第62話 邂逅
ー国会議事堂内ー
「あれ? 今日ってTOMORROWsどこパトロールしてんだっけ?」
俺とホルスは壁さんとの話し合いを済ませ、貴重な休憩で一息ついていた。
「今は千葉の西部を回っているはずだ」
「そっか……なぁ、今のアイツらの評判ってどんな感じなんだ?」
「決して悪くはないぞ」
TOMORROWsの採用から五日が経過し、世間にも顔を覚えられてきたようだ。
これまでHOPEsの評判は結成から徐々に低下していたが、ゼウスの存在が国民に浸透し始めた事でHOPEs自体の評判もあがりつつある。良い傾向だ。
「……あ!」
「どうしたアレス」
「そういやそろそろバレンタインじゃねーか!」
そう言った俺を見るホルスの顔は冷た……
(あれ!? なんか意外とそわそわしてね!?)
「やっぱお前も楽しみだったかー!」
「違う!……不安なだけだ」
「不安? なんで? 楽しいじゃねーか」
「……逆にお前は那由多ちゃんから貰えない可能性は考えていないのか?」
「そりゃあ毎年貰ってますからねぇ〜」
ホルスはニヤつく俺に容赦のないチョップを決めてくる。
「いっ!?……ってか、ホルスもほぼ確定してるようなモンだろ」
「どこがだ」
「どこがって……」
俺は必死に言葉を探す。しかしなにも思いつかなかった。
「ほら、根拠が無いじゃ無いか…………ん?」
ホルスの電話が鳴る。
「誰からだ?」
「丁度セベクからだ。……もしもし?…………なに?」
突然ホルスの顔色が変わった。
「場所は……分かった。すぐに向かう」
「どうした?」
「アイツらの管轄で神力者犯罪が発生したらしい。応援を求められた」
「っ!? それなら俺もーー」
そこまで言い掛けたところで今度はどこからかサイレンが聞こえる。
(この警報は……神獣!? 嘘だろこんな都心で……)
「アレス!」
「ーー!」
「お前は神獣の方を頼む! 僕はセベク達の元に向かう!」
「あ、あぁ! 分かった!」
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「大体この辺りか……」
アレスと別れた僕は千葉へと到着し、セベクから聞いた場所付近まで来ていた。建物や地形にそこまでの被害はないように見える。
街の人々がパニックになっているのはわかるが、肝心の神力犯罪者の姿が見えない。
「皆さーん! 落ち着いて避難してください! HOPEsが来ました! 落ち着いてくださーい!」
「っ! おいあれ見ろ、HOPEsだ!」
「ほんとだ!」
「HOPEs!」
「よかった〜」
「助かった〜!」
(群衆は大丈夫そうだな……)
僕はゆっくりと近くの家の屋根に降り立つ。
「ホ、ホルスさーん……!」
振り絞ったかのような少し掠れた呼び声が下から聞こえ、見てみるとそこにはテュールが立っていた。
「テュール、なにがあった?」
「それが……あの、子供を攫ってる人がいて……」
「それで?」
「あの、捕まえようとしたら……き、木とか土とか操って逃げたんです。お、追ってたら反撃してきてせ、戦闘になって……」
「そうか。他の二人は?」
「そ……それが……今探してる最中で」
「なんだって?」
「5分くらい前に……し、神力犯罪者と戦闘になって…………気付いたら、いなくて……」
「そうか…………ん」
僕はテュールの手足が震えていることに気がついた。
無理もない、当たり前だろう。彼らはまだ碌に戦闘訓練すら積めていない。
「……分かった。テュール、お前は避難誘導と救助にまわってくれ」
「で、でも……」
「お前達はまだ見習いだ。戦闘許可はそもそも本来出ていない。分かったらすぐに向かうんだ」
「うっ……は、はい!」
怯えながらもテュールは避難している住民の方へと走っていった。
(どのみち『体の一部を巨大化させる』テュールの【神力】じゃ操作系の神力者との戦闘は向いていない)
「さて……」
周囲を見渡すが怪しい人影は見えない。
(となると択は一つだな)
僕は良く目を凝らして地面を凝視する。車道、歩道、道路脇の建物、よく見ればところどころが少し歪んでいた。
一見大したことでは無いが、僕の立っている周囲だけが異様に歪んでいる様に見える。
「…………」
僕は空高く飛び上がり、地上の様子を良く観察する。
「……」
なにも起こらない。風がうるさい。
「…………」
なにも起こらない。人の気配はまるで無い。
「………………」
なにも起こらない。石が縁石から落ちた。
その瞬間、僕は地面に向かって踵を振り下ろす。
大きなヒビが入ったかと思うと、少し不自然に土がうねった。
「っ! 出てこいッ!」
「……あ〜ぁ。バレちったか」
地面から女の声がする。
「今すぐ少女と2人を解放しろ。さもなくば痛い目を見るぞ」
「ん? その声ホルス君かな。……なるはやで済ませないとね」
「っ!?」
地面が揺れる。比喩では無い。周りの家屋や道路沿いの木、道路そのものさえも全てが揺れ、アスファルトを打ち砕き大量の土が踊る様にうねりでた。
(この操作量……坂東よりも多い。何者だ?)
「さて……やろっか」
女の声と同時に土がこちらへと襲いかかる。僕はすぐに飛び立ち猛攻を躱すがその後どうする事も出来ない。
「わー、やっぱり速い。でも僕の居場所が分からない以上何も出来ないって所かな? そりゃあ仲間を傷つける訳にはいかないもんね?」
「……なるほど、北海道でスサノヲを襲ったのはお前か」
「なんでそう思ったの?」
「アイツが『心底腹にくる奴だ』と言っていたからな」
「ははっ、効いちゃった?」
土はそのうねりを止めない。
間違いなくこの神力者も攫われたという少女もペルセポネ達も地面の下だろう。だが、僕のスピードで突っ込めば土どころか体にもダメージは免れない。少女ならば尚更だ。
「ほら! イライラしてるんでしょ? 早くおいでよ!」
「……」
地面はその形状を常に変えながらあの手この手で僕に襲いかかる。剣のように、槍のように。そして僕はその全てを躱し続けていた。
避け続ける事ははっきり言って可能だろう。しかしこちらから起こせるアクションが皆無に等しい。
(何か……何かないか…………)
「ね、ホルス君。実は僕もちょっとイラついてるんだよね」
「なぜだ?」
「ホルス君さぁ…………僕のこと舐めすぎでしょ」
突如真上から土の触手が何本も降り注ぐ。
「ッ!?」
(そんなっ……いつの間に……!)
すぐに回避の姿勢をとるが間に合わない。
僕は触手に押し潰される形で地面へと叩きつけられた。
「うっ……! かはッ……」
「『なんで上から?』とか思ってるのかな?」
「くっ……」
(大丈夫……骨も内臓も無事だ、すぐに動ける。それより上からの攻撃のトリックを解かないと…………は?)
「あ、気付いた〜? だから言ったでしょ。舐めすぎだって」
僕の目には、天へと昇る一本の土の柱が映った。そこから触手を伸ばしてきたんだろう。それは分かった。
問題はその柱までの距離だ。あくまでも目測、故に性格な値までは分からないが……
「はっ……はっ……」
(少なくとも50mは離れてる……! そりゃあ気付かない訳だ、シシガミで半径38m、生前のポセイドンさんでも48mだぞ……?)
「おー、ようやくいい顔になってきたね」
「はぁ…………くそ……」
「意外と口が悪いんだね。ヒーローとしてクソは良くないんじゃない?」
「うるせぇ…………お前、なんの神力者だ?」
「僕? 言っても良いのかな? うーん……まぁ良いか。
僕の【神力】は地母神『ガイア』。これで良い?」
「何ができる……?」
「それは内緒だよ」
「……それくらい良いだろう?」
「あーもう! 土が操れる! 分かった!?」
僕はゆっくりと立ち上がる。
「あぁ……十分だ。おかげで呼吸が整った」
「えー、せっこ! ほんっとヒーローらしく無いんだね?」
「…………かもな」
「っ!?」
僕は飛び立ち、ガイアが潜むであろう辺りの地面を蹴り抜いた。
「何をっ!? 血迷ったの?」
「……」
1箇所2箇所と次々に土を砕いていく。
(大丈夫……これも大丈夫…………これも……っ!)
1箇所だけ硬い箇所を見つけた僕は、すぐさま足を引いて蹴りを止める。
「……? 何してるの?」
「知ってるか? 土は温度が下がるとその硬度を増す。そして−40℃にまで下がった時、その硬度はコンクリートとほぼ同等になるんだ」
「っ! 待て!!」
「もう遅い!」
僕はその硬い土になんとか腕を捻じ込み、その土ごと飛び立った。
すると地面が綺麗な球体になって引き抜ける。
「その子を返せ!!!」
ガイアの発狂のような声と共に、土が退路を阻む。
「……はぁ」
一旦近くの家屋へと僕は入りこみ、その中で土の球を打ち砕く。
「……っ! ホルスさん!」
中からは、やはりペルセポネとセベク。そして2人に抱かれたまだ幼い少女が入っていた。
「よくやったペルセポネ。おかげで助けられた」
「それよりホルスさん、あの神力犯罪者は?」
「まだ倒していない。だからすぐにお前達はこの子を連れて逃げてくれ」
「え? でも……」
「分かったっす!」
「セベク? それでいいの? 私達も戦わなきゃ……」
「違う! 俺らじゃまだ足手まといなんだよ! 行くぞ!」
「……うん!」
2人が少女を抱えて走っていく。その僅か数秒後に僕達が逃げ込んだ家屋を土の波が飲み込んだ。
「あの子をどこへやった!?」
「落ち着けよ」
「!!!」
間一髪で避けた僕は上空から土の塊を見下ろす。
「……こいつを倒せば、僕も……ヒーローになれるかな」
僕はそう呟いた。




