第44話 快眠
-特訓3日目-
休暇開始から1週間程が経過した今日から、佐竹さんとの特訓を再開する。
「それじゃ、まずは部分的な【神力】の発動からやりますか」
「はい、アレスさん」
そういうと佐竹さんは目を閉じ集中する。
「……どうすか〜?」
「……バッチリ!」
そう言った佐竹さんの目は、真っ赤に変色していた。俺は即座に頭を全力でぶっ叩く。
「……なんか抵抗無くなってきたな」
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「……うっ…………僕、また?」
「えぇ。まぁでも、だいぶ戻しやすくなって来ましたね。良い傾向だと思いますよ」
「そうですか……良かったです。あ、そういえば今朝ってもうご飯食べました?」
「え?……いや、まだですけど」
俺がそう言うと佐竹さんは、リュックからおにぎりを二つ取り出しそのうち一つを俺に差し出してきた。
「食べます? 妻が今朝握ったおにぎりです」
「え? 良いんすか? じゃ頂きますけど……」
「大丈夫ですよ。『HOPEsの方に』って事だったので」
そういう事なら、と俺は遠慮無くおにぎりを頬張る。
「……ん! うまい。美味しいですよ佐竹さん!」
「でしょう? 本当に料理がうまいんですよ!」
佐竹さんはそう言いながら一気に俺に迫る。
「そ、そうですね……!」
俺がそう言うと佐竹さんは満足気におにぎりを頬張り始めた。
「ふぅ……今日はこんなもんですかね」
「はぁ……はぁ……わかりました。今日も一日ありがとうございました!」
佐竹さんの体力を考慮し、日も軽く傾き始めたのでまだ4時すぎだが今日の特訓は終了することにした。
佐竹さんがジャージを脱いでスーツに着替え始める。
「だいぶ進展しましたね。最後の右腕に絞った発動はかなり惜しかったですよ」
「そうですね……確かに惜しい感じはするんですけど、何と言うか……核心がイマイチ掴めないというか……」
「まぁ、まだ3日目ですからね」
「そういえばアレスさん、途中の"アレ"って一体何だったんですか?」
「ん? あー"アレ"すか、俺も【神力】の部分発動練習してるんですよ。ちょっと一つ構想してる技があって。この前それが出来るって事が分かったんで練習してるんです」
「……ヒーローも大変ですね、本当に」
「まだヒーローとは言えないですけどね。めもなるのがが夢なんで。なる為だったら頑張れますよ」
「……あっ! スーパーのセール5時までだ! すいませんアレスさん今日はありがとうございました! 明日もお願いします!」
「え? あぁ、またあし……行っちった。…………んじゃ続けるか」
俺は走り去る佐竹さんを見届けた後、目を閉じ右腕に全神経を集中させる。目を開けると右腕にのみ黄色の電流が流れていた。
(おし……ここから……)
少し意識すると右腕の纏う電流の量が増えてゆく。次第にその電流は黄色から赤色に変色していった。
(モノホンアレス……すまん! でもやらなきゃ…………右腕に全部集中させるイメージ!!)
「ふぅー……ふんッ!」
俺は右腕で地面を殴る。砂埃が舞い地面にはヒビが入った。
「うっ! まぁこうなるよな……」
右腕が痛い。右腕に電流を集中させ、擬似的なオーバーヒートを引き起こした結果だ。
(だからこの痛みは予想はしてた。けど)
俺は殴りつけた地面を凝視する。そこには確かに亀裂が入ってはいたが、その亀裂自体は大して大きくも深くも無い。
「これじゃ黄色い電流と大差ねぇよな……」
当然といえば当然の結果だろう。パンチとはそもそも腕の力だけで打つものでは無く、背中や下半身の力も使うものなのだから、右腕に絞った発動では満足な威力は出ない。
それに体の一部に全電流を集中させているからだろうか、いつもより電流による痛みが強く、インパクトの瞬間までに力が抜けてしまう。
(これじゃ実戦で使えねぇよな……ま、慣れるしかねぇか)
俺は再び右腕に【神力】を集中させた。
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-1週間後-
「今日はだいぶ進展しましたね」
「えぇ。10%までなら自我を失わずにセトを発動できるようになりました。これもアレスさんのおかげです、ありがとうございます」
僕はそう言ってアレスさんに頭を下げる。
「ちょっ……」
アレスさんが困っているようなので不本意だが頭を上げる。
「そういえば明日で終わりでしたっけ? HOPEsの休暇期間」
「えぇ、もう皆んな元気ピンピンですからね」
「それは何よりです。それじゃあしばらく特訓はお休みですかね」
「いや、朝とかなら案外暇なんで出来ますけどどうします?」
「じゃあお願いします」
「分かりました。それじゃあ詳しい時間はメールで連絡しますね」
「はい。改めて、これまでありがとうございました。これからもお願いします」
僕はそう言って再び頭を下げた後、HOPEsさんの敷地を後にした。
車に乗り込み、通り慣れてきた帰路を走りながら今日の夕飯を想像する。
(今日のお使いは……豚肉とにんじん、牛乳か。うーん……カレーかな? デザートでも買って帰ろうか)
僕はスーパーへと立ち寄り、お使いの品とイチゴを購入した。
玄関の扉を開く。
「ただいま」
「あ、おかえりー。メールの買ってきたー?」
「うん。ここ置いとくよ?……アレ? 海は?」
「お部屋で寝てる。先風呂入っちゃう?」
「うん」
そう言って僕は寝室へと行き、息子の寝顔を眺める。
「……全部、あの人達のおかげだ」
思わず声が溢れた。思えば彼らは危険な僕を嫌な顔一つせず迎え入れてくれ、さらにはあんなにも親身になってくれた。彼らには頭が上がらーー
ガシャンッ!!!
「きゃッ!!!」
「!?」
リビングから何かが割れる音と妻の断末魔が聞こえる。
僕が急いでリビングへと向かうとそこには、窓から飛び出す人影と、倒れ込む妻の姿があった。
「っおい! 麗奈ッ!?」
僕は妻の側へと駆け寄る。力の抜けた妻の体を抱え上げた時、腹部からの出血に気が付いた。
「!……何で……?……どうして……?」
(どうして……俺だけが…………不幸な目に……!?)
「……あ、まずっ」
-そう言い残して佐竹闘士は目を閉じ、眠りについた。-
-そして、戦争の神が目を覚ます。-
「……ふぅ」
-紅い目を開いたセトは立ち上がり、手に抱えていた人間を放り投げる。-
「ようやく気を抜いてくれたな。さて……」
-セトは窓から外の景色を眺める。煌びやかな街の灯と、絶え間なく鳴る車の駆動音に驚いていた。-
「……やはり素晴らしい文明だな……壊し甲斐がある」
-そう言ってセトは微笑むと振り返り、奥の部屋へと進む。-
「ずっと決めていた。お前から祭りを始めると…。」
-そう言ったセトの前には、小さな子供が眠っていた。-
「お前を殺し、コイツの心を完全に折る」
「させるかよ」
「!?」
-セトは聞き覚えのある声に驚き振り返る。するとそこには見覚えのある憎き男が立っていた。-
「佐竹さんが忘れ物してくれて助かったぜ。お陰でお前を止められる」
「来たか小僧っ!」
「あぁ。それより……奥さんやったのテメェか?」
「ん?あぁそれは…………いや、俺だ」
「テメェ……」
「まぁそんな事どうでも良いじゃないか。やっと全力が出せるんだ、付き合えよ!」
「黙っとけ居候ッ!!」
-そう言ったアレスは全身に纏う電流を赤く染め上げ、セトへと拳を撃ち込んだ。-




