒーロー自称するくらいならもっと頑張れよ



『このように、HOPEsに対する否定的な意見が多く挙げられています。今、HOPEsの在り方が問われているのかもしれません。

 続いてのニュースです。愛知県ーー』



「…………酷い……」



「……だが、彼らを責める事も出来ん」


「なっ……どうしてですか!? HOPEsが責められる筋合いは無いでしょう?」



「確かにそれは正しい、だが彼らも不安なのだ。少しずつ弱まっていくHOPEsを見とるからな。

 それにヒーローなぞこれまで存在しなかった職業。今まさにその形が決まりかけておるんじゃ。少しでもHOPEsに思うところのある者はHOPEsに社会的な立場を持たせたくないのだろう」



「そんなこと言ったって……HOPEsが居なきゃただ神力者達にやられるだけですよ!」


「あぁ。だが焦りは人の判断を惑わす」


「……っ」



 突然剣心は玄関へと走り出し、無造作に竹刀を1本握って飛び出した。



 そして竹刀を天に掲げ叫ぶ。


「剣双オォォォッ!! アレス君ッ! ホルス君ッ!……頑張れーーーッ!!!」


「剣心……」




「あの……ごめんください……桐生きりゅうさんのお宅で間違い無いですかね?」



 玄関のすぐ横からの声に剣心は驚いて振り向く。そこには中学生か高校生程の女の子が立っていた。


「はっ! す、すいません! お見苦しいところをお見せしてしまって……何かご用ですか?……あ、もしかして入門希望者ーー」


「違います」



 落胆する剣心をよそに騒ぎを聞きつけた剣が玄関まで駆けつける。


「こんな山奥まで……何の用だい?」



「……今日は、ある事をお願いしに参りました」


「ある事?」


「申し遅れました。私、安倍あべ那由多なゆたと申します」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーアジトー



『ーーこのように、HOPEsに対する否定的な意見が多く挙げられています。今、HOPEsの在り方が問われているのかもしれません。

 続いてのニュースです。愛知県ーー』



「……」


「大阪で神力者犯罪発生! 詳しい場所はスマホに送りました!」


 イワクラノカミが朝食を食べる俺達に大きな声で呼びかける。すぐさま俺は席を立って玄関へと向かい出した。


「俺が行ってくる」


「私も行こう」


 そう言ってシシガミも席を立った。



「今ツーマンセル組む余裕無いだろ。ただでさえ人居ねぇんだから」


「ちょっとアレス! そんな言い方ないでしょ?」



「……」


 靴を履く俺の背中にアフロの説教が突き刺さる。



「ちょっと!? 聞いてんの?」


「……帰ったら聞く」



 そのまま俺は逃げるようにアジトを飛び出した。風を切る音でアフロの呼び声はかき消される。


 ハデスさんが倒れてからもう10日程が経つ。いや、感覚的には『まだ10日?』の方が近い。分かってはいたが、ハデスさんの存在はHOPEsにとってなくてはならない物だった。



 未だにハデスさんをアジトへ受け入れる話は進んでない。色々ありすぎてそれどころでは無いからだ。




 ポセイドンさんがいなくなり、ハデスさんがいなくなり、ホルスがいなくなり、TOMORROWsも居なくなった。全員、俺が頼りにしていた。


 ゼウスはシンボルを持っている。ガイア、ヴァンパイアという協力者も確認されている。このままじゃ俺はゼウスに勝てない。



 それどころかゼウスと戦うまでこの国を守り切れるのかも分からない。




(……なら、俺に出来ることは1つしか無い)



 どれだけ体が痛かろうと、どれだけ心が痛かろうと




「戦い続けるしか、無い」


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