第60話 永遠
『海越市南地区にて大型の神獣が発生しました。住民の皆さんは地下などの安全な場所に避難して下さい。
繰り返します、海越市南地区にてーー』
防災スピーカーがそこまで言いかけた所で、飛翔するドラゴンのような怪物が柱ごと薙ぎ倒した。
倒れた柱の一部が避難する女性の足に直撃する。
「きゃあッ!!」
女性はそのまま倒れ込んでしまった。
「うぅ…………ひっ!」
ドラゴンはゆっくりと女性の正面へと着地し、その大きな口を開く。
「……助けて…………」
「大蛇斬りッ!!」
遠くから聞こえた声とほぼ同時に、ドラゴンの下顎が上顎から離れその場に落ちた。ドラゴンは怒りと痛みで吠えようとするが、上顎だけではうまく吠えられない。
「ひっ……一体、何が……」
「もう大丈夫ですよ」
「ーー! HOPEs!?」
足を抑える女性の手の上からアフロは両手を掲げる。するとみるみるうちに傷は塞がり、女性の顔は緩んでいった。
「すごい……」
「これで大丈夫です。急いであの山の方まで逃げてください! 地下鉄のホームがあります!」
「あっ、ありがとうございますっ!」
女性が指示通りに山を目指して走り出したのを見届けたアフロは、自身の右耳にハマった無線機に手を当てて話し出す。
「ホルス、周囲に怪我人は?」
『いない。逃げ遅れももう大丈夫だ。シシガミ、プラン通りやれるか?』
『分かった』
シシガミの返答の数秒後、地を這っていたドラゴンが急成長した大木により打ち上げられた。
シシガミは無線機を通して叫ぶ。
『アレスッ! 今だ!』
「了解」
俺はホルスの背中から飛び降り、右半身だけに赤い電流を纏う。
全身に感じる浮遊感、真下にいるドラゴンがもたらす非現実間に圧倒されながらも俺は拳を握り構えた。
「堕ちろクソトカゲェェェッ!!!」
俺の拳はドラゴンの背中に直撃し、垂直に地面へと吹き飛ぶ。
そのまま自身を打ち上げた大木へと突き刺さり、一度大きく吠えた後にドラゴンは生き絶えた。
俺達は全員大木の前に集まる。
「……なぁホルス」
「ん? どうしたアレス」
「ドラゴンって火吹かねぇのな」
「……吹く奴もきっと居るさ」
「そうかなぁ……」
「あ! 居た居た、こっち!」
俺たちの背後から何組かの記者がこちらへと走ってくる。
「今回も見事な活躍でした! 本日のーー」
「すいませーん! 先日HOPEsは復活されましたがリーダーのハデーー」
「今後の活動方針としてはどのようなーー」
「はぁ……ホルス!」
シシガミが両手を合わせながらホルスの名前を叫ぶ。その後すぐに地面から大きなカゴのような形をした木が生えた。
ホルスはすぐに翼を広げそれを両手で掴み、残りのHOPEsメンバーは全員でカゴに乗り込む。
俺は少しだけ身を乗り出し、記者達を見下ろす。
「インタビューはしっかりと告知した上で行います! それじゃ!」
助けを求める人の為、俺達はその場を後にした。
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ー国会議事堂内部 神力研究室ー
俺は佐竹さんの両手両足を分厚い金属製の枷に通し、鍵を掛ける。
普段は神力犯罪者の拘束に警察が使っている物だが、この厚さならば奴も簡単には外せないだろうし、仮に溶かされたとしてもやつも無事では済まないはずだ。
「すいません佐竹さん」
「いえいえ、お役にたてるなら何よりです」
これからも佐竹さんにはこの手枷ともう少し楽にした足枷をつけてもらう予定だ。セトを完璧に操れるようになるまでは、申し訳ないが外せない。
「……それじゃあ、お願いします」
「はい…………」
佐竹さんは目を閉じた。
「……よぉ。久しぶりだな、小僧」
次にその目を開けた時には、瞳は赤く染まっていた。
「そうだなクソ居候野郎」
「これはどういう……おい、この枷はなんだ?」
「お前、佐竹さんの視界見えてんじゃねぇのか?」
「その時による。それより何だこれは? これでは戦えない」
「だから着けてんだよ。今日はお前と話をしに来たんだ」
俺の言葉を聞いたセトは不思議そうに首を傾げる
「俺に話を?」
「【神力】について、聞きにきたんだ」
「?」
「何だその顔。そんなにおかしい事言ったか?」
「いや、俺よりも小僧らの方が詳しいだろう? こんなにも神力者が多い星は初めて見た」
俺の思考はその一言で停止した。
「……は? お前今なんて?」
「ん? だから『こんなにも神力者が多い星は初めて見た』と」
「…………」
(星? 何言ってんだコイツは。それじゃあコイツは宇宙人なのか? てかそもそも……)
「困惑しているようだな……よし、決めた」
「あ? 何をだ」
セトはあの時のようにニヤリと笑う。
「小僧が俺と再び全力で殺りあってくれるのなら、俺の全てを話そう。どうだ? 悪い話では無いだろう」
「…………分かった。だけどまずは話だ」
「あぁ勿論。何から知りたい?」
俺は事前に用意してきたメモを取り出し、上から読み上げていこうとするが我慢しきれずに口を開く。
「……お前は一体、何なんだ?」
「俺はゲノム星のクレスという種だ。地球のように名はない」
飄々(ひょうひょう)とセトは答えた。
「つまり、お前はセトそのものでは無いんだな?」
「勿論。俺は【神力】『セト』の先代継承者だ」
「そうか……じゃあもう一つ、ゲノムなのか何なのか知らねぇけど、お前が宇宙人ならなんで日本語が話せるんだ?」
「……お前達は本当に何も知らないのか」
「いいから早く教えろ」
「はぁ……神力者に言語の壁は存在しない。俺たちは無意識のうちに全ての言語との対話が可能な言語を使用しているんだ」
完全な言語……英語とかとも話せるのだろうか?
「おい小僧、答えたぞ」
「まだ質問は終わってねぇ」
「ならば早くしろ、退屈で死にそうだ」
俺は再びメモに目を通す。
「じゃあ、お前は何で佐竹さんを操れるんだ?」
「それは【神力】の特性だ。神力『セト』は先代継承者の意思を引き継ぐ」
「なるほど……」
「……なぁ、小僧」
少し怒っているような声でセトは俺に話しかける。
「こんな事は良い。早く本題に入れ」
「……分かった」
俺はメモを閉じてポケットに突っ込み、セトの目をまっすぐ見つめて質問を始めた。
「【神力】って、なんだ?」
俺の問いを聞き、セトは再びニヤケ顔へと戻る。
「まず、小僧達はどこまで知っている?」
「俺達が今分かっている事は、【神力】とは神の名を冠した力であり、それぞれ強力な力を持っている事。
そして神力者の肉体は全盛期まで若返る事。真神力者、異神力者の階級があり、あと……シンボルというパワーアップも存在する。大体このくらいだ」
「そうか。どうやら大筋は捉えているらしいが、何が知りたい?」
「全てだ。お前が持つ情報を全て話せ」
「……約束は守れよ、小僧」
「あぁ」
「まず【神力】そのものが何なのか、という事についてだが……これについては俺も完全には知らない」
「それでも知ってる事はあるんだな?」
「昔ラヴと闘った時に色々と聞いた」
「ラヴ? どっかで聞いた気が……」
俺は必死に頭を捻る。
「あ!」
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ー約2ヶ月前 先代アレスの精神世界ー
「神様にも序列とかあんの?」
「序列という訳では無い。一人だけ長がいる。まぁ、リーダーの様なものだ」
「ゼウス?」
「ラヴだ」
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「ラヴって神のリーダーの?」
「神というか神力者の王、だがな」
「え? ラヴも神力者なのか?」
(確かに、神力者じゃなきゃモノホンアレスが知り合いな訳無いか)
「……まぁ、神という呼び方の方が正しいとも言えるが」
「どういう事だ?」
俺は困惑しながら発言の真意を尋ねる。
それに対して帰って来た返答は、一切の想定をしていないものだった。
「ラヴは宇宙が誕生した瞬間に生まれ、それと同時に神力を得た原初の神力者。そしてこの宇宙に生きる無数の生物、そのすべての父だ」
「……は?」
俺は驚きを隠せずにいた。この世に存在するすべての生物が、たった1人から派生したという事実が信じられなかったからだ。
「勘違いするなよ、小僧」
「ーー!」
「あくまでそれは奴、ラヴの【神力】によるものだ。とは言っても詳しくは知らないがな」
「……ちょっと待て」
妙な違和感、というよりも信じ難い可能性が俺の脳裏をよぎった。
「ん?」
「お前がラヴと闘ったのはいつの話だ?」
「正確な時期は分からんが、そうだな……今から大体1万年程前か?」
「じゃ、じゃあ……」
もし、全部の話が本当ならば。
「ラヴは、100億年以上生き続けてるって事か?」
若返り、ありえない長命。どうしても考えてしまう。
「あぁ、そうなる。次点で長命なのは恐らく、ラヴの側近ムネモシュネだろう。こっちは80億年くらいか?」
「……あ? なんだ、宇宙人はみんな長命なのかよ」
それならば大丈夫だ、あの可能性は捨てられた。
「いや? 俺の知る限りでは長くても1万年だ」
「え? でも、ラヴとかムネモシュネ? はめちゃくちゃ長寿じゃねぇか」
心拍が早まる。嫌とか良いとかそういう話では無い。その可能性が事実になってしまった時、ただその時が怖い。
「……あぁそうか、小僧らは知らないのか。なら教えてやろう。俺達には……」
『もし、不老不死になったら』。きっと誰もが一度は考えるだろう。かくいう俺も例外では無い。
ある人は喜び、ある人は嫌がり、ある人は不老だけを求める。『不死は辛すぎる』
と。
しかし考えてみてほしい。もし不老だけを手にしたのならば、生きるのが苦痛となった時、必ず自分で自分を殺さなければいけないのだ。
これはある意味、永遠の命よりも怖い。
「神力者には、寿命が無い」




