第38話 天敵
半径1メートル程の岩が突如住宅街の上空に現れる。
落下を始めた岩はグングンと加速し一軒の民家を捉えた。
しかし屋根の上に立つスサノヲが両手の剣で道路へと受け流す。
「確かに、話に聞いていた通りだ。本当に強いんだね君」
電柱の上に立つ白髪の男が嘲笑うように手を叩く。
「……イワクラノカミ、と言ったか?」
「うんそうだよ」
「何故こんな事をするんだ?」
「別に悪意がある訳じゃない。僕はただ命令されただけだよ」
「……俺を殺せ、と?」
「うん。だから殺すね。早いとこ諦めてくれると助かるよ」
スサノヲめがけ民家から無数の尖った岩が突き出してくる。しかし、スサノヲはそれらを躱して道路に着地し、男へ向けて構えを取った。
「俺も随分と舐められたものだな。この程度で負けると思われているのか……」
「いや、舐めてられては無いと思うよ。少なくとも僕は舐めてない。その実力があればほとんどの相手に勝つことができるだろうね」
そこまで話すとイワクラノカミは手を叩く。すると大量の石が上空から降ってきた。
(チッ……またこの類の攻撃か。まぁ俺だけならこの程度、防ぐことは容易いが……)
スサノヲは己に降り注ぐ全ての石を短刀で弾く。しかし降ってくる石はスサノヲだけでは無く周囲の民家にも降り注ぎ、屋根に多くの穴が空いていた。
「でもこの環境で且つ、刀vs岩石。いくら君が強いとは言え、勝てるとは思えないけど?」
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「キャアっ!!」
数人の女性を顔なしの人形達が取り囲み、腕を振り上げる。しかしその拳は突如割り込んできた骸骨によって阻まれた。
「君達! ここは危険だ! すぐにここから離れろ!……クソっ、これじゃあ避難もままならんな……」
スクランブル交差点は無数の人形とそれに抗う数十体の骸骨で埋め尽くされていた。ハデスはその中央で、迫り来る無数の人形を殴り倒し続けている。
『手数はこちらの方が多いようだね』
背後から例の女の声がする。ハデスは即座にそれを殴るがそこには壊れた人形以外何もなかった。
「っ貴様……どこだ!」
『私はそこに居ないよ。私の声を傀儡達に伝えてもらっているだけ。そんな事より周りをもっと見た方がいいんじゃない?』
「ーー!」
ハデスが辺りを見渡すと人形に襲われる民間人の姿が写るが、すぐにハデスは青い炎で人形達を焼き払った。
『……やっぱり。骸骨を操れる数は決まっているようね。それなのに民間人を襲う人形達が次々と倒されている。貴方器用ね』
「お前こそ随分と器用だな。それとも私とタネは同じか?」
ハデスは人形を倒し続ける。
『その言いようなら恐らくね。命令を下しているだけで操作はしていないんでしょ?』
「随分と素直だなっ!」
ハデスの言葉を聞いた女はクスリと笑う。
『だって貴方の骸骨と私の人形とじゃ数が違いすぎる。それに民間人を守りながらの戦闘よ。もう結末は目に見えてるけど?』
「……」
(確かに数が多い……壊しても壊してもその分以上に湧いてくるな。交差点周りの民間人はある程度避難したようだが……)
ハデスは炎で周囲の人形を焼き尽くすと、地面から骨の大剣を引き抜き、それを振り回す。
『……このままじゃジリ貧ね。まぁ、貴方が降伏するというなら両足で許してあげるわ。もちろん逃げ遅れた民間人も皆無事に返す』
「……焦っているのか?」
『いえ、ただ殺しが趣味じゃないだけよ』
「趣味じゃ無いという割には随分と大それた事をするんだな」
挑発するようにハデスが問いかける。
『……事情ってモノがあるの。本当は犯罪もしたくないわ』
「事情があれば何をしても良いと?」
『……じゃあ逆に聞くけど、自分の大切な人と無関係な人間のどちらかを殺さなければいけなくなったら、貴方はどちらを殺すの?』
「…………なるほど」
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「で、その大切な人ってのはどこにいるんだ?」
スサノヲは落ちてくる岩石を一つずつ受け流す。それに対しイワクラノカミは先程の電柱から一歩も動かずに攻撃を続けていた。
2人はそんな状況下で会話をする。
「そこまで教える義理は無いね」
「そうか、じゃあもう一つ質問だ。何故ゼウスに素直に従った?」
「何故って、恐怖さ」
「恐怖?」
スサノヲの言葉を聞いたイワクラノカミは少し言葉に詰まる。
「……目の前で人が殺されるところを見た。アイツにだ」
「っ! ゼウスにか……?」
「……アイツは最強だ。誰も勝てない。そんな奴に目を付けられたんだ。従うしかないだろう?」
「…………お前の言い分は分かった。だがこの勝負には負けられない」
スサノヲは落ちてくる岩石の内、小さなものをイワクラノカミへと弾く。その岩は電柱に当たり、バランスを崩したイワクラノカミは地面に落下した。
「くッ!……器用だね!」
イワクラノカミはすぐに自身の四方を、4つの巨岩で囲んだ。2人は巨岩を挟みながら話を再開する。
「じゃあ何だ……僕達を見捨てるって言うのか? 犯罪者如き死ねば良いと」
「そうは言っていないだろう」
「そう言っているとしか思えないんだよッ!」
ゆっくりとスサノヲは岩の塊に近づいて行く。
「……ちょっと前に色々とあってな、例外は出来ているんだ。お前達を匿ってやる事は出来る。幸いにも、お前はまだ誰も殺していない。どうだ?」
「…………それは……君達がゼウスより強くなければ成立しないだろう。それとも、君達ならアイツに勝てるのか?」
「勝てる…………と言いたいところだが、正直なところ分からんな」
「……分からん? そんな奴らに彼女を託せる訳」
「だが、死んでも守る」
「……」
「空から雷が降ろうと岩が降ろうと必ず守り抜いて見せる。それが俺達HOPEsだ」
「守るったって……勝てなきゃ守れないだろ?」
「いいや。勝てなくたって守れるものはある」
そう言うとスサノヲは懐から一通の手紙を取り出し、岩の隙間に通した。
イワクラノカミはそれを拾い上げて開く。
「これは……?」
『ほーぷすのお水のひと、たすけてくれて、ありがとう、』
「それは、俺達の仲間が命を賭して守った命だ。俺達は皆、命を救う為に、守る為に戦っている。だから絶対にお前らは殺させない」
「……君達の事は分かった。でもせめて僕にくらい勝ってもらわないと、彼女を預ける事は出来ないよ」
「あぁ、そうだな」
そう言うとスサノヲはイワクラノカミを守る巨岩の前に立ち、両手の剣を斜めに並べて構えた。
「正面の岩から離れろ」
「何を……?」
「いいから離れろ!」
「……分かったよ」
イワクラノカミはスサノヲの言葉に素直に従い、両者を挟む巨岩から出来る限り離れる。それを確認したスサノヲは構えている両手に力を込める。
「大蛇斬り!!!」
スサノヲの剣は岩をすり抜けるかのように振り切られた。
「………………!」
少しの静寂の後、斬られた岩が滑り落ちアスファルトに激突した。岩の切断面を見ていたイワクラノカミはすぐに正面に向き直す。
斬られた岩の向こうには、短刀を持ち月明かりに照らされた鬼が立っていた。
「な……ッ! その短剣でどうやって……」
「俺の流派、鬼気流は斬撃を飛ばす。距離減衰はするが逆に至近距離であれば大太刀も同じだ」
「……全く、斬れるなら最初から言ってくれよ。……分かった、任せるよ」
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『確かに、貴方達は弱くは無い。けど私にすら勝てないのならアイツより強いとは思えないわ。だから守ってもらうという話は無しよ』
「手厳しいな」
ハデスは依然、人形と戦い続ける。
『それで、さっさと降参したらどう? このまま粘っても民間人が死ぬだけよ』
「白々しいな。殺す気など無い癖に」
『……いいえ、あるわ』
「じゃあ何故この混戦の中、未だ死者は0人なんだ?」
『……それは、人質が減るからよ!』
「それに何故人形をここだけに留めている?逃げていく者も捕らえた方が人質は増えるだろうに」
『……ッ大体、私が1人も殺していないなんて何故分かるの? 貴方はずっと人形と戦っていた。ましてや戦場はこの交差点周囲100mにまで及ぶ、全域を把握する事なんて不可能よ!』
「可能さ。現に私がしている」
『!?…………まさか、人形と戦いながら戦場を一周したの!? そんな余裕が……?』
「群れのリーダーとは周囲が良く見えていなければ務まらないからな。その点お前は周りが見えていない様だが」
『何を…………! なんで! なんでここに……!』
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-高層ビルの屋上-
「なんで……ここに骸骨が……!」
ビルの屋上へと続く階段から、骸骨達が次々に屋上へと乗り込んでいく。
乗り込んだ骸骨達は真っ直ぐに1人の長髪の女の方へと進んでいった。
女は手に持った人形に質問する。
「貴方、どうやってここを……?」
『お前はこちらの様子を的確に把握しながら多くの攻撃を仕掛けてきた。人形と視界を共有している可能性もあるがその場合、いくつかの攻撃を同時に仕掛けることは難しいだろう。
つまりお前はこの交差点が見渡せる高い場所にいる。と考えるのが普通だろう? 後は骸骨達に候補地を調べさせるだけだ』
「そんな……でも交差点から出ていく骸骨なんていなかったわ!」
『交差点に出していたのは出せる骸骨の内、5%だけだからな。私の骸骨は地面から出現する。残りを下水道に呼び出し、少し離れたマンホールから脱出させただけだ』
「……はは、なるほど。ちなみにさっきの守ってくれるって提案、まだ有効?」
『もちろん』




