第35話 才能
「はぁ……はぁ……はぁ……」
いつもの通勤路から外れた道を無我夢中に突き進む。だんだんと息が浅くなってきた。
「はっ……はっ……はっ…………はぁはぁ……はぁ……」
気が付くとそこは町中とは思えない程ボロボロな廃墟だった。空は既に橙色に染まりつつある。俺は今自宅に戻るのは危険だと判断し、今夜はここで過ごす事にした。
「……クソッ……何で俺がこんな目に…………」
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「秋斗君ッ!! 何してるの!!」
正気に戻った俺はディービーの首から手を離す。すぐに波木が床に転がるディービーに駆け寄り、首に手を当てる。
「……一体何してるんですか!?」
波木が叫ぶ。
「いや……違う! これは、違うんだ!、…俺は知らない! 意識が無かったんだ!!」
「そんな訳無いでしょう!! 貴方が殺したんだから!!」
(殺した?……嘘だろ最悪だ! あいつ死にやがった!)
「知らねーよっ! 気付いたら首締めてたんだ!」
「……なみき? しゅう兄? どうしたの?」
「イフナ! 助けてくれ、俺悪者にされそうでさ……」
「近寄らないでっ!!」
波木が俺とイフナの間に割り込む。その顔はいつもの優しい顔では無く、まるで獣から子を守る親のような顔だった。
「……あーそうか、もう本格的に俺が悪者になんだな」
(波木だけじゃ無い。ガキどもの目つきも変わって来た)
「それならもう、やる事は一つだな」
俺が一歩前に踏み出した瞬間、頑丈な扉が開く。そこからは見慣れた大柄な男が銃を持って入ってきた。
「何があった、堀田」
「とぼけるなよ黒百合源。全部見てたんだろ?」
「……なぜ殺した」
「うーん……なぜ、か……端的にいえばムカついたからだな」
「……お前……何があった? まるで昨日とは違う人間みたいや。お前の身に何があったんや?」
「何が、か……そうだな……半端はもう辞めようとおもってな」
俺の言葉を聞いた黒百合がピストルの引き金を引く。
俺は咄嗟に屈んで銃弾を躱し、おもちゃのピアノを投げつけた。黒百合がそれを受け止める瞬間に脇の下を潜るように抜け、外へと続く廊下を駆ける。
すぐに背後から飛んできた銃弾は俺の頬を掠める。次の銃弾が飛んでくるより先に廊下を抜けた俺は、ただひたすらに走った。
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寒さを凌ぐ為、近場にあった枯れ木と落ち葉を集めてライターで火を点け、そのままタバコにも着火する。
「…………ふぅ……」
俺は今日、生まれて初めて人を殺した。殺した瞬間の意識は無かったものの、その直前に殺したい程憎んでいたのは事実だ。
殺した直後は動揺したが今はとても落ち着いている。それに、俺を裏切ったあいつを殺せて胸がすいたようだ。
いつまでもここには居られない。とはいえ黒百合がどれだけの殺意を俺に向けているかが分からない。
確かに俺は奴の商品を壊したがあくまで一つだけ。それに売れ残りの不良品だ。職に戻るのは無理だろうが、そこまで怒っていない可能性もあるだろう。
(明日には一度家に帰ってみるか)
そんな事を考えながら俺はそっと目を閉じた。
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「…………」
翌日、早くに目が覚めた俺はすぐに家の様子を見に行った。そしてすぐに廃墟へと戻った。何故なら自宅周辺に黒スーツの男が10人程たむろしていたからだ。
(もしかしなくても黒百合のだよなぁ……)
今家に帰るのは自殺行為だ。とはいえ手持ちの資金は後1週間もすれば底を突くだろう。
(何とかして金を得られれば実家に帰れるのだが…………家から取り出すのは厳しそうだな)
俺は何か出来る事は無いか、一度自分の持ち物を確認する。財布、タバコ、ライター、小さなくまのぬいぐるみ、そして逃走時に持ち出した出刃包丁。
(……俺昨日これ持ちながら町中走ってたのか…………今考えるとヤバい奴だな。………………包丁か……)
「……まぁ、もう殺してるし。いいか」
俺は出刃包丁をスーツの中に隠し、荷物をまとめて廃墟を後にする。そして自宅とは逆向きの町中へと繰り出した。騒ぎを起こすにしろ何にしろ自宅から離れた方が奴らに見つかりにくくなるからだ。
まだまだ朝早いが町中では多くの人間とすれ違う。スーツを着た出勤中の会社員や朝帰りの不良達、金を持っていそうなババァに犬の散歩をするじじぃ。
ここでこいつらから金を巻き上げても良いだろうが少々人が多すぎる。すぐに警察に勘付かれるだろう。
(となるとやはり空き巣か強盗か……)
そう考えた俺は脇道から裏路地へと入り、好条件の家を探し始めた。決して裕福という訳では無いがある程度金を持っていそうな家、これがベストだ。
暫くの間歩き回ってその区画をおおよそ一周した後、周りの家よりもいくらかマシな一軒家に辿り着いた。
(まぁ一番丁度良いのはこれか、落とし所だな)
一応玄関の扉を押してみるもしっかりと施錠がされており、ノックをしても反応は無い。恐らく誰も居ないのだろう。
俺は他にどこか侵入出来そうな場所は無いかと家の外周を一周する。すると二階の角部屋の窓が一つ空いている事に気が付いた。
「さて……あとは何か登るものがあれ……ば?」
俺の視界の端に大きめの脚立が写った。
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「しかし随分と上手く行ったもんだ。もしかしたら俺、犯罪の才能あるのかもな」
侵入に成功した俺は取り敢えず一番近くにあった机の引き出しを開けてみたのだが、その中には現金と高そうな装飾が施された指輪が入っていた。
そして指輪と現金を回収した俺は二階を漁り尽くし、現在は一階の最後の部屋を漁っている最中である。
「うーん……妙に小綺麗な家だとは思ったが新築か? 最初の部屋以降金になりそうなもん碌に置いてねぇな。でもまぁ現金だけで飛行機代は足りてるよな………………良し、帰るか」
金品を外ポケットに、現金を内ポケットに突っ込んで正面の玄関から堂々と外に出ようとドアノブを握る。
その瞬間、扉の向こう側から飛んでくる銃弾を俺はしゃがんで躱す。1度距離を取る為に後ろに跳ぼうとするも、何者かに扉ごと蹴り飛ばされた。
「うっ、ぐっ…………」
「堀田秋斗だな」
俺と扉を蹴り飛ばしたであろうその男は、黒いスーツに身を包んだ筋骨隆々の坊主だった。
「……クソッ……ふっ飛ばしやがって……まぁそれだけなら良かったんだけどよ……」
「要件は分かっているだろう」
「お前に逃げ場は無い」
「大人しく死ね」
「……3人いるんだから……やってらんねぇよな!」
-秋斗が体勢を起こすと共に男の内1人が銃を構え、他2人が秋斗目掛けて駆け出す。秋斗はすぐさま右から来る男を盾に使い発砲を防ぎ、盾にした男の拳を躱して溝落ちに包丁を差し込んだ。-
「ゔッ…………」
「……どうやら話と違うらしいな。戦闘は素人だと聞いていたが」
「あぁ、その認識で正しいよ!」
「ッ!?」
-秋斗は銃弾を躱しつつ、左から来た男に急接近して包丁で脇腹を何度も突き刺す。そしてすぐにその男をもう一人の男に向けて蹴り飛ばし、後を追うように走り出した。-
「うっ……クソッ役立たず共が……!」
「悪いな」
-そう言うと秋斗は最後の男の首を切り裂いた。-
(……あれ? 俺もしかして強いのか?…………いや、まぐれか。んな事よりとっとと逃げ)
-秋斗が逃げようとした時、玄関の扉からゾロゾロと大勢の男達が入って来る。少なくとも15人はいるだろうか。全員がナイフを持っているようだ。
その内の1人が前に出て秋斗にナイフを向ける。-
「堀田秋斗。お前は逃げられない」
「…………クソだな」
「殺れ」
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「……黒百合さん……秋斗君はどうなるんですか?」
「殺すで、そりゃあ。あんな舐めたマネされたらな」
「そう……ですか……」
「……波木。辛気臭い顔すんなや。お前あいつ嫌いやったやないか。とうした? 惚れとったんか?」
「そういうんじゃ……」
-波木がそこまで言いかけたところで電話が鳴った。黒百合はゆっくりと受話器を取って耳に当て、口を開く。-
「……将棋」
『竜王』
「誰や? 田村か? あいつの首は? ちょっと時間かかり過ぎやないか?」
『……いや、違う。辞表出そうと思ってな』
「辞表? 何言うとんねんお前…………!……お前誰や? 田村や無いな」
『そうだが?』
「…………お前……まさか!?」
「……どうしたんです? 黒百合さん」
『おぉ波木か! お前にも挨拶したかったんだよ』
-波木はその喋り方で状況を察する。-
「秋斗君!? 今どこにいるの!?」
『言える訳無いだろ〜殺されちまうぜ?』
「お前……なんで生きとるんや? どういう状況や!?」
『ん? 今全員殺した所』
「な!? んな馬鹿な話あるかい!! お前んとこに送ったのはウチの実働部隊やぞ? 本格的な戦闘訓練を積んでる兵隊やぞ!?」
『知らねぇよそんな事。もう殺したんだから関係無いだろ? それより俺、今日で会社辞めるから。それと波木!!! 元気でな!』
-秋斗がそう言うと電話は切れた。黒百合の手からスルリと受話器が落ちる。-
「……」
「……」
-場に沈黙が流れる。その沈黙を先に破ったのは黒百合だった。-
「……なぁ、波木」
「…………どうしました?」
「……あいつは辞めとけ」
「…………」
「……あれは人を殺してもなんも感じとらん。……あんなもん人とは呼ばん」
「……殺しに行くんですか?」
「アホか。あんなのに勝てっちゅうんか?」
「…………彼、まるで疲れが見えませんでした」
「……あぁ。あの体力とセンス、何より殺しを躊躇わない心。ありゃあまさに殺しの、いや」
-黒百合は受話器を拾い上げ電話に戻す。-
「戦の天才や」




