第40話 仮説
「ただのガキ……だと?」
ゼウスはその答えに戸惑っていた。
「そうだ。善悪の判断もつかないくらいに幼い子供、そんな精神性をしてるんじゃねぇのか?」
「……ハッハッハ! おもしろい。それならば俺の本当の目的とは何だ? ただのガキが一国を征服しようとするか?憧れるのなら、悪役では無くヒーローだろう」
「ただのガキならな。でもお前はただのガキみたいな精神なだけだ。そんなお前は才能に対して異様に執着している」
「……それで?」
「その執着はきっと憧れと憎しみから来てんだろうな。才能の無い自分、そして才能に向けられる他者の愛から」
「つまり? 俺の目的とは何なんだ?」
ゼウスは焦れったそうにアレスを急かす。
「簡単だ。才能がある奴を、自分を馬鹿にしてきた社会をただ、見返してやりたい。愛を得たい。それだけじゃねぇのか?
善悪も分からない子供なら、その為に何人殺してでも国を取る。なんて決断してもおかしくねぇだろ?」
「……」
アレスの答えを聞いたゼウスは暫く俯き、沈黙する。
(…………合ってるのか……? 俺の仮説……)
場に流れる長い静寂。アレスも黙ってゼウスを見つめながら思考を巡らせていた。
そしてとうとうその沈黙は破られる。しかしそれは言葉によってでは無く、地面を踏み出す音によるものだった。
「ッ!」
ゼウスがアレスに駆け寄リながら拳を握る。その拳は下からアレスを捉えた。
「ぐっ……テメッ!」
「……」
ゼウスは黙りながらも攻撃の手を緩めない。
「急に殴りやがって!……ふッ! どういうつもりだ!?」
「………」
「うっ!……くっ……!」
(こいつ……さっき顎入れたばっかだぞ……!? どんなタフさだ……くそッ!)
シシガミを守る為、アレスはその場から大きくは動けず、ゼウスの攻撃を避けきれずにいた。
「おい! 何とか……言えよッ!」
アレスの蹴りがゼウスに当たる。だが軽くよろめく程度で攻撃は止まらない。
「ぐっ……く……」
アレスの体力が少しずつ削られていく。
(……駄目だ……! カウンター入れる体力が……もう……!)
「アレス」
「ーー!……うぐッ!」
声に気を取られたアレスの隙をゼウスの拳が撃ち抜いた。アレスは軽く吹き飛び、倒れる。
「う…………く……」
ゼウスはアレスに近づく。
「確かに貴様の立てた仮説は筋が通っている。だがしかし、俺だってハナから善の心が無い訳じゃあ無いんだ」
「あ……?」
「俺の善は、あの日嫉妬の炎で燃え尽きて炭になっちまっただけだ」
ゼウスは拳を振り上げる。
「待てッ!!!」
「「!」」
アレスとゼウスの両者が声の方を向く。そこには骨の大剣を構えた骸骨の鎧に身を包む白髪白髭の老人が立っていた。
「春人……いや、ハデスッ!」
ハデスはゼウスに斬りかかる。ゼウスはそれを躱し指を鳴らすが、雷は落ちずにアレスへと吸い込まれて行った。
「クソ……ならばせめて…………っ!」
後ろを振り向いたゼウスは驚いた。先程までそこで死に損なっていたシシガミが消えていたからである。
「もう大丈夫だぞ。シシガミ」
ゼウスが再びハデスの方へと振り向き直すとそこには、シシガミを抱えたスサノヲの姿があった。
「すまないアレス、シシガミ。相手の処理に少々手間取り遅くなった」
「ゼウスさん……スサノヲ……!」
「……全く、使えないゴミばかりだ……アレス、その点お前は仲間に恵まれたらしいな?」
「あ? 自分の負けを仲間のせいにすんなよ」
「負け? 俺と貴様を見比べればどちらが敗者かは明白だが?」
「ゼウス」
ハデスが両者の会話を遮る。
「この場で投降しろ」
「投降? するかそんなもん……だが、分が悪いのは事実だな」
「……もう、悪事を働くのは辞めたらどうだ? お前は根から悪人じゃないだろう」
「断る。目的は分からずとも、成し遂げねばならないという意思がある。勝負はまだまだこれからさ。面白くなってきた。なぁ、HOPEs?」
ゼウスはそう言って指を鳴らす。直後ゼウスに大きな雷が降り注いだ。
「う……眩し…………!」
そしてゼウスはその場から姿を消した。
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-翌日 HOPEsアジト-
「ッはぁ! 疲れた……」
俺はソファに勢い良く腰掛ける。昨日から今の今までずっとやる事ずくめだったからだろう。疲労感が全身を襲っていた。
「お疲れさま」
「アフロ! お前もう大丈夫なのか?」
アフロはソファの後ろから俺に話しかける。
「うん、私の【神力】は怪我から治療が早ければ早いほど効力が強いの。だからもう動けるよ」
「へ〜そうか。ホルスは?」
「ホルスはまだ暫く安静。色んな骨が折れてたもん」
「んじゃ暫く特訓は1人だな」
「やっちゃダメ。あんただってアバラ折れてたんだからね? だ・か・ら! 特訓は暫く駄目!」
「何でそんな反対すんだ? 別に良いだろ」
「何でって……あのね、毎朝毎朝傷だらけのアンタ達の身体治すこっちの身にもなりなさいよ! ホントもう……」
「……すまん」
「いーよ。それにしても良かったね、皆生きてて」
「あぁ。ほんとにな」
あの後、辛うじて動けるようになった俺と元気ピンピンのハデスさん、スサノヲは民間人の救助に当たった。
特に怪我が酷かったシシガミとホルスにはアフロが付き、今は完治を待つのみという状態だ。とはいえ半分以上のHOPEs隊員が負傷したため、俺達は少しの間休暇を取る事にした。
それから、ハデスさんの判断で人形を操る神力者ドールと、岩石の神力者イワクラノカミ、現在は赤マッチョとなっているシシガミの友人、本郷慎二の3名はHOPEsで内密に保護する事となった。
ヴァルキリーとヘルメスは神力犯罪者として政府に明け渡したが、現状政府は神力犯罪者に対し一般国民と同じ基準で刑を与え、釈放後は警察組織の監視が付くものの基本的には普通の暮らしを約束している。
両名とも一線は超えていなかった為そこまでの罪に問われる事はないだろう。
(思えば、こうやって朝からゆっくりするのなんていつぶりだろうな……)
「あ、私そろそろ行かなきゃっ!」
「どっかいくのか?」
「那由多ちゃんとお買い物してくるの。アレスはこのままゴロゴロしてるの?」
「あー、まぁ一応この後Bはあるけどそれからは暇だな」
「そっか、でも暇だからって特訓しちゃダメだよ? じゃあね!」
そういうとアフロは足ばやに玄関へと向かった。俺はソファから立ち上がり、冷蔵庫から麦茶を取り出しコップへと注いでそれを飲む。
「ぷはっ……」
(結局アイツの、ゼウスの本当の目的ってのは一体何なんだ……?……ガキって言った後、急に殴りかかって来たし……)
やっぱり何度考えても分からない。俺の仮説はあっていたのだろうか。アイツはあの時何を考えていたのだろうか。皆にもこの事は話したが誰も有力な説を思い付きはしなかった。
いくら考えても答えは出ない。だがこれはアイツを救う上で必要な事だ、という確信だけが心の中を渦巻いていた。
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ゼウスは机を強く叩く。不意にカーテンから抜ける光に不快感を覚え、手に持ったグラスを握りつぶした。
「何故だ……何故こんなにも心がざわつく……」
(アレスの仮説……アレにはしっくり来なかった。だがアイツの『愛』という言葉……あの言葉を思い出す度に感情が乱れる……)
ゼウスが床に散らばるガラスのかけらを眺めていると、扉をコンコンと叩く音が聞こえてくる。
「『鷹〜』……聞いてる〜? た〜か〜」
「……空いてるぞ」
ゼウスの言葉の後すぐに扉が開き、ガイアが部屋へと入ってきた。
「じゃーん! お花買って来たよー!……うわっ! 何これ……どうしたの? ご乱心?」
「やかましい……それより、昨日は何していたんだ?」
「サボってた訳じゃないよ? こっちはこっちで大変だったの! まぁこれは長くなるから後で話すよ。それより、何人やれた?」
「……0だ」
「…………マジ? 寄せ集めとはいえ酷いね。まぁ確かに、それならその怒り様にも頷けるよ」
「……しばらく空ける。その間は自由にしてろ」
「え、このタイミングで? HOPEs詰めるなら今じゃないの?」
「最優先の事案だ。それに、HOPEsは俺の想像よりも手強い。まだ時期尚早だろう」
「ふーん……ま、ゼウスがそう言うなら良いけど」
「……」
(このざわつきの正体を確かめねば……)
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-匿名ネット掲示板-
1.ヒーローさん、全然守れてない件w w w
2.この前の小磯町事件の被害者なんやが、あれで家跡形も無くなったんやが……早く仮設住宅から出たい
3.俺もあれで祖父逝った。普通に腹たつは
4.まぁでもあれでホープスも1人死んだんやろ? しゃあないんやないか?
5.しゃあないって何だ。ヒーローなら守って然るべきだろ。
6.これでHOPEs叩くのは違くないか?
7.いや違くないやろ
8.確かにもうちょい頑張れよ感はあるよな。毎回毎回建物壊してない?
9.それな。正直応援する気にはなれない。
10.しかもアレやろ? ショッピングモールの犯人まだ捕まってないんやろ?
11.まだ。無能過ぎてイライラする
12.俺達がHOPEs叩いてちゃ世話ないだろ
13.まぁ言いたい事は分かるが、俺はHOPEs嫌いかな




