第20話 お前の"救ける"
「んん…………1時か……」
夜中に寒さで目が覚める。二度寝しようとしたが眠気はどんどんと覚めていった。
(寝れないなこりゃ……)
「つってもやる事ねぇしなぁ……あ、そうだ」
俺はそっと布団から抜け出し、荷物からペンを取る。
「ここは王道の肉か?…………いや、鳥肉だな。よし、やろう……」
ニヤニヤしながら布団へと近づいていく。俺が違和感に気づいたのは布団まで2m程まで近づいた時だった。
「あれ? ホルス?」
部屋が暗かったから気づかなかったが、ホルスが布団の中に居ない。
トイレ? いや、電気は付いてない。そもそも部屋の中にいるのか?
もしや何か事件に巻き込まれたか……?
様々な憶測が脳内を飛び交う。
「………………てか本当寒いな、結構いい旅館なのに……ん?」
外を見ようと窓の方へ振り向くと、少しだけ開いた窓から雪が入って来ていた。
俺はゆっくりと窓に近づきベランダに出る。そこには誰もいなかったが、雪には靴の跡がいくつも付いていた。
「おーい! ホルスー! 返事しろー!」
返事はない。あいつ何処行ったんだ?もしかして攫われた? ありえなくは無い。こうなったらハデスさんに相談しなきゃ。
ハデスさんの部屋に向かうため部屋の中に戻ろうとした時、外でボチャンと音が鳴る。
何かと思い振り返った瞬間、強い風が俺の目の前を通り過ぎた。
「うわっ……なんだよ今の……?」
「!……アレスか?」
「ホルスじゃねーか、心配したんだぞ! お前そんな所で何してんだ?」
ホルスはリンゴを片手に7階まで飛び上がってくる。
「お前こそどうしたこんな時間に。もう深夜だぞ。早く寝た方が良い」
「誤魔化すんじゃねーよ。何やってた」
「………………特訓だ」
ホルスはバツが悪そうにそう答えた。
「は? 特訓ってお前、今旅行中だぞ? そんなタイミングに特訓てお前……せっかくの旅行なんだから楽しめよ」
「お前だって楽しめてないだろ」
「!……何言ってんだお前。俺はめちゃくちゃ楽しいぜ!」
‐……俺は‐
ホルスは少しの間黙って俺を見つめる。
「………………坂東翔太の事、それが気になって上の空じゃないか。お前の事だし、心配かけたくないからって気丈に振る舞ってたんだろうけどな」
「……」
図星だった。
‐……俺が‐
「……いや、ほんとに楽しいぜ?」
「別に隠さなくて良い」
「っ…………」
暫くの沈黙の後、俺は我慢出来ずに話しだしてしまった。
「……………………あの時は……あれで良いと思った。あいつを止めてやるべきだと考えてた」
ー死も同然だー
「……でも俺達が捕まえたら政府に送んなきゃならない。…そしたら多分……いや間違い無くあいつは酷い目に合う……待遇もクソも無い!…………ほんとにそれで良いのか?」
‐……俺が殺した‐
ホルスは黙って聞いている。
「あいつは悪だった。殺さない道があると分かりながら苦しみから逃げた。越えてはならない線を越えた!
……でも完全な悪じゃない! あいつは被害者でもあった!……あの状況で俺は、あいつを止めるのが唯一あいつを救けてやれる方法だと思った!」
殺しは許さない。それが俺の信条。正しいと思った。
‐……思っていた‐
「けど……それであいつが『死ぬ』ってのは本当に正しいのか……? 俺の行動は本当に正しかったのか?…………死ぬほど考えたけど分かんねぇんだよ…………!」
これが、俺の本音だ。皆に心配かけたく無くて、自分を騙しながら平気なふりを演じてた。でもやっぱりまだ整理はついていない。
「……本当は明日、お前に伝える予定だった。だが今言う。坂東翔太はまだ政府に引き渡していない」
「っ!?」
(どういう事だ……? なんで?)
「お前、演技下手すぎるんだよ。お前の気持ちなんて皆気づいてた。
事情聴取した結果、アイツは全部正直に話したし反省も後悔もしてると判断した……この映像を見ろ」
ホルスはスマホの画面をこちらに見せる。
「!?……これは?」
「現在の映像だ」
そこには手足や体が椅子に縛り付けられた坂東の姿があった。
「おい! こいつは物の形を変えるんだ! こいつは……こいつの憎しみは強い! あん時確かに復讐は止めた! だけど憎しみ自体が消えた訳じゃ無いんだぞ! 危険すぎる!」
「忘れたのか? 今日で拘束から2週間だぞ。だが今日まで今の今こいつはずっと憎しみを抑えている」
「!」
「……まぁ念には念を入れてるさ。この映像はポセイドンさんのクルーザーの中の様子を移した物で、現在は黒い壁付近の海上だ。仮に脱出しても陸までは暫くかかる上、生存者2人がどこにいるかこいつは知らない。
飯はチューブを通し食えるようにして、その他生物としての活動も可能。暫くは拘束出来る設備が整っている」
「……なんで、こんな事を?」
ホルスはため息をつく。
「さっきも言っただろ。お前演技が下手すぎるんだよ。まだ悩んでるって顔に書いてあった。
こいつはお前が思ってる以上に平和主義者で真面目な奴だ。つい始めてしまい止まれなくなっただけのな。
それに事情聴取の時『自分と戦いたい』と、言ったんだ。……まるで誰かに触発されたみたいだったよ」
「…………でもこれがバレたら……」
「アレスッ!」
ホルスは少し声を荒げる。
「いいかアレス。僕達は悪人を捕まえる組織じゃない。人を"救ける"組織だ! さっきお前が自分で言ったろ? こいつはまだ苦しんでいる。なら救けるんだ! その後罪なんかいくらでも償わせれば良い。
だからお前がこいつを本当に"救ける"事が出来るまでは、政府に引き渡さない事に決めた。今は大蛇が暴れたとアチラには言い訳している。政府が嘘だと気づく事はまず無い! だから好きに悩め! 悩んで悩んでお前の"救ける"を見つけろ!」
「っ……!」
これは皆の気遣いだ。分かってる。でも
「…………でも……皆が戦う横で、俺がそんな中途半端な気持ちで立ってていいのか?
今はまだ平気だ……でもこのまま悩み続けたら……俺はいつか、自分の正義を信用出来なくなるんじゃないか? そうなったら……俺は……」
不安な気持ちが止まらない。こんなんで皆の横に立てない。ましてや人を救けるなんて出来ない。
そんな俺の気持ちを悟ったホルスは深いため息を付く。そしてゆっくりとま話し始めた。
「…………アフロは、最近は明るいし素を見せてくれてる。でもまだ弟の事を引きずっている」
「……? なんだよ急に」
「ハデスさんとポセイドンさんは『ゼウスがあぁなったのは自分達のせいだ』と、『アフロの弟が死んだのは自分達のせいだ』と未だに自分を責め続けてる」
「……あぁ」
「スサノヲは剣生を殺したかもしれない事と、約束を果たせない自分への怒りに塗れている。
シシガミは自分の横で相棒が怪物にされたのに、何もできなかった事を悔いている」
「…………あぁ」
「………………僕は……僕がもっと速ければアレスがあんなに傷つく事は無かった。もっと速ければお前一人に背負わせずに済んだ!
……それに最近じゃお前らに危険な事を任せて僕はただ運ぶだけ…………弱いからお前らの苦しみを一緒に……背負ってやれない……僕は自分の弱さが憎い……ッ!!」
「…………ホルス……」
「みんな悩みを抱えてる。みんな苦しんでいる。お前だけじゃない。みんな黒い感情を持っている。
……良いんだよ。悩む事なんて誰でもする事だ。……中途半端じゃない気持ちの奴の方がずっとずっと少ないんだ」
「……」
「だからってその気持ちに分別つけるまでずっと引きこもる必要も無い。今出来る事、今しか出来ない事を必死に考えて全力でやるんだ、未来で後悔しない為に。
きっと大丈夫。理由だって正義だって後から付いてくるさ」
HOPEsに入ってから、ずっと必死で気付かなかった。皆悩んでる。苦しんでる。ホルスだって、苦しんでた。俺も、苦しんでた。
俺はあいつを無責任に救けた。見殺しにする覚悟すら無いのに。
だから今度は、責任を持ってちゃんと"救ける"。これは今しか出来ない事だ。
「……ありがとう。お陰で目が覚めた。俺はあいつを絶対に救ける。もう逃げない」
「それでこそアレスだ」
「へっ…………そういや特訓してたんだろ?」
「あぁ。僕は弱いからな。僕のせいでお前が……」
「いいよそういうの! お前考え過ぎ。それより特訓付き合ってやるよ!」
「……ありがとう」
もうモヤは消え去っていた。




