第18話 鬼の目にも涙
坂東が地面を強く踏みしめる。すると、地面が大きくうねり高波のように俺に襲いかかった。
その波を俺はギリギリで飛び越える。
背後の瓦礫が押し潰される様を見て、その破壊力に少し心が慄いた。
俺は正面へと視線を戻すもそこには誰もいなかった。よく見ると奥の森に人影がある。
「あっ! おいっ! 逃げてんじゃねーぞ!」
「村民は皆殺す。殺したら大人しく死んでやるよ」
その言葉を聞いて俺は少し心にモヤを感じた。
こいつを倒す決心はついた。それでも、こいつを倒して悪にして、それで終わりで良いのだろうか。
そんな事を考えながら俺は坂東を追う形で森に入る。
生き残りの村民は一体何人いて何処にいる? 俺が捜索したのは村の半分だけでそこには生き残りはいなかった。もう半分に関しては地形すら把握出来ていない。完全にアウェーだ。
坂東は走りながらも次々に木に触れ、木のトゲで攻撃してくる。
(恐らく、坂東の【神力】は触れているものの形を変える【神力】だろう。触れるの判定は靴を履いた足でも有効な辺り、割と広そうだが……俺に直接触れて形を変えてこないのを見るに生き物には使えないのか?)
そう思考を巡らせている内に俺は森を抜ける。
そこには坂東の姿は見当たらず、破壊されていない家が何軒か建っていた。が、すぐに屋根から土のトゲが突き抜けてくる。
「……チッ、もぬけの殻か…………」
「おい待てっ!……クソッ、速い……!」
トゲの生えた家屋から出てきた坂東は次々と家を破壊していくが中には人がおらず、もう避難した後のようだった。
それを察したのか坂東はルートを変更し、一軒の家へと真っ直ぐ走り出した。
「止まれッ!!」
「……ここか」
坂東が家に触れる。しかし形は変わっていなかった。
(何だ……? 不発か?)
「きゃぁぁぁ!」
俺がそう思うと中から悲鳴が聞こえる。俺は壁を突き破り家の中へと飛び込んだ。
中では壁の内側が無数のトゲのように伸びており、一人の女性の右足を貫いている。
「意識はありますか? 大丈夫ですか!?」
「……貴方がやったの?」
女性は諭すように俺に聞いてきた。その後すぐに坂東が入ってくる。
「よぉ、高橋」
(高橋? この村の村長か!)
「……あぁ、坂東さん。そういう事ね」
「そういう事だ。もうこの村で生きている奴はお前と佐藤位だ。……最期に、2人の遺体が何処にあるか教えてくれないか?」
(…………)
俺は2人のやり取りを静かに眺める。
「……肉は焼いて灰にした。骨は砕いて……波に捧げたよ」
「なんで隠した?」
「昔から警察に捕まらないためにノウハウが伝えられてるのさ。私らは全部その通りにやっただけ。蛇神様の御子孫を殺したあんたの家族が悪いんだよ」
「……そうか。じゃあ、死ね」
床が開き、俺達は地面へと落ちる。
坂東はまだ攻撃を始めない。
「救けるんだろ、そいつ」
坂東は俺の方へ振り向きそう声をかけた。
「律儀だな……まずは救ける。…………色んな精算はその後だ」
俺は高橋さんの前に立ち、坂東を睨みつける。
それを確認した坂東が地面に手を付けると、大きな四角柱状に伸びた土が俺ごと高橋さんを潰そうと迫りくる。
だが結局は土。俺のパンチで表面部分は砕けた。
しかし、問題はその後だった。
「うおッ! マジか!?」
坂東は砕けた柱を根本から伸ばしてくる。
俺は続けて柱を砕くが、坂東が地面に触れているだけで徐々に後方へと追いやられていった。
(このままじゃジリ貧かッ……! かと言って背後には高橋さんがいる、俺がこの攻撃を回避すれば高橋さんが潰れるちまう……)
左右を見ると先程開いた床が壁になっていた。この空間からの脱出には時間がかかってしまう。少なくとも高橋さんが逃げ切る時間は無い。
(どうする……!? これ以上のパワーは出せねぇぞ……)
「……なぁ」
俺が必死に連打しながら対抗策を考えていると、坂東が話しかけてきた。
「やっぱり俺は……出来ればお前を殺したくない。だから頼む……そこをどいてはくれないか?」
「このやり取りさっきもやったよな!? 言ったろッ! 俺は殺しは肯定しない!!」
「……そうだよな…………」
話しながらも迫りくる地面を砕き続けるが、俺は少しずつ後ろへと押される。
(マズいっ……でもここで後ろから攻撃が飛んでこない所を見るに、坂東は変えられる質量に限界がある筈だ……
正面の攻撃を弱めれば俺に即座に捕まるのを奴は理解してる。だが逆にこのゴリ押しを続けていれば確実に勝つという事も分かってる筈だ……)
俺は少しずつ押されていく。
「……ここでお前が避ければ高橋は死ぬが、お前は生きて帰れるし俺も捕まえられる……そいつらはクズだ。何の罪もない俺の家族を殺したんだ。
そいつらの為にお前が死んでやる必要は無い」
坂東の表情は見えないが少し声がうわずっていた。
俺は少しずつ押されていく。
「…………今から本心を言うぞ!…………今更善人ぶるんじゃねぇッ!!
お前に降り注いだ悲劇は死ぬ程理不尽で、お前は辛くて苦しかったんだろ! 俺が想像出来ない程に!
………………それでも……自分の為に殺したらもうダメなんだ! お前のは守る為の殺しじゃなかったッ! 殺しだけは駄目なんだ……越えちゃいけないんだよ!
……………………でも、すまねぇッ!!」
俺は少しずつ押されていく。
「俺達がもっと早く行動を起こしていれば……俺達がもっと早く有名になっていれば……俺が神力者になる前からHOPEs活動をしていれば…………お前は、お前は俺に頼れたっ!!
お前も、お前の家族も助けられたかもしれねぇ!!」
「……」
坂東の攻撃は止まらない。とうとう俺の踵は高橋さんまでもう少しの所まで来た。
(あぁクソッ……! 止まらねぇ! これじゃ……こいつを…………)
そんな時、迫りくる地面の隙間から一瞬坂東と目が合う。
坂東は口を開いた。
「………………俺を……止めてくれ…………」
復讐に駆られた修羅は涙を流していた。修羅は自分の犯す罪を理解していた。
だが頼れる人間が居なかった。己の苦しさや怒りを受け止めてくれる人間がいなかった。止めてくれる人間がいなかった。修羅は、孤独だった。
そして溢れて、越えてしまった。
(…………せめて……ここでお前を止める……!
それが俺の出来る2人への手向けだ……絶対……絶対に……)
「絶対に救けるッッ!!!」
[その修羅の涙は、アレスにとって限界を超えるには十分すぎる理由だった。アレスの纏う小さな雷が黄色から血のような赤色に変色する]
「お"ら"ぁ!!!」
俺の放った一撃は、柱の根本までヒビを入れた。
俺は叫びながらそれを連打し続けた。
一歩、また一歩と修羅に近づいて行く。
「あ"あ"あ"ぁぁあ"ぁぁあ"あ"ぁッ!!!」
少しずつ近づいて行く。
(全身が軋む! 痛え! 筋肉が痛いっ! 拳が痛い! でも絶対辞めねぇ! 絶対救けるッ!
これ以上、こいつに殺させない!! これ以上こいつを悪にさせねぇ! これ以上、こいつの家族を泣かせねぇッ!!)
俺は迫りくる土の柱を連打しながら進む。
拳から自分の血が吹き出している。口からも鼻からも血が流れ続けている。それでも少しずつ近付いた。
(今ッ!! 助けるッ!!!)
思い切り右腕を振りかぶり、力を込める。
「う"お"ぅらぁッ!!!」
俺の拳は、修羅へと届く。修羅は意識を失った。
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「……ん? いたぞ! おいあっちだ、あの祠みたいなやつの脇。岩に座ってる。早くあっちに飛べホルス!」
「分かってる! 黙っとけスサノヲ」
ハデスさんから命令を受けた俺とホルスはアレスの援護に来た。俺をおぶりながらホルスは着地し、座るアレスへと話しかける。
「アレス。今回の原因は? 生存者はいたか?」
「……」
「……アレス?」
アレスの返事がない。 俺達はアレスの横顔を覗き込む。
アレスは血だらけで目を閉じていた。
「……っ! おいアレス! お前生きてんのか! 大丈夫かっ、おい!?」
「……!……あぁわりい、大丈夫だ。ちょっと寝てただけだ。生存者は……2人。ケガはあるが命に関わる程じゃない。無事な家の中にいる。原因は……この中に」
アレスは祠のような建物を指差す。
「分かった、僕がすぐ病院に運ぶ。アレス、お前もだ。移動中何があったのか……」
「……ちょっと、待ってくれ」
祠に入ろうとしたホルスの手をアレスが引く。
「何故だ? 早く拘束しなければ」
「…………頼む。後5分だけ、待ってくれねぇか…………いや、3分でも良い。あと少しだけ……時間をやってくれ」
「時間……? 一体誰に……」
「頼む……!」
アレスの顔は本気だった。
「……分かった。行くぞスサノヲ。生存者の保護だ。まだ他にもいるかも知れん。捜索もするぞ」
「お、おう……」
ホルスは俺をおぶって再び飛び立った。
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「………………ここは?」
坂東が目を覚ましたのは祠の中だった。正面からは白い蛇の像がこちらを睨みつけている。
「……ハハッ、居もしない爬虫類なんかを神みたいに扱って、尽くして、恨んで、バカみたいだな……」
起き上がろうとするもまともに力が入らない。それでも何とか立ち上がり、像に向かって歩き出した。
「お前のせいで家族は死んだ……本当なら村人もてめぇの子孫とやらも無能な警官共も全員ぶち殺してやりてぇよ……」
しばらく場が静寂に包まれる。
「でも、もうシラフになっちまった。……2人の顔を思い出しちまったよ…………家族に嫌われたくないんでな。……だからお前一匹で我慢してやる。
………………今度はちゃんと2人への供養だ」
坂東は自分の手を見る。
「…………あーあ……こんな血だらけの手じゃ、明菜に触れる事も出来ねぇな…………ま、元より行く場所が違ぇか……ハハッ」
坂東は蛇の像に触れる。像はメキメキと音をあげ形を変えていった。
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祠の戸が開き、中から坂東が出てくる。
「……けっ、やっぱお前かよ」
「俺以外に誰が運んだと思ったんだよ?」
「…………お仲間は来たのか?」
「あぁ、残念ながらな…………もう大丈夫か?」
「……お前に一回ぶっ飛ばされて、もう死んでるみたいな気分だ。それにもう暴れる気力もねぇ。…………最期に一つだけ聞いてもいいか?」
「おう」
「……お前、名前は?」
「瑠羽勇斗だ」
「違う、そっちじゃない」
「え? あぁ……アレスだ」
その時遠くから声が聞こえる。知性をあまり感じない声だ。
「おい! アレスー! そいつ誰だー?」
「……あれがお仲間か?」
「あぁ……残念ながらな」
「ハハッ、楽しそうだな」
「……それじゃ、お前を捕まえる」
「あぁ。…………ありがとうな、アレス」
俺は坂東の腕を縛る。その時にふと祠の中が見えた。そこには先程までいた筈の白い大蛇はおらず、血で所々がまだらに染まった白い薔薇が一輪咲いていた。




