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HOPEs  作者: 赤猿
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第59話 築いてきた物

「はっ……はっ……はっ……」


 『ハデスさんが起きた』という連絡を受けた俺達は急いで山道を下る。アフロとスサノヲは一足先にホルスに乗って向かったようで、俺とシシガミは2人で走っていた。



「アレス! まさかこのまま走っていくつもりか!?」


「仕方ねぇだろ! お前ら大人組が免許持って無いんだから! それにこんな真っ昼間だと車で行くより走ったほうが早い!」


「……それもそうか」


「ーー! そういやドールさん達だけで大丈夫かー?」


「問題無い。普段よりも警護の木製動物達を増やしておいた」



「流石! んじゃ急ぐか!」


 俺は黄色い電流を身に纏う。



「あぁ……そうだな、シカにしよう」


 シシガミ両手の平を合わせると地面から数十本の太いツタが生え、そのツタは次第に絡まり合ってゆき最終的には牝鹿の姿へと変わっていった。

 走り出す牝鹿にシシガミは飛び乗る。



「とにかく……急がねば!」


「あぁ! 本気で走ればすぐ着くはずだ! 早く会いに行こうっ!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 息を切らしながらも走る事数十分。俺達はハデスさんの入院する病院へと辿り着いた。

 鹿から降りるシシガミを置いて、俺はホールを抜けて階段を駆け上がり、厳重な警備体制を抜けた先に現れた扉を勢いよく開ける。



「ハデスさんッ!」



 病室には椅子に腰掛けるホルス達と、起き上がりベットに座るハデスさんの姿があった。



「ハデスさん……! 良かった……起きてくれて…………ん?」


 何やらハデスさんの様子がおかしい。俺に対して戸惑っているようだ。

 ホルスやスサノヲもずっと下を向いたまま動かない。



「2人共? どうしたんだ?……ってアフロ!?」



 ホルス達と同様、俯いていたアフロの頬に水が伝っていくのが見えた。


「これは……一体……?」



「あー、っと……」


 俺の耳に突如飛び込んできたハデスさんの声。聞き間違えるはずも無い、その声に俺はすぐに振り返る。


「ハデスさんっ!!!」




「…………やはり駄目だ……思い出せない」



「……え?」



 思わず困惑が口から溢れる。


(思い出せない? 何が? 何に対しての言葉だ?……待て待てそれは無い、それだけはないだーー)



「すまないが……君の、名前は?」



 そう言ったハデスさんの目はしっかりとこちらを捉えていた。



「そ、そんな……」


「うぅ……ひっく…………」


 アフロの涙が次第に増えていく。慰める気にはならない。何も考えられない。

 そんな時に扉からシシガミが入ってきた。



「遅くなった! ハデスさんは…………? 何かあったのか?」



「……すまない」


 ハデスさんが心から申し訳なさそうにそう言う。


「『すまない』とは何だ? スサノヲ、何があった?」


「……」



「……ハデスさん、何があったんですか?」


 シシガミは冷静にそう問いた。




「私もまだよく分かっていない、だがお医者様が言うには……私は記憶が無い、らしい」




「皆さんお揃いでしょうか」


 部屋の隅から知らない声がする。俺は即座に電流を纏うが、そこに立っているのが医者だと分かり、ゆっくりと解除していった。



「すいません。盗み聞きするつもりはなかったのですが、声をかける事も出来ず」


「……」


「見ての通り、ハデスさんには記憶がございません。正確には、ここ9ヶ月程の記憶ですが」


「……」



 俺は黙ってお医者さんの話を聞いていた。と言うより、何も言えなかった。



「そしてその原因はストレスと疲労によるものです。原因が原因ですので、記憶が戻る可能性はあります。ですが、あくまで可能性と言うことを肝に銘じておいてください」



「……」



「一応記憶が戻るまでうちに入院することはできますが、まぁそこの判断はハデスさんと話し合って下さい…………それでは。マスコミが外に集まっています、帰る時は裏口を」



 そう言ってお医者さんは病室を後にした。





「……まずは、ハデスさん」


 最初に沈黙を破ったのはシシガミだった。



「一度、私たちの家にきてくれませんか? 貴方もそこで暮らしていたんです。とは言っても元は貴方の実家ですが」



「そう、なのか…………すまないが今はまだ……頭が混乱しているんだ。落ち着いたら伺わせてもらう」


「わかりました。後これ、貴方の携帯です」



「ありがとう……すまない、君たちの事を……忘れてしまって」



「ハデスさんっ!」

(ーー! 口が勝手に!)



「……私に何か?」



「一つだけ……待ってます」



 こんなことを言ったってどうにもなりはしない。むしろハデスさんを困らせるだけだ。そう分かってはいたが、止められなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「復帰は予定通り明日からで良いな?」


 シシガミの発言に各々が相槌を打つ。

 ハデスさんとの面会を終えた俺達は、夕焼けに照らされながらアジト前の山道を登る。



「……」


(またか……)



 ずっと、霧が晴れない。事態が最良にならない。

 何か問題を解決したと思えばまた次の問題、それならまだ良い。でも今は重なりすぎだ。というかここ最近ずっとそうだ。

 


「……!」

(ネガティブになっちゃ駄目だ! 俺は絶対に折れちゃいけねぇ……ゼウスをぶっ飛ばすまでは……)


 少し湿った地面を踏み締めながら俺はそう誓い直した。



「あーっ!」


 唐突にアフロが声を上げる。


「どうした!?」



「私今日夜ご飯当番じゃん!? 買い出し忘れてた……もう、あまり物しかーー」


 ホルスがアフロの後頭部を引っ叩いた。



「いったぁ〜!? なんで叩いたの!?」


「うるさい、早く帰るぞ」


「はぁ? じゃあご飯どうすんのよ!?」


「出前でも取ればいいだろ」


「出前の人がかわいそうでしょ! こんな山奥まで神力も無しに!」





「……はぁ、アレス頼めるか?」


 シシガミが俺の肩に手を置いてそう言う。


「何で俺に押し付けるんだよ!」


「私とスサノヲじゃ手に負えない」


「……あーもう、今度なんか奢れよ! おい2人共! 喧嘩すんじゃねーよ!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「んじゃ、出前を山のふもとまで呼んでアフロが取りに行く。2人共それで良いな」


「僕はご飯が食べられればそれで良い」


「…………良いよ」


「なに不貞腐れてんだよ、忘れてたのはアフロだろ」


「もう! アレスまで私の事責めるの!?」


「おん」



 何故か怒っているアフロをわき目に、俺はアジトの扉を開いた。



「あ! お、お帰りなさい!」



 階段からの突然の声。その主は部屋から出られないはずのドールだった。



「ドールさん!? 何でここに……」


 俺は咄嗟にそう問いかける。


「皆さんが出ていった後、ここら一帯が数分間だけ停電したんです。それになぜかこの家の予備電源も動作しなかったみたいで……簡単に出れちゃいました」



「予備電源?……あ!」


(そういやアジト出る前に何か引っ掛けたような……)



「ドールさん」



 ホルスは俺の思考を遮って話し始める。

 その雰囲気はアフロの面接の時に少し似ていた。



「問題は『どうやって』出たかではありません。『なぜ』出たかです。

ドールさん達は現在僕達に匿われている立場ですよ?」



「それは……ごめんなさい。でも皆さん大変そうだから!」


「だから?」


「……こちらへ」



 そう言うとドールは階段を下りてリビングへと歩き始める。イマイチ状況が飲み込めない俺達はそれにただ着いて行くしかなかった。

 


 ホルスがリビングの扉を開ける。


 

 その瞬間、俺達の鼻をとてつもなく美味そうな匂いが貫いた。みんなすぐに匂いのもとに気が付く。

 テーブルの上に色とりどりの料理達が並べられていたのだ。

 

 キッチンにはイワクラノカミと拘束された佐竹さんと麗奈さん、海君の姿もある。



「これは……」



「あ、お帰りになったんですね。少々お待ち下さい」


 こちらの困惑を察したのだろう。佐竹さんがこちらに軽く会釈をし説明を始めた。


「えっと出れた経緯は……」


「さっき説明されました」


「そうですか。えっと、僕達とドールさんが出会ったのはせいぜい数日前なんですが話す事は多かったんです、もちろん扉越しに。それで彼女らの心配が伝わって来ていました」


「だからこのような事を?」


「はい」



「はぁ…………失礼ですが」


 小さくため息をついたホルスが口を開く。



(あ、まずいなコレ)


 俺がそう感じた時にはもう遅かった。



「僕達は、少なくとも僕は疲れていません。それにもし仮に疲れていたとして、それは勝手な外出の理由にはなり得ません」


「で、でも……」


 ドールが何かを言いかけるが、ホルスの話は止まらない。



「何故皆さんをアジトに軟禁していると思いますか? ドールさん方は危険だからという理由もあります。しかしメインは守るため。ゼウスからだけでは無く世間からもです。

 この場所は知られすぎている。もちろん不審な人物はこの山に一歩も入れさせないよう警備は徹底してあります。しかし皆さんがここにいる事自体、世間は知りません。……もう少しご自分の立場を理解してください」



「……」


 俺達はなにも言えなかった。それはホルスの言葉が正しかったからだ。



 ドールやイワクラノカミは勿論のこと、佐竹さんも世間から見れば大量虐殺犯、その家族である麗奈さんや海くんも被害を被るだろう。


 それだけでは無い。最近、今まで以上に世間からの風当たりは悪くなっている。

 そこに神力犯罪者を匿っていると来ればどうなるかは目に見えている。嫌われることはさほど問題では無いが嫌われた先にある、HOPEsの排斥という所まで行ってしまえばゼウスどころじゃ無くなってしまう。




「……お気遣いは感謝しています。しかし、今回のような事はもう無いように」


 俺たちはホルスの言葉に頷きもせず、ただ黙っていた。




「まぁとりあえず、ご飯にしましょう! 余り物で作ったんです」


 麗奈さんがエプロンを脱いで小皿を机に並べていく。

 俺達は渋々というか、何とも言えない感情で席についた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「うっめぇ!! んっんっ!」


「ムシャムシャ……ん“! ん“ん!!」


「大丈夫かスサノヲ? ほら」


 シシガミはスサノヲに水を差し出す。



「なぁホルス! うめぇな!」


「……あぁ…………っておいアレス! それは僕の串だ!」


「うるせぇな良いだろコレくらい」


「良い訳あるか!」




「ふふふ……胃袋つかんじゃえ作戦大成功ですね、ドールさん」


「えぇ、ありがとうございます麗奈さん。私、料理出来ないから……」


「まぁ、これから留守番組で教えますよ」


「ありがとうございます!」




「ウッ! ん“ん“ん!」


「ちょっとホルス!? お水飲んでお水!」


「んっんっ…………はぁはぁ……はぁ……ありがとな、アフロ」


「っ!」


「どうした? 顔が赤いぞ」


「何でもない!!!」



「……」


 ゼウスの事、ハデスさんの事、ドール達の事、考える事はまだ多い。それでも確かにこの瞬間とき、俺達は幸せだった。




-ドール、イワクラノカミ、佐竹闘士、佐竹麗奈がアジト内限定家事担当になった‐

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