第43話 横転
『お足元にご注意くださーい』
コーヒーカップから俺達は降りる。しかし案の定、ホルスとアフロは完全にグロッキーになってしまっていた。俺はそんな2人に声をかける。
「だ、大丈夫か?」
「……あぁ」
「……だい……じょうぶ…………だよ」
「大丈夫じゃなさそうだね……あ、じゃあさ! 観覧車乗ろ! 観覧車!」
那由多はそう言いながら大きな観覧車を指差す。
ホルスとアフロはそれに対し、何とか頭を働かせ考えているようだった。
「……観覧車か……まぁそれならいけるか……?」
「…………いける……かも……」
2人はそう言いながらその場にしゃがみ込んだ。
「あぁもう……颯真は俺が担ぐからさ、那由多はれいこ頼めるか?」
「……うん。よいしょっ……れいこちゃん、“アレ”大丈夫そ?」
「ん? なんか言ったか那由多?」
「ううん、何でも無いよ」
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その後俺達は細心の注意を払いつつ進み、無事観覧車へと乗り込むことに成功した。ゆっくりと地面が遠くなっていく。
「大丈夫アフロちゃん?」
「うん……だいぶ落ち着いて来た」
「……なぁ、ホルス」
俺はホルスに耳打ちをする。
「お前そろそろ謝った方が良いんじゃねぇか?」
「……分かってる」
「じゃあ早めにしろよ。目合わせないなんてガキみてぇな事辞めて、な?」
「それはお前のせいだろ。お前が変な事いうから……」
「2人とも? 何話してるの?」
那由多が俺たちの内緒話に気づいて話しかけてきた。
「いや、何でもねぇ。それよりアフロ。ホルスが話したい事あるって」
「な、お前……!」
「……何? ホルス」
アフロがホルスに問う。
「いや…………さっきは、悪かった」
「……」
アフロは暫く黙ってホルスを見つめた後、ため息をつき口を開く。
「……私もごめん。なんかムキになっちゃった」
「そうか」
「うん」
「「……」」
2人の顔がうっすらと赤くなる。良いものが見れたと俺が満足していると、那由多がアフロの事を引っ張りコソコソと話を始めた。
俺達はそれを眺めながら小さな声で話す。
「良かったな。仲直りできて」
「うるさい」
「……ったく、今度飯奢れよ」
「別にお前のおかげじゃない」
「はぁ? 俺が切り出さなきゃお前絶対…………なぁホルス、あれ」
俺はそう言いながらジェットコースターの方を指差す。
「ん?……ッ!」
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「それで良いねアフロちゃん?」
「うん…………」
私はアフロちゃんの肩を抱きながら覚悟を決める。
「ねぇホルス君! アフロちゃんも言いたい事あるって!」
「……ホルス、あの」
そこまでアフロちゃんが言いかけると、勇斗とホルス君が同時に観覧車の窓を突き破って飛び出した。
「っ!?」
「ちょっと何やってんの2人共っ!?」
「すまーん!!! そこいてくれッー!!!」
ホルス君の背中に乗って勇斗が大きくそう叫ぶ。
「どういう事……! アフロちゃん、アレ」
「ん?……! っちょっと何アレ!? 人?」
私たちは2人の向かう先、ジェットコースターのレールの上に謎の人影を発見する。
直後その人影はそこから飛び降りたかと思うと、みるみるうちに大きくなっていき15m程の巨人へと姿を変えた。
(神力者!? やばいどうしよう……)
「……」
「大丈夫。那由多ちゃんはこのまま中に居て。私は救助と避難誘導して来るから!」
「でもあの神力者結構強そうだよ……?」
「それも大丈夫。あの2人ならあんなの余裕よ! じゃね!」
そういうとアフロちゃんは割れたガラスから飛び降り、巨人の方へと向かって行った。
「えぇ!? ちょっ……」
私はすぐに巨人の方を見る。
巨人の顔の前に一瞬2人の影が見えたかと思うと、次の瞬間には巨人はその場に倒れこむ。
しかし巨人もすぐに立ち上がり反撃を仕掛ける。それを2人は次々に躱し、ホルス君が隙をついて炎で巨人を包んだ。
炎で悶える巨人に向け、勇斗は構えを取ると一気に飛び上がり腹部に右のパンチを打ち込む。
巨人は軽く吹き飛ぶと、園の倉庫にめり込む形で動きを停止した。
「すごい……」
私は自然とそう呟いていた。
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遊園地のオーナーがしきりに頭を下げながら俺とホルスに礼を言う。
「休暇中のところ、ありがとうございました。おかげ死者はおろか重傷者も0! 本当に頭が上がりません!」
「いやいや……」
「2人共〜!」
「お、アフロ! 那由多は?」
「今園内の避難所にいるよ」
「そうか……そういえばさっき何か言いかけていたよな? 何だったんだ?」
ホルスが問う。
「え、あ、いや何でもないよ! あの……ほら! ネイルどうだったかもう一回聞こうと思って!!!」
「そうか。……まぁ、似合ってるとは思うぞ」
「……え? ほんと?」
「あぁ」
ホルスの言葉を聞いたアフロは振り返ってブツブツと何かを言っていた。
「あーもう私また逃げちゃったいや今回は仕方ない、いや仕方ないか……? うーん…………でも褒めてもらえたし……まぁいっか!」
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数台の警察車両が護送車を囲うように走行する。その中の最後尾の車両を運転する1人の警官が助手席の警官に向け話し始めた。
「あの〜先輩?」
「ん?」
「アイツって……何の神力者なんですか?」
「ん〜巨大化だろ? 巨人とかじゃねぇのか? つか、んな事知ってどうすんだよ」
「いやだって……怖いっすよ」
「大丈夫だって。さっき薬剤ぶち込んだの見たろ? アレぶち込まれたら8時間は絶対起きないんだよ。
それに、護送車両の荷台にはその薬剤を気化させて充満させてあるらしい。要は心配無用ってこった」
「そうなんすかね……」
「つかそもそも、HOPEsがボコってんだからそんなすぐに暴れられる訳無いだろ。ほら、そんな事より集中しろ。」
「は、はい!」
数台の警察車両と護送車はどんどん進み、高速道路に入る。
『緊急車両が通りまーす! 開けてくださーい!』
「先輩、これ……最終的にどこ向かうんすか?」
『あ?……あヤベ!……お前が急に話しかけるから拡声器入っちゃったじゃねぇか!」
「す、すいません!」
「ったく……で、どこかだっけ? んな事知るわけねーだろ、一介の警察官だぜ? 俺らはとりあえず警察庁まで運べば良いんだよ」
「……そうですね。えっと次で高速降りるのかな…………は? ちょっ! 先輩! 前っ!」
「何だようるせぇな何回も何回も……あ?」
2人の警察官が目撃したのは、大きなな護送車が高速道路の壁に打ち付けられる瞬間だった。車はすぐに停止し2人は身を伏せる。
『こちら6号車! 何が起きてる!?』
無線を送るも反応は無い。助手席に乗っていた警官は窓の外を見ようと顔を上げる。
「ッ!」
が、すぐにまた伏せてしまった。
「先輩……? どうしたんすか、何があったんすーー」
その警察は説明を求める後輩の口をすぐに塞ぎ、口の前で人差し指を立てる。
後輩の口を塞ぐその手は小刻みに震えていた。
その時、大きな爆発音が鳴り響き、車両が揺れる。
しかし妙な事に爆発から10秒経ってもその揺れは収まらない。むしろ次第に大きくなっていた。
「ふーっ、ふーっ……」
2人は下を向きながら必死に息を殺す。
そして永劫とも思える程長い時が経ち、揺れと音が周囲が消えた頃。
2人が顔を上げると周囲には、大破した警察車両と、それと同じく大破した警察官達が横たわっていた。
2人はそれを確認し、居ても立っても居られないと車両から降りようとすると車両はゆっくりと浮き上がり始めた。事態にいち早く気付いた上官の男は後輩を掴んでドアから飛び降りる。
「うっ……先輩? これ何なんですか!?」
「…………れ」
「え?……!」
「走れッ!!!」
後輩警官は戸惑う。しかし、上官の鬼気迫る顔と一瞬だけ目に入った『何か』を前に従う他無かった。
「振り返るな! 前だけ見て走れ!」
「……うるさいな」
すっかり宙に浮き上がった車から声がする。いや、正確には浮き上がった車からでは無い。車を持ち上げる3m程の大男の口からだ。
「1人逃げたか……まぁ伝聞役は必要だ」
「……2人じゃ駄目か? その伝聞役」
「駄目だ」
そう言うと大男は持ち上げた車を残った警察官に叩きつけた。
「……後は……あぁそうだ。ヘマこいた奴がいるんだった」
そう言うと男は護送車にゆっくりと近づき、歪んだ護送車の荷台から護送中だった神力者を摘み出す。
そして首を引きちぎった。
その首を持ちながら大男は高速道路から飛び降りる。
後にこの事件から唯一生還した警察官はこう語った。
「とてつもなくデカくて……白い肌で……そして……とんでもない筋肉の男が全員殺した」
と。




