第50話 謝罪
立ち尽くすアレスの周囲を数十人のロキが囲む。
「どういう事だロキ! すぐ……」
壁総理の声が不自然に途切れた。
「これで見られる事も、聞かれることも無くなったな」
「何するつもりだ?」
「何だと思う?」
「……復讐か?」
「ご名答! その為に頑張ったんだぜ?」
ロキがそう言うと左から爆発音が聞こえる。アレスはすぐに左を確認したが、先ほどから変わった様子は無かった。
「……うっ!」
アレスの腹に鈍い痛みが走る。
「よう、アレス」
その痛みの正体は、坂東の拳だった。
「……っ! 坂東…………じゃねぇよな」
「ハハっ、流石に引っかかんねぇか。どうだ? 幻覚に幻聴まで加わると何が何だか分かんねぇだろ?」
「ほんと強ぇな、その【神力】」
「お前ら程じゃないさ。でも……」
坂東が消え、周囲のロキ達が一斉にアレスへ飛びかかる。
しかし全てがアレスの体をすり抜け、そのまま1人残らず消えてしまった。
「右腕が使えない今のお前相手なら……流石に俺に軍配が上がる」
「…………」
周囲から人の気配と音が完全に消え去る。
(こいつさっきから消える……幻覚と幻聴を使ったステルスか)
「ようやく作れた……この状況」
「……そんなに俺が恨めしかったのか?」
「あぁ、そりゃあな」
「……悪いが、今はお前に構ってられないんだよ」
「あ?」
「それに家族取られて気も立ってる。加減出来ねぇよ」
「笑わせんな。俺はアレで片目無くなってんだぞ」
「っ!……そうなのか?」
「お前に窓から落とされた時、顔から行ったんでな。まぁ知らないのも無理ないか。アレからずっと姿隠してたし」
「……すまんっ!」
アレスは頭を下げる。
「……おい、なんのつもりだ?」
「知らなかったとは言え、謝罪も無しにここまで来ちまった」
「…………あのな、こっちは目潰れてんだぞ。んな安い謝罪で腹の虫おさまる訳ないだろ? あ“?」
アレスの腹を虚が突いた。
「……うっ……!」
「ふざけんじゃねぇぞ……!」
「…………」
アレスは両膝を床に付ける。
「…………おい……」
そのまま両手も床につけ、額を下げた。
「……何のマネだよ……何のマネだッ!?」
「……あん時、お前は那由多に酷い事をした。それは許さねぇ」
「は…………?」
「……でもあん時、何も分からずに拳を振るって、お前を傷つけた俺の行動……アレも酷かった。」
「……」
「それでお前を傷つけちまってたなら、俺が悪い。すまん」
「…………」
再び場に静寂が訪れる。それを破ったのはロキの笑い声だった。
「……ふふふっ……本当に謝るのかよ……クソがっ!」
ロキは無から姿を現し、アレスの後頭部を何度も踏みつける。
「うっ……うッ……!」
「土下座如きで許すかよ!?……それに……そもそも本心じゃねぇだろ? その詫び」
「……本心だ」
「嘘だッ!」
「本当だ」
「黙れよクソガキッ!」
アレスの頭を踏む足の力はどんどんと強くなっていく。
「……」
「良いから立て! 立って俺にボコされろや!?」
「……まずは、詫びだ」
「うるせぇ!!!」
「くっ……すまん……」
「…………はぁ……」
ため息を吐くと、ロキはようやくアレスの頭から足を退けた。
ゆっくりとアレスは立ち上がる。
「ほら、戦えよ? あの時みたいに向かって来いよ?」
「今は無理だ!」
「知るかクソガキ!!!」
その言葉と共にロキの体は10人程に分裂する。
一つ一つの分身達が変則的に攻撃を仕掛けて行き、度々アレスの体には傷が刻まれていった。
「……頼む。急いでるんだ」
「じゃあ戦えよっ!!」
「今回悪いのは俺だ。殴れねぇ」
「ならそのまま死ね!!!」
徐々にアレスの傷は増えていく。
「殴り返せよ!! ほら!!」
「頼む。家族が危ねぇんだ。今は許してくれ」
ロキの攻撃でアレスが大きくよろけた。しかし、倒れない。
「……本当にこのまま死ぬ気かよっ!? イカれてんのか!?」
「死ぬ気はねぇよ。俺は、ヒーローになるまで絶対に死なない。でもお前は殴れねぇ……本当に……悪いと思ってる」
その言葉を聞いたロキは攻撃の手を止める。
「……本心だと言うなら、証拠を見せろ」
「……分かった。証拠って?」
「…………目だな」
「……」
「自分でテメェの目玉抉ってみろ。そしたら信じてやるよ」
(クソガキが適当言いやがって……とっとと本性見せろや……)
「分かった」
アレスはそう言って人差し指を左眼の内側へと入れ込み、そして左眼を引き抜いた。
「……は?」
「うぅッ……!!」
「お前……何してやがる……? 何で自分で……」
「あ……? お前がやれっつったんだろ……痛ってぇ……!」
アレスの空っぽの左眼からは、涙滴の様に血が滴る。
「お前……本当にする馬鹿がいるかよ……?」
「本当にするも何も……それをお前が求めてるならやるしかないだろ」
「だからって……何でそこまで…………」
「……それが俺のヒーローなんだよ……これで、良いか?」
「……」
「……?」
ロキ達の動きが止まった。それと同時に真っ白な壁が透明なガラスへと姿を変える。
ガラス越しに総理を含む数十名の人影が確認できた。
「これは……?」
「この部屋の本当の姿だ。大丈夫、あちらからは見えていない」
「…………」
「HOPEs共が捕えられている部屋はここからそう遠く無い。もしかしたら熱で死ぬ前に救出できるかもな」
「……良いのか?」
「勘違いするな。目の事は許したがボコしたいという気持ちは変わってねぇ」
「……」
「いくぞ。分かってんだろうな」
10人程いたロキ達は1人へと重なり、アレスへと殴りかかる。
「死ねぇクソガキっ!!!」
「……すまん」
アレスの左腕がロキを撃ち抜いた。
吹き飛ばされたロキの体はガラスを突き破り、総理の前で倒れ込む。
「なっ……! ロキ……?」
「総理」
「っ!…………アレス」
「話をしよう」
アレスは歩いてガラス張りの部屋を出て、総理の前で立ち止まった。
「貴様……その傷は?」
「あぁ、ただの償いだ。それより聞きたい事があるんだが……いいか?」
「……なんだ」
「何でこんなマネをした?」
「そりゃあ、お前らが信用を下げるような行為を行ったからだろう?」
「普通に聞いてからでも良かったんじゃねぇか?」
「……今回の佐竹闘士の暴走がきっかけで、色々分かったんだ。時間がなかったんだよ」
「にしちゃあ手が込みすぎてねぇか?」
「手?」
「ガラス張りのこの部屋、神力者を殺せる程の高熱の檻、そして大成功の誘拐計画。これ全部を数時間で作ったと?」
「…………」
「ここからはあくまで俺の予想だ、何の根拠もない。でも全部の辻褄が合う」
「………」
「あんた、ゼウスに寝返るつもりだろ」
おまけ HOPEs登場人物プロフィール
壁恭三
【神力】無し
身長172cm
51歳
好きな食べ物 鯖
現職の内閣総理大臣。常に紺のスーツを着用している。
伊藤賢一
【神力】ロキ 幻影、幻聴を発生させる。特定の個人のみに幻覚を見せる事も可能
身長180cm
27歳
好きな食べ物 焼き鳥 (ねぎま)
壁にロキの力を見出され、壁の下で働く元神力犯罪者。現在はスーツを着用する事が多い。その長い頭髪は学生時代のコンプレックスに起因する。




