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HOPEs  作者: 赤猿
33/100

第33話 漂流

-54年前-



「堀君、きみ本当に辞めるの? 8年間も頑張ってたのに」


「えぇ、ここは俺には合わなかったみたいなので。それじゃあさよなら」


「はぁ……」




 俺は堀秋斗(ほり あきと)。今日、8年間続けて来た音楽事務所を辞めた。事務所とはいっても小さな事務所で、収入はほぼ無いに等しかったが音楽活動をする上で事務所に所属していた方が良いと思い、今日まであの事務所で頑張っていた。



(だが27歳になってもまるで鳴かず飛ばず。どうやらあの事務所は俺には小さすぎたらしい。でももう事務所は辞めた。後は……)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 俺はお気に入りの赤いジャケットを着たまま駅へと向かい、電車に乗る。


(昼間でも案外人いるんだな。こんな昼間から電車でお出かけかよ……まぁ俺も大して変わんねぇか)



 電車から降りた俺は馴れ親しんだ道を通り4年間努めた会社へと足を運ぶ。




「おい堀ぃ! テメェ今何時だと思ってやがんだ!」


「えーっと11時ですね」


「『ですね』じゃあねぇんだよ!! 出勤は9時までにしろって言っただろうが! もう良い、テメェクビだ」



「あ、そーすか。じゃさよなら」


「何言って、は? おい堀ぃ! 何やってんだバカ野郎! おい、戻って来い! おい!」




 後ろから汚い豚の鳴き声が聞こえるが、何の関係も無い話だ。俺はそのまま行きつけのラーメン屋で昼食を済まして空港へと向かった。事前に買っておいたチケットですぐに旅客機へと乗り込む。



(ガキの頃以来の旅客機だ…………CAの驚いた顔は面白かったな。まぁ手ぶらで旅客機に乗る奴なんてそうそう居ないだろうから無理も無いか)




『当機 DN-8ハラ号機は 成田発 福岡行き 7月15日13時発 同日16時着 でございます』



「福岡……」


 俺がそう呟くと隣の席のスーツの男が話しかけて来る。大体40代前半といった所だろうか。



「なぁあんちゃん! あんた福岡に何しに行くん?」



「……新しく人生を始めようと思ってな。今全部捨てて来たところなんだ」


「なんや、何か悩みでもあったんか?」


「うーん……悩みというか不満がな」


「不満?」



「あぁ。傲慢だと思うかも知れないが、これまでは誰も俺の才能を理解出来なかったんだ。だから俺は成功出来なかったんだと思ってる」



「……まぁ確かに聞いた正直な感想は傲慢やな。それより、福岡で成功できる自信はあるんか? そっちの方が大事やと思うで」



 その問いに俺は即答する。


「もちろんある。俺なら絶対に出来るはずだ」


「わっはっは! えらい自信やのう! その気概……気に入ったわ。ほれ、これ」


 そう言うと男は名刺を差し出す。



「なんかあったらここに電話せい。力になっちゃる」


「おぉ、ありがとう」


「ほな、ワシは寝るから。起こさんでくれよ」



「……嵐の様な奴だったな。……俺も寝るか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「何か質問はありますか?」


「いいえ、ありません」


「えぇ~と……堀君? だっけ。悪いけど、今回は縁がなかったって事で……」







「クソがッ!」


 俺は道端のネズミを踏み潰す。何故誰も俺の才能を理解しないんだろう。



「あのぉ……すいません」


「あぁ?」



 背後から大きな風呂敷を背負ったババァに話しかけられる。


「この階段を登りたいのですが……どうにもこれが重くって……登りだけでも手伝っては頂けませんか?」



「……チッ、あのな! 俺は忙しいんだよ! 他当たれ」


(大体そんな事も出来ねぇなら家から出んじゃねぇよ)




 俺はイライラしながらアパートの鍵を開け中に入る。乱雑に積まれたインスタントラーメンから一つを取りお湯を沸かした。



「……このままじゃあ、まずいかもな」



 福岡に来てから6ヶ月。100万あった貯金はあと5万。なんとか日雇いバイトで食いつなぐ日々。余った時間で音楽事務所のオーディションを受けるも受かる気配は無い。

 ただひたすらに面白くもない新聞を読みながらインスタント麺の試供品を食うだけの日々だ。


「……」



 その時、ふとタンスの上にある紙切れが目に留まる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 電話で指定された場所は家から徒歩で一時間程の海沿いにある、小さな工場のような場所だった。

 10分程待つと小さな入口から大柄な男が出てくる。あの時は座っていたから気付かなかったが180cmある俺よりも大きい。



「よぉ兄ちゃん! あんたは来ると思っとったで!」



「……どういう意味だ?」


「そのまんまや。まぁそんなカリカリすんな、これからはワシに世話になんねんから。な?」



「……分かった」




 俺は男に連れられ倉庫の横にある小さな小屋へと向かう。



「言われた通りに手ぶらで来たが大丈夫か?」


「あぁかまわん。そういや自己紹介しとらんかったな、ワシは黒百合源(くろゆり げん)、今年で44。お前さんは?」



「……俺は堀田秋斗(ほった しゅうと)。今年で27歳だ」


 こいつはまだ信じられない。本名は隠すべきだろう。



「27か! 若いのう……そうな…………よし! これから兄ちゃんには世話係になってもらう!」 



「世話? なんの?」


「まぁまぁ! すぐに分かる! ほれ、この小屋の中に服が置いてある。それに着替えたら隣の倉庫の扉を5回ノックせい。ほなまた後で」


「え、ちょっ……はぁ…………」



 俺は渋々小屋の扉を開く。中には大量の木箱と段ボールが積まれており、何着か同じ服がハンガーにかかっていた。その内の一着を手に取り今着ている服を脱ぎ始める。




「……頼る気は無かったんだがな……」

 


 下着だけになった後、用意された服に一枚一枚袖を通す。着てから気付いたがそれは黒百合が着ていたスーツの色違いだった。サイズはほとんどピッタリ。



 俺は小屋を出て倉庫の前まで向かう。指示通り扉を5回叩くが何も反応が無い。



 そっとドアノブを捻ると扉が開き、きっちりとしたスーツに身を包んだ長髪のメガネ女が立っていた。恐らく年下だろうか。どうやら鍵を開けてくれたのは彼女らしい。ただ先程からじっとこちらを覗いている。



「……初めまして、あなたの教育係になった波木苺(なみき いちご)です。黒百合さんからお話は聞いています。着いて来て下さい」



「……堀田秋斗だ」




 俺がそう言うと波木は奥へと歩き出した。俺はそれに黙って着いて行く。中は暫く廊下が続いており、突き当たりにはまた扉があった。ただ今度の扉は右左で二つあり、どちらも似た様な見た目だ。



「右の扉は事務室になっています。堀田さんが入ることは少ないと思います」


「分かった」


「……」


 波木は不機嫌そうな顔で黙ってこちらを見つめている。



「?……どうした?」



「堀田さん。私は今日からあなたの上司であり、そして初対面です。敬語を使って会話して下さい」


「あ〜分かった……じゃない、分かりました」



 面倒臭い女だ。波木は釈然としない顔のまま説明を再開する。




「……左側の扉の先があなたの職場になります。部署は私と同じ……予定でしたが恐らく貴方には向いていませんね」



「……一体どんな職場なんですか」


「今から教えます」




 波木は左の扉の鍵を開けて中へと入って行く。その先にはまた扉があった。だが今度の扉は今までの物とは様子が違う。厳重にロックされており明らかに分厚い。


「何なんですかこの扉……」



「何って……あぁ、確かに初めて見たら驚きますよね。これは逃げない為の扉です。中にいる商品達が」


「商品って……」



 俺が混乱している事などお構い無しに、波木は扉のロックを次々外していく。


「波木さん! なぁ! 中にいったい何がいるんだ!」


「別にあなたが想像している猛獣や怪物の類は居ませんよ」



 波木はそう言うとロックの外れた扉を押し開ける。そして立ち尽くす俺のスーツを掴み、中へと放り投げた。



「波木! お前何すんだ!」


「そんな事よりほら、狙われてますよ」


「な!?」


 俺は恐る恐る後ろを振り向く。そこには





「おにいちゃんどうしたの?」「おにいさんだぁれ?」「あ! なみき!」「おかえりなみき!」「ねぇイフナちゃん泣いちゃったじゃん! あやまりなよニシエ君!」「しらない!」「うわ“あぁぁぁぁん!!」「波木さん! おかえりなさい!」「ねぇーごはんまだー?」


 

 俺は即座に子供達に群がられる。重いし苦しいし痛いしうるさい。なるほど、確かに




「……向いてねぇ」



 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 首都圏で芽が出ない人間が福岡なら芽を出せるかもって、ものすごく福岡や地方を舐めていますね、堀田くん…。 [一言] 堀田くん、ずいぶん社会をなめてますね…どうやら子供の世話をしなくてはい…
2024/02/22 01:36 退会済み
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