第1話 HOPE
「大人しくしろ! 動いたら撃ち殺すぞっ!」
静かな教室には似合わない怒号が鳴り響く。声の主である男の手には拳銃が握られていた。
俺はゆっくりと席を立ち、男の方へ歩き始める。
「……おい! 何のつもりだ止まれ!」
「やだよっ!」
そう言った俺は男に駆け寄り、銃弾を躱しつつ左アッパーを叩き込む。
男は意識を失い、その場に倒れ込んだ。
「一昨日来やがれバーカ!」
(……ってなったら最高なんだけどな〜〜)
「〜〜の文法だからここの……」
先生の懇切丁寧な解説を聞き流しつつ、俺は妄想に耽る。
授業中突然テロリストが入ってきて〜〜というお決まりの奴だ。
そして時折斜め前のポニーテールの子をチラチラと横目に見る。
(やっぱ那由多は可愛いなぁ……)
童顔だがパッチリとした二重の影響か、大人っぽさと可愛さが絶妙にマッチしており、うちの2年生の中でもトップクラスで人気のある女子だ。
俺は昔から彼女に恋をしていた。小6のあの日、手を差し伸べてくれた時から俺は那由多に一途だ。
「瑠羽……? おい、おーい! 瑠羽!」
「…………っ! ど、どうしました?」
正面を見ると、先生が机の前から俺の顔を覗き込んでいた。
「はぁ……今説明したろ? ここの自伝って所」
先生は俺の教科書を指差す。
「自由に書いてみろ、回収はしねぇから」
周囲を見渡すと、皆この課題に取り組んでいるようだった。
(自伝かぁ…………うーん……)
俺はペンを鳴らす。
『俺、「瑠羽勇斗」のこれまでの人生は長い平野に小山あり小谷ありって感じの、正に普通の人生だった。
学力普通、運動神経普通、見た目はスポーツ刈りのフツメン中肉中背、我ながら実につまらない平凡な高校生だと思う』
「……」
『突然だが、そんな平凡な俺には身の丈に合わない秘密の夢がある。少年時代からの長年の夢だ』
(……まぁ、回収しないなら良いか……)
『それは【ヒーロー】になる事。秘密の理由は察して欲しい。
自分でもガキだと思うが、堪らなく憧れてしまっているのだから仕方無い。
志した理由すらも忘れてしまったが、強い力を手に入れて人を救けたい。そんなベタなヒーローに俺は憧れている』
「……もう高2なのにな」
俺はそう小さく呟いた。
理由も覚えていないような実現不可能な夢。そんな物持っているだけ無駄だと頭では分かっている。
だが、どうしても今この世界に退屈を感じてしまう。
教科書に一通り書いたので軽く休憩しようと顔を上げると、教室は火の海となっていた。
遅れて悲鳴が聞こえて来る。
(ッ!? ……さっきまで教室は静かだったはず! 今火がついたのか……にしては広がり過ぎだ。それに……熱くない?)
只事では無い。明らかに異常だ。
そう考えた俺はすぐに席を立ち扉へと走り出す。が、とある人影が目に止まった。
(…………誰だ……あいつ)
そいつは黒板の前に立っていた。国語のハゲ教師ではない、黒いパーカーとジーンズを着た高身長のロン毛男。
すぐに察した。この火の犯人はあいつだ、と。
その後俺は遅れて気づいた。
「っ那由多!」
ロン毛の男が那由多の首を掴み持ち上げている。那由多はまだ意識があるようだが苦しそうだ。
俺は咄嗟にロン毛の野郎に飛び掛かったが、奴は俺に気づき蹴りの構えを取る。
この動きは読めた。だからこそ突っ込んで脚を取るつもりだった。しかし
「失せろ、ガキ」
「ぐッ……!」
脚を掴むより早く、俺は教室の後ろまで吹き飛ばされていた。
(くそっ……どうなってんだあのロン毛……人の力じゃねぇ……)
「ハハハッ、クソガキがイキってんじゃねーよバァーカ!」
(クラスの皆はもう逃げたか……くそっ! この状況どう打開する? あのロン毛野郎が化け物みたいに強い以上、純粋に戦って勝つのは無理だ…………一旦逃げて応援を……)
「にしても……ガキにしちゃあ上物だなぁ。なかなか良く実ってんじゃねぇか、えぇ?」
「………………うぅ……」
気が付いた時には俺はもうロン毛の目の前まで迫っていた。拳を固く握る。あとちょっとで顔面をぶち抜く。
「――――――」
そう思った次の瞬間、辺りが静寂に包まれた。
火の燃える音もしない。何も存在しない。目を閉じているような感覚。とにかく不思議な場所だった。
(どこだ……ここ)
真っ暗で何も無い空間。俺は悟った。
「ここが、じごkーー」
「違う」
急に背後から声がする。振り返ると、そこには大きな銀色の鎧が立っていた。
「…………なぁ、今お前……喋った?」
「いかにも」
「…………頭……かっこいいっすね」
(んな事言ってる場合じゃねーよ!!!)
頭の中はスッキリしてるが状況が読めなさすぎて混乱している。
(てかここ結局どこなんだよ……)
「いわば、私の思考の中の仮想空間と言える」
「あ、へぇーそうなんすね……」
(…………今コイツ心読まなかったか?)
「いかにも。ここは私の精神世界、故に思考も読める。時も止まった永遠の部屋だ。それより、今はもっと大事な事を話すために貴様をここへ呼んだ」
「……『大事な事』?」
「あぁ。まず第一にさっきまでお前の目の前にいた男。異常に強く、不思議な力を使っていただろう」
「あぁ、なんか……熱くない火が一気に広がってた?」
「その火も、奴の異常なパワーも、全ては奴の【神力】によるものだ。そして貴様にもそれを授ける」
「なるほど………………は?」
(なんで? なんで俺? てか【神力】って……)
押し寄せる情報の波に脳がパンクしそうになる。
「矮小な人間の脳では理解できんのも無理はない。【神力】とはその名の通り神の力である」
「よく分かんねぇけど……そんなん人間にあげたら、悪い奴らが一瞬で世界滅ぼしちゃうんじゃ……」
「その点に関しては心配ない。それよりも伝えたいのは貴様に与えられる、『アレス』の【神力】についてだ」
アレスか。聞いた事あるような無いような……確か……【戦の神】だったか?
「どんな能力なんだ?」
「……? 分かっているとは思うが、簡潔に言えば【体に電流を流し身体能力を向上させる力】だ」
「『なるほど分かった』とはならねぇよ? てか押されて内容聞いちゃったけど、それ以外に聞きたい事が多すぎるんだ。
そもそも神の力って何だよ?」
「上に怒られるのであまり多くは言えないのだ。伝えられる事と言えば、【神力】はその神によってまるで違うモノという事ぐらいだな。
例えば、今貴様が殴ろうとしている相手の【神力】は『ロキ』という神のモノで、幻覚をみせる。あの炎も奴の操る幻覚だ」
「幻覚……」
「あぁ。……そうだ言い忘れていた。前提として【神力】を持つ者、『神力者』は多少の差異はあれど全員の身体能力が向上し、身体の強度が上昇する。
それで言うと『アレス』は控えめだな」
「え、それじゃあ『アレス』の【神力】って意味無くね? 身体能力を上げる力なんだろ?」
「『アレス』の電流による身体能力の向上幅は、全員に備え付けの身体能力強化よりも高い」
「……そうか! 俺が【神力】を使えばあいつに殴り勝てるってことか! だからお前、俺に力をkーー」
「いや、偶然貴様になっただけだ」
時々心を読むの本当にやめてほしい。なんかめっちゃ恥ずかしい。
「何も恥じる事はない」
「それが嫌だって言ってんだよ!……ってかそんな事どうでも良い! お前にその気が無かろうと、その力があれば那由多を救えるかもしれねぇんだ! 早くその力をくれ!」
「いや、もう与えているが……」
「そうか! じゃ早く帰してくれ!」
「……貴様、本当に与えられた事に気づかなかったのか?」
「おう。それがどうした?」
「普通ならすぐに気づく。脳に流れ込む情報とそれに適応していく体に対して違和感を覚えるはずだ。聞くが貴様。力の使い方は分かっているか?」
(…………そういや……わかんね。どうやって使うんだ?)
「分からぬ状態で戦うつもりだったのか……貴様には才能が無いようだな。
……よし、教えてやろう。ここは時間が止まった空間だが、キープできる限界はある。早足で行くぞ」
「本当か!?」
(随分と面倒見の良い神様もいたもんだな)
「私の教えがいらんのか?」
「いや冗談じゃねぇか! 教えてくれ、頼む!」
(この力だけが、那由多を救えるんだ!)
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(懲りねぇなぁ……こんなガキのパンチなんか、今の俺には効かーー)
「ヌゥブゴォッ!?」
俺が思いっきりぶん殴ると、ロン毛野郎は黒板にめり込む。その隙に俺は那由多を抱え教室後方へと引くが、奴はすぐに起き上がってきた。
「あーなるほど……お前も神力者か。大丈夫だ、もう攻撃しない。俺と同盟を組まないか? 【神力】を手に入れたのはこの世の人間のごく一部だそうだ。
つまり俺達、選ばれた人間は好き放題できるってことだ! お前の力はどんな力だ? 俺はな……」
「乗らねーよバーカ!」
俺はロン毛野郎に駆け寄り、思いっきり拳を振り下ろすも今度は腕で受けられてしまう。
その直後上からロン毛野郎が降りて来る。
2人のロン毛に混乱しつつも俺は上からの攻撃にすぐさま左手でガードした。
が、その手はすり抜ける。
(幻覚か!)
俺が幻覚に気を取られているうちに本体の蹴りでまたも飛ばされる。
ダメージが無い訳ではないが【神力】のお陰か先程よりも痛くない。
(……てゆーか、使えてないな【神力】。さっきのパンチはおまけのパワーでぶん殴っただけ……やっぱ才能ないらしいな俺は)
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ー精神世界ー
「なぁ、使い方の例えとかないの?」
「例え? そうだな……貴様に分かりやすく言うならモーターを回し、その電力を全身へ張り巡らせるイメージだ」
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(とか言ってたけど何だよモーターって、わかんねぇよそんなので例えられても。あいつ神様のクセして教えるの下手くそなんだよな……)
そんな事を考えているとロン毛が4人に分身し、こちらへ一斉に向かって来る。
「コレで終わりだガキィ!」
「クソッ!」
俺は体を捻り、右脚で上段蹴りを繰り出す。それによりなんとか向かって来る4人全員に攻撃を当てる事に成功したが、全てが通り抜けた。
無茶な攻撃で俺の体勢が崩れたタイミングで分身の影からもう一人のロン毛が出てくる。
(まずい、対応しきれねぇ!)
俺はロン毛の蹴りをモロにもらってしまう。だが相手の顎にうまく俺の踵が当たったらしく、なんとか連撃は避ける事が出来た。
「うッ……クソガキがッ…………」
隙を突き、俺は一度距離を取ることに成功する。
焦るロンゲを見た俺は思った。
(この勝負、意外と勝てる!)
その慢心がまずかった。
「………………!」
次の瞬間、ロン毛の焦りに満ちた顔が満面の笑みへと変わる。
ロン毛はすぐさま那由多に駆け寄り首に手をかけた。
「キャァッ!」
「降伏しろ! さもなくばこの女の首を捻りとるぞ!」
一瞬で状況は最悪へと変化した。
「どうしたっ!? 早く降伏しろッ!」
「くっ……」
(あぁ……クソっ! 最悪だ、冷静じゃ無かったっ!)
「早く! 手を上げて膝を付け!」
ロン毛が俺に見せつけるように那由多の首へと手をかける。
(クソッ! 何で俺は那由多からこんなに離れたんだ!? 那由多を確保した時点で逃げれば良かった……!)
そのタイミングで俺の脳裏に一つの仮説がよぎる。
(……違う……それは……っ!)
俺は自らそれを否定する。しかし、その際生じた違和感に気付いてしまった。
「おい! 聞いてんのかクソガキっ!?」
「……」
(…………いや、きっとそうだ。俺は心の何処かで……この状況を喜んでいた。『ヒーローになれる』と……)
俺の中で何かが壊れる音がする。
(最低だ……那由多が苦しんでるのに…………俺は…………俺は………………)
「ゆうと逃げて! 私はいいかッ……うっ……!!」
「うるせぇぞ女ッ!」
俺は再び拳を握り込む。
(……挫折は後だ…………今はまずーー)
「助けるッ!!!」
その言葉と同時に俺は、黄色い電流を全身に纏う。常に全身からパチパチと電気が放電されているような感覚だ。
「早く降参しねぇと女ぶち殺すぞッ!!!」
(…………今なら……やれる!)
俺は床を思いっきり蹴る。さっきロン毛をぶん殴った時よりずっと速い。あっという間に天井に足がついた。
ロン毛は焦り首を絞めだす。それとほぼ同時に俺はロン毛野郎をぶん殴った。
「ッ!?」
吹き飛ばされたロン毛は壁へと打ち付けられる。
「ク……ソが…………」
(なんだ…………今の……?
……クソガキが飛び上がったと思ったら一瞬で目の前に……まさかあいつ、天井蹴ってそのままこっちまで……!? クソッ……立てねぇ…………!)
俺は那由多を抱きかかえ、廊下へと避難させる。
もう同じ轍は踏まない。
「那由多、悪かった」
「……チッ、クソ……ガキが…………!」
俺は再び一瞬で距離を詰め、ロン毛を窓の外に吹っ飛ばす。
人が落ちる音を確認した俺は、腰の抜けた那由多を背負ってみんなの姿が見える校庭へと走り出した。




