第51話 贖罪
「あんた、ゼウスに寝返るつもりだろ」
俺の言葉を聞いた壁総理は黙り込む。
「今回の計画の手の込みよう、強引さ。そっから考えられる最悪のパターンだ」
「……もし」
壁総理は重い口を開いた。
「……そうだったなら、どうする」
「……それは肯定と捉えて良い……よな」
「……仕方ないだろう?」
「仕方ない訳あるかよ」
「仕方ないだろっ!」
総理の声に感情が籠る。
「お前らは…、どこまで行こうと神力者……! 怪物だ!」
「そんなん言ってもゼウスだってそうだろ?それにアイツは悪人ーー」
「だが奴は強い!! 圧倒的にっ!」
「……」
「お前らは確かに善人だ……だがお前らが、私達が奴に歯向かえば歯向かう程、罪の無い国民達は命を落とすんだ……!」
俺は黙って壁総理の話を聞き続ける。
「その犠牲が平和に繋がるなら……と私はお前らを受け入れていた。だがそのお前らが神力犯罪者を匿っていると言うのなら話は別だ。
お前らはどこまで行こうと危険因子に他ならない! 何かを隠匿するなんて許されてはならないんだ!!!」
「……俺らを差し出せば……ゼウスは止まると?」
「分からない。だが可能性はあるだろう」
「お前……そんな不確実なもんで俺の家族に手出したのか?」
「あぁ」
「あぁ、って……」
「こんな判断馬鹿げていると思うか?私は思わない。私から見たお前らはゼウスに勝てる程強くは無い」
「…………」
「確かに無理矢理だった。それは謝罪する。だが私は、1億の命を背負っているんだ」
「……!」
(総理の足、震えてる……)
「……さぁ、全部話したぞ。これで満足か?」
「…………悪かった」
俺はそう言い頭を下げた。
「……?」
イマイチ理解が出来ていない壁総理を置き去りに、俺は話を続ける。
「俺達が不甲斐ないから、『ヒーロー』じゃなくて『怪物』だから、その考えにさせちまったんだよな。……って、俺今日謝ってばっかだな……」
「……」
「……俺達はさ、まだヒーローじゃねぇ」
「……あぁ」
「でもいつか、俺達は絶対にヒーローになる。だからその時まで待ってくれねぇか?」
俺は真剣な眼差しで壁総理を見つめる。
「…………はぁ……」
壁総理の大きなため息が部屋に反響した。
そしてゆっくりとポケットから無線機を取り出すとこう言う。
「作戦は終了だ。HOPEsを解放、こちらへ向かわせろ」
「っ!……良いのか?」
「もう良い。裏切りは無しだ。その代わりなぜ神力犯罪者を匿っているのか、詳しく教えてもらおう」
「あぁ、そりゃ良いけど……」
匿っている神力者、並びに坂東の事を俺は話した。
(アレス……こいつ保証も無いのにベラベラと…………大人びているが、やはり子供だな)
それを聞く壁は小声で呟く。
「……大人が頑張らなきゃだよな」
「ん?」
「何でもない、続けてくれ」
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-10分後-
「……っ! アレス!」
「ホルスっ! みんなも……! 無事で良かった……」
HOPEsの面々がアレスを取り囲む。その中にはアフロの姿もあった。
「っ……お前……その目っ!」
ホルスの声で全員がアレスの左目の状態を視認した。
そこから1秒も経たぬ間にアフロはアレスの目を両手で覆い、その他のメンバーは壁総理に鋭い視線を突きつける。
しかし、アレスは自らの左目を覆う両手を払った。
「ちょ……何すんの? 急がないと治んないよ!」
「だからだよ。これは自分でやった贖罪なんだ。治ったら困る。
もう総理とも話は着いてんだ。だから帰ろうぜ、な?」
「いや、でも……」
そこまで言いかけたアフロの肩にホルスが手を乗せる。
「お前がそう言うなら、良い」
「……だな」
スサノヲは短刀をしまいながらそう言った。
「……あれ?」
違和感を覚えたアレスは軽く周囲を見渡す。
「佐竹さんは?……それに坂東も」
「あぁそう! 坂東。アイツ牢から出て僕達に会った途端、急にどこかへ行ってしまったんだ。
佐竹さんには会わなかったが……一緒じゃ無いのか?」
「佐竹……さっき言っていたセトの事か?」
壁が会話に割り込む。
「捕まえてないのか?」
「そりゃあ……今アレス君から聞いたのが初めてだからな」
「……っ!……まずいかもな」
「どうしたんだアレス?」
「ホルス、今すぐ俺を乗せてアジトまで頼む」
「……? 分かった」
「壁さん! 出口は?」
「この扉だが?」
「ちょっと待てアレス! どうしたんだ?」
ハデスはアレスへと問う。
「このままじゃ……佐竹さんが危ないんです!」
「なにっ!?」
その答えを聞いたハデスは俯いて少し考えると、顔を上げて再び口を開いた。
「……アレスとホルスはすぐにアジトへ。それ以外も佐竹さんがいる可能性がある場所へと向かってくれ」
「「「はいっ!」」」
「……? シシガミ、お前もだ」
HOPEsの面々が扉から飛び出して行く中、ハデスとシシガミだけがその場に残る。
「ハデス。これは見届け人もいた方が良い案件だ」
「……そうだな」
そう言った2人は壁総理の方を見る。
「総理、今回の件で話があります」
「……まぁ、妥当か」
ハデスと壁は向き合って話す。それをシシガミが静かに眺めていた。
「アレスから色々聞いたでしょうが今回の件、非は報告しなかった我々にもあります。ただそれを踏まえた上でも些か強引ではありませんか?」
「あぁ」
「もちろんそれが正義の為だったという事は分かっています。それで私を攫うのも構いません。ですが……」
ハデスは壁との距離を一気に詰め、その目で見下ろす。
「私の家族に手を出す事、それだけは絶対に許さない。綺麗なあの子達を傷つける事は、私が許さない」
「……」
「……ただセトや坂東、イワクラノカミ達の件に関しては非はこちらにあります。大変申し訳ございませんでした」
そう言ったハデスは深々と頭を下げた。
「……大丈夫、もうお前達を攫うつもりも、何するつもりも無いさ」
「……あの子に、当てられましたか?」
「そんなんじゃ無いさ。私は大人で、彼は子供。それが分かっただけだよ」
「……そうですか……それじゃあ、お暇します」
ハデスはそう言い部屋を後にする。その背中をシシガミは追いかけるが、出る直前で立ち止まり総理の方を振り向いた。
「総理」
「ん?」
「貴方の首じゃ奴は止まりません。馬鹿な事は考えないでくださいね」
「っ!……何故、それを…………」
「諦めが良過ぎますよ。それに私、元住職ですから。死にたいという人と話す機会は多かったんです」
「……」
「おいシシガミ! 我々も早く行くぞ!」
「分かりました。それでは。失礼しました」
「……今日は何も上手く行かんな」
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-佐竹宅 寝室-
机の上には一通の手紙と封筒だけが置いてある。
「……ごめんなさい」
そう言いながら佐竹は椅子の上へと立ち、吊るされた縄の輪に首を通す。
「……アレスさん…………麗奈……海……ごめんなぁ…………」
佐竹は椅子から飛び降りる。
そしてその足が地に着く事は無かった。
「な、何だコレ……!?」
佐竹の体を掴むようにフローリングが変形している。
「間に合ったな……」
声と共に崩れた壁からコートを羽織った何者かが入ってきた。
「ば、坂東……さん……?」
「今は佐竹闘士……で、良いんだよな」
そう言いながら坂東はゆっくりと椅子を引き寄せ座ると、深くため息をついた。
「大丈夫なんですか……?」
「あぁ、ちょっと誘拐されてただけだ。他のHOPEs隊員達も無事さ」
「いや、それもそうですけど……」
「……ん? あぁこの傷か」
坂東がコートを脱いでシャツを捲り上げると、うっすらと赤色が滲んだ包帯が上半身全体に巻かれていた。
「……っ!」
「まぁ……大丈夫だ。気にして無い」
「いや……」
「それより、お前の妻子は?」
「……貴方のお陰で、無事です」
「それは良かった」
坂東はポケットからタバコとライターを取り出し火を付ける。
「じゃあ、何で死のうとした?」
「……わかるでしょ。僕は沢山の……」
「沢山の人間を傷つけ、殺し、今後生きていても家族に迷惑をかけるから……か?」
「……罪悪感に、耐えられないんです」
「それだけか?」
「そんな訳無いでしょ……顔が割れてるんです。さっきアンタが言った通り、どうせ麗奈と海にも迷惑をかける! 間違いなく生きるより死んだ方が良いでしょ?」
「っ!」
佐竹のその言葉を聞いた坂東はすぐさまその胸ぐらを掴み、自身の顔へと引き寄せた。
咥えていたタバコが床に落ちる。
「ちょっ……何するんですか?」
「…………生きてるより……死んだ方が良い、だと? お前、本気で言ってるのか?」
「……そりゃ本気ですよ……うッ!」
坂東の拳が佐竹の頬を撃ち抜く。
「……何するんです?」
「お前の全てが気に入らない……」
「っ!……そりゃヘタレに見えるでしょうね。幸せに生きてきた人には!!!」
「そんな事は関係ない」
「……そりゃあ僕だって本当は生きてたいですよっ!!」
「なら生きれば良い」
「アンタ話聞いてたか? こんな最悪な状況で生きてける訳ーー」
「ふざけんじゃねぇ!!!」
「っ!」
声を荒げた坂東に佐竹は驚く。
「家族に迷惑かかるからだとか、自我の無い自分が人を殺して苦しいだとか、さっきから何なんだお前はッ!
……それが最悪……? 馬鹿言ってんじゃねぇッ!!」
「…………じゃあ……何が最悪なんですか!?」
坂東はゆっくりと拳に込めた力を抜き、佐竹を突き放すと椅子に座り込んだ。
「……自分の意思で人を殺す事」
「……? いや、まぁそりゃそうでしょうけど……」
「……その罪悪感に苛まれながらも生き続ける事」
「アンタさっきから何言って…………」
「……愛する家族を失う事。最悪ってのはそういう事だ」
「……」
坂東は床に落ちたタバコを拾い再び咥える。暗い部屋で燃える葉だけが輝いていた。
「お前にとって、1番大切な物は何だ?」
「……家族……です」
「本当に大切なら、しっかり生きて守れ」
「…………生きてても、良いんですか?」
佐竹の目から涙がこぼれ落ちる。それを見た坂東は佐竹を捕える拘束を解いた。
「当然だ。命より尊い物はこの世には無い」
「………………うっ……ひっ……はぁ…………」
「お前が今やるべき事は首吊りなんかじゃない。家族のそばにいる事だ」
「うっ……ひぐっ……」
静かな夜に、父の咽び声だけが響いていた。




