第32話 襲来
ー夕刻ー
「すいません佐竹さん、行ってきます」
「えぇ、お気をつけて」
政府からの連絡を受けた俺達は佐竹さんをアジトに残し、神力者による強盗が発生したと通報があった銀行へと軽自動車で向かった。
暗い山道を下りながらシシガミが今回の件の詳細を俺に話し出す。
「アレス、今回の銀行強盗はヘルメスの神力者によるものだそうだ」
「ヘルメス?」
「あぁ。ヘルメスは富と幸運を司る神で現状、貨幣を操る能力がある事はわかっている。それと銀行の金庫は開いてしまっているらしい」
(なるほど、それで銀行か)
「……なるほど、分かった……アレス」
「ん?」
「一般市民が人質にされているらしい。私達が着いて降伏してくれれば簡単だが、そうならなかった場合は私が一般人の避難を、戦闘はアレスに任せた」
「分かった。でも何で人質なんて取るんだ? 神力者なら警察無視してとっとと逃げたほうがいいんじゃ無いのか?」
「銀行にある分以上の金を警察に要求してるらしい。…………! 見えて来たぞ」
シシガミの声で俺は前方へと視線を向ける。銀行とそれを取り囲むパトカー、さらに竜巻の様なものが見えて来た。
「竜巻!?」
「アレス降りるぞ!」
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「僕に危害を加えてみろよ税金泥棒! そしたらこの下等種族共をぶち殺すぞ!」
-スーツに身を包んだ男がパトカーの裏に潜む警察官を脅す。-
「くそっ!! 何か打開策は……」
「いいからとっとと金を持ってこい! 早く持ってこねぇと1人ずつ頭ぶち抜くぞ!」
-男がそう言うと、崩れた銀行から無数の硬化が飛来する。飛んできた硬貨は宙に浮かび、縛られている人質へと向けられた。-
「分かった! 分かったから落ち着け!……今運ばせている。だから少しだけ待ってくれ!」
「…………いいよ、ただし5分だけだ。1分オーバーする毎に1人ずつ殺すからな!」
-警察官は思考を巡らせる。-
(……駄目だ、後5分じゃ間に合わない。何か考えなければ……何か……)
「すいません、遅くなりました! もう大丈夫ですよ」
「……! HOPEsさん!」
「アレス! 存外被害が大きい。警察と一般市民を一度安全な所まで避難させる。お前は人質を頼む」
そう言うとシシガミはツタで一般市民を持ち上げて運びだす。
「分かった! おいヘルメス! HOPEsが来たからにはもう終わりだ、大人しく人質を解放して投降しろ!」
「HOPEs……?」
-ヘルメスはシシガミの生やしたツタを見て、表情を曇らせ独り言を呟き出す。-
「……クソっ……何でHOPEsがこんなに早く……あの人が嘘を? いや! それはありえない! となると……」
「おい! 早く人質を解放しろ!」
「うるさい黙れ!……いや、お前アレスだよな?」
「あぁ。だから何だ?」
俺の返答を聞いたヘルメスはニヤリと笑い、大量の硬貨と紙幣を俺へと飛ばした。
「よし! よし! やった!! 僕はやっぱり運が良い! お前レベルなら僕でも殺せる!」
「舐めすぎだろッ!」
「!?」
-背後からの声にヘルメスは戸惑う。即座に余していた硬貨を背中へとガードに回すが、次の瞬間には視界が大きく動いていた。-
(クソっ、何が起きた!? 背中が痛い。吹き飛ばされたのか? いや、さっきの攻撃はアレスに当たっていたはずだ!)
-ヘルメスは状況を理解できないままアスファルトを転がった。-
「大人しく投降しろ。お前レベルじゃ俺には勝てない」
俺がヘルメスの手足を縛り押さえつける。
「……! クソったれが…………え? いやそんな!? 待ってくださいよ! 話と違いますよ!」
「おいどうした! 急に1人で喋り出して……!」
様子のおかしいヘルメスを不審に思った俺はヘルメスの体をくまなく確認する。すると右耳にワイヤレスのイヤホンが付いていた。
「……おい! お前誰と喋ってんだ!」
「うるさい黙れ! お前には関係無ーー」
その瞬間、俺の視界が白色に染まる。
(何が起きた!? 何も見えない。何も聞こえない。いや違う……大きな音で他の音が掻き消されているんだ。ならこの大きな音は何だ? 何が起きた…………?)
「……やぁ、久しぶりだねアレス。3ヶ月ぶりかな?」
「ッ!……テメェか!」
その男は崩れた瓦礫の上で優雅に座っていた。マフィアの様な黒いスーツに、それより黒いオーバーコートを羽織った男が。
「ゼウスッ!」
「そんなに騒がなくても聞こえているよ、貴様の耳障りな声は。全く……本当に俺の雷が効かないとはな。それよりお仲間は良いのか?」
「ッシシガミ!」
俺が振り返ると、先程までシシガミが居たはずの場所にシシガミの姿は無く、先程の雷で瓦礫の山と化していた。
「おい! シシガミをどこにやった!?」
「おいおい仲間と瓦礫の見分けすらつかないのか? 薄情な男だなぁ。」
「何言って……」
俺はもう一度シシガミが居たはずの瓦礫の山を見る。そこで初めて、瓦礫の中に転がる黒い物体がシシガミであると気付いた。
「シシガミッ!」
「アレス、良い事を教えてあげよう。俺の雷は溜めれば溜める程大きな破壊力と数を得るんだ。例えば神力者を丸焦げに出来る程のな」
「……テメェ!!!」
-アレスは勢い良くゼウスへと飛び掛かる。しかしゼウスはそれを交わしアレスを蹴り飛ばす。-
「ぐっ……」
「威勢だけは良いな。前と何も変わっていない」
「うるせぇ!」
-飛び起きたアレスはゼウスに連撃を叩き込み続けるが、ゼウスはその全てをいなしていく。-
「おいおい……冗談だろ? 俺はこの試合を楽しみにしてたんだぜ? それなのにこの程度か?」
「黙れ!」
「3ヶ月もあったのに一体何をしていた?」
「うるせぇって言ってんだろ!!」
「お前は相変わらず弱すぎる。期待外れだ」
「うッ……!」
-ゼウスの拳がアレスの腹に直撃する。アレスは瓦礫の山へと吹き飛ばされた。-
「痛ってぇ………………!」
「まだまだ!!」
-ゼウスは即座に駆け寄り、アレスを何度も何度も踏みつける。-
「ハハハッ! 天敵などと言った自分が恥ずかしいな。まさかこうまで弱いとは」
「てめぇ………………」
(コイツ……前やった時より強くなってる……!)
「まだ終わらんぞ!」
-アレスは何度も踏みつけられる。-
「奥の手は出さないのか!?」
「クソっ……ゔッ……」
「お前らHOPEsは所詮この程度か! 才能の無い雑魚の集まりだな!」
「くッ……そっ…………タレ…………」
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-何度も何度も蹴られたアレスは瓦礫に埋もれて動かなくなった。-
「ほら、まだ息はあるだろう。立て」
「…………」
「お前はまだまだこんな物では無いんだろう? 本気を出せアレス。
………………まさか、諦めたのか?」
「……」
-アレスは沈黙を貫く。-
「……そうか……」
「…………」
「責めるつもりは無い。貴様はまだ子供だ。ガキには辛すぎる日々に限界が来ただけだろう?」
-アレスは黙ったままゼウスの言葉を聞き続ける。-
「すまんな、俺の期待が高過ぎたらしい。もちろんイタズラに暴れるだけの有象無象共と比べればお前は強い。先程までの煽りも撤回しよう。あれはただの方便さ。期待していたんだ、分かってくれ。
貴様は殺さなければならない。俺の邪魔をするならな。だが仲間になるというなら別だ。どうだ? 悪い話ではないだろう」
-アレスは黙って首を横にふる。-
「そうか……最後に何か言い残した事はあるか?」
「……お前は……一体何がしたいんだ……?」
-アレスがゼウスへと問う。その問いに対しゼウスは暫く黙り込む。-
「……『何が』か……そうだな…………アレス、お前には才能があるか?」
「……ない」
「そうか。なら分かるだろう? 才能が無いという事実の言い表せない辛さが」
「…………」
「……そうだ、昔話をしてやろう。冥土の土産にな」
そう言うとゼウスは俺の目を見て話を始める。
「タイトルは…………そうだな、『才能』にしよう」




