98 家臣達の名前を決めよう!
98 家臣達の名前を改めよう!
天文25年1556年 12月 六角治頼
「さて、今年も無礼講だ。楽しんでくれ!と言いたいところだが皆に報告がある。2人とも入って参れ!」
その声に合わせて浅井親子が入ってくる。この場にいる直臣達は特に不快感を表すこともなく二人をただじっと見つめている。
浅井家はかつて独立した国衆だったが、今や六角の直臣として迎えられる。家中の者たちはその意味を理解しており、無言のまま受け入れる姿勢を見せていた。
「浅井親子にこれから俺の直臣として働いていく。見知っておけ。」
「「「はっ!」」」
治頼の言葉には、浅井家を家中に迎える決意と責任が込められていた。家臣たちもその重みを感じ取り、声を揃えて応じた。
浅井親子が下座に座るのを確認してから話し始める。
「今回父や祖父から許可が出たので皆に俺の文字を一つずつ与えたいと思っている。」
おお!とみんなが喜ぶ様子を見せてくれる。名を授かることは、主君との絆を形にする儀礼。家臣たちはそれぞれの胸に、誇りと責任を刻み込んでいた。
「俺が与えられるのは治頼の治だ。「治」の字は、統治と安定を意味する。治頼が家臣にこの字を与えるのは、六角の秩序を共に築く者としての証でもある。この名前を使って自分たちで名前を改めるといい。賢政は変えたければ変えていいと父からも許可をもらっている。」
この話をした後は皆がどうすると話し合いながらの宴会となった。酒が進むにつれ、名乗りの話題は笑いと誇りに満ちていった。家臣たちは互いの新名を讃え合い、六角家の一体感が高まっていく。
結局皆の名前は、
後藤壱岐守持豊→後藤壱岐守治豊
服部半蔵→服部半蔵
青地茂綱→青地治綱
蒲生賢秀→蒲生賢秀
明智十兵衛光秀→明智十兵衛治光
滝川一益→滝川治益
藤堂虎高→藤堂治虎
九鬼嘉隆→九鬼治隆
浅井久政→浅井久政
浅井賢政→浅井治政
となった。半蔵は当主の名前を一律にする伝統から息子に譲った後に名を改めるとの事。蒲生は自分の息子が生まれた際にその子につけてくれとの事で辞退。久政は息子に与えてくれとの事で辞退となった。それぞれの辞退には、家の伝統や未来への思いが込められていた。治頼はそれを尊重し、名を与えること以上に心を通わせることを選んだ。




