第53話 会議
朝露が葉から溢れ落ちる。アレスとホルスはアジトの中庭で向かい合い、構えた。
「そんじゃ始めるか」
「あぁ」
両者ともに一呼吸置き、姿を消す。
次に現れた時には黄色い電流を纏ったアレスの拳と、羽ばたき宙に浮くホルスの拳がぶつかり合っていた。
「っ!」
ホルスはすぐにアレスの後ろへと回り込み、強烈な蹴りを喰らわせる。それに対しアレスは反応しきれず数m先まで吹き飛ばされた。
折れている右腕を庇うように地面を転がる。
「油断しすぎだ」
「くッ……お前が早すぎんだよ!」
アレスはそう言うと地面を蹴り付けホルスに飛びかかる。しかしホルスは軽くそれを躱して再びアレスを蹴りつけた。
アレスは少し離れた所で体勢を立て直す。
「クソッ……こうなりゃ……!」
「……! おまえっ!」
アレスの纏う電流が黄色から赤に変色する。
「それは使うなとあれほど!」
「どうせゼウスとやる時は使うんだ!」
「だとしても……っ!」
アレスの拳がホルスの顔まで迫る。すんででホルスはそれを躱すが、すぐに次の蹴りが襲いかかった。
「はぁ……」
アフロがホルスの肩に両手を掲げながらため息を吐く。
「はぁ…………」
「……すまない」
「いや別に怒ってないよ? いつものことだから慣れたし。でもさ〜もうちょっと怪我しないようにとか出来ないの?」
「それは……アレスに言ってくれ。こいつまたオーバーヒートを……」
「……はぁ……使わないでって言ったばっかじゃん…………」
「……わりぃ」
「思って無いのに謝らないで! ほんとに怒ってるんだからね? もう……はい、終わり。10時から会議だからね? それと朝ごはんリビングに置いてあるから」
そう言い残しアフロは足早に屋内へと戻っていった。
「おう、ありがと……アイツ結局怒ってんじゃねぇか。なぁホルス?」
「お前……少しは反省しろ」
「あ、ちょ……おい!……行っちった…………まぁ正論だよなぁ……」
(これ使ったら那由多も悲しむ、か……)
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‐アジト リビング‐
「……」
午前9時30分、俺はテレビを見ながら朝飯を食べていた。
『……により次世代の発電方式が発見されました。石油や燃料資源の輸入が不可能になって以来問題視されていた電力問題に、遂に光が差しました。
続いてのニュースです。先日、東京都世田山区の住宅街で発生した大規模な神力者犯罪の復興が進んでいます』
「……」
『2月2日、突如として発生した神力犯罪者とHOPEsの戦闘により、多くの住民や民家が被害を受けました。死者は26名、怪我人は500人にものぼるそうです。
しかし、そんな悲劇に全国の建設企業が手を差し伸べ、現在瓦礫撤去の作業に取り組んでいます』
「……良かった」
セトが放ったあの熱波、あの後の街並みは酷いものだった。こんなに復興が早く進むとは。
『また、巷ではこんな声も』
アナウンサーの声に合わせて画面が切り替わり、街頭インタビューの映像が映し出される。
『正直な話、最近のHOPEsはぜんっぜん駄目ですよね。すげー休んでるし、政府とも揉めてるって噂も聞くし。
そういや政府も政府ですよね。全然HOPEsについて話してくれないし。ホントどーなってんだって感じですよね〜』
「……」
『なんというか単純に、ヒーローでは無いなと感じていますね。自己犠牲の精神があまりにも足りていない様に思えます。
もっと頑張って欲しいですね』
再び映像が切り替わりスタジオへと戻る。
『このようにHOPEsに対する疑念や不安が高まりつつあります。【神力】の群発的発生から約9ヶ月、様々な事件を解決し人々を救って来たHOPEsですが、今その真価が問われているのかも知れません』
「……」
「アレスー? 消すよ?」
「ん……おう、もう会議か」
アフロがテレビのリモコンを取り電源を消す。それとほぼ同時にハデスさん、スサノヲ、ホルス、シシガミの4人がリビングへと入って来た。
テーブルを囲むように全員が席に付く。
「全員揃っているな。それじゃあ会議を始める。今回の議題は主に二つだ。一つ目はコレ」
そう言うとハデスさんはテレビに謎のロゴを映し出した。雷のようなマーク。
「これは……?」
「政府からの情報提供により存在が確認された、ゼウスを支持する非神力者団体。通称『神の会』だ」
「神の会?」
(また随分と安直な……)
「そうだ。情報によると神の会は最低でも現在1500人以上の会員がいる事が判明しているが、その構成員のほとんどの身元が割れておらず、また何も悪事を働いている訳では無い事から調査は難航しているらしい」
「一つ、良いですか?」
ホルスが挙手する。
「メディアでは未だにゼウスの存在は語られていません。それなのに何故そんなにもゼウスの存在を知り、支持する人間がいるのですか?」
「確かにゼウスの存在は現在隠匿されている。が、インターネットでは半ば都市伝説のように扱われており、その存在を知る者は増えて来ているのが現状だ。
ただ何故ゼウスを支持するに至ったのかは分からないが……」
「なるほど……」
「……」
(ゼウスは何かの信念に従って行動している訳ではない。なのになんで支持なんかすんだ?)
「まぁそこはまだ分からない上、捜査も難しい。ただ今後はこの『神の会』による犯罪行為が発生する事も考えられる。今回話に出したのはそこを共有したかっただけだ。
次の議題だが……」
ハデスさんがそこまで言いかけると、リビングへ佐竹さん夫妻と海君が入ってきた。
「佐竹闘士さんの今後についてだ」
「え? 今後って……匿うんじゃないんですか?」
俺はそう問いかける。
「匿う事に違いは無い。だがこれまでの様に拘束無しで匿続けるか否かの話だ」
「……なるほど…………」
確かに、あれから暫くはHOPEsに余力が無かったのもあり厳重な拘束等は厳しかったが、暴走のリスクを踏まえれば拘束するのが妥当だろう。
(でもセトは俺がぶっ飛ばして以来反応が無いと言うし……佐竹さんを拘束するっていうのは正直気が……)
「お願いします」
佐竹さんの唐突な要求。その顔からは寂しさや悲しみの類は無く、むしろ優しさすら感じ取れた。
「……それで良いんすか、佐竹さん」
「えぇ。僕が操れるのはまだ10%まで、暴走しないという自信はありません。手足に分厚い鋼鉄の枷でも嵌めれば流石のセトでも解除には時間がかかる筈です」
「……」
佐竹さんの表情を見た俺は、何も言えなかった。
「……よし、話したかった議題はおおかた片付いたが……何か共有しておきたい事がある者は?」
「ちょっと良いか?」
「どうした、スサノヲ?」
「俺達とゼウスの戦いから約3週間程、セトの件もあり当初の予定より休暇は伸びて体が鈍ってきたと思うんだ」
「ふむ……確かに」
「もちろん各自でリハビリやトレーニングは行っているが、実戦とはまた違うだろう。そこで、残り3日の休暇期間でHOPEs内模擬戦を行わないか?」
「ーー!」
(HOPEs内の模擬戦……! 今まで全然やってなかったから頭から抜けてたけど……実戦経験積むなら最高の手段かもしれねぇ……!)
「模擬戦、か。しかしアレスの右腕はまだ完治していないし、シシガミだって万全とは言えないだろう?」
「俺は全然大丈夫です!」
「私も問題はない」
「いや、しかし……」
「お願いします! 強くなりたいんです!」
(じゃねーと、 アイツには勝てねぇ!)
俺は頭を下げる。
「うーん……まぁそこまで言うのであれば、やるか」
「っ! ありがとうございます!」
「お礼される筋合いは無いぞ。とは言ってもやるのは構わないが、組み合わせはどうするつもりだ?」
「もちろん、考えてきた」
そう言うとスサノヲはポケットから紙を取り出し、机に広げる。
(スサノヲのくせに段取りが良すぎるッ!? って、この紙通りなら俺の相手って…………)
スサノヲ持参の紙にはこう書かれていた。
『俺 対 シシガミ
ホルス 対 アフロと坂東
アレス 対 ハデス』




