94 将軍 足利義輝
94 将軍足利義輝
「はっ、できれば後藤壱岐守以下わたしの直臣には名を一文字与えたいと考えているのですが、よろしいでしょうか?」
「ほう、お主もついにその様な時が来たのか。ワシからは特に問題ないぞ、好きにするといい。」
名を与えるということは、家臣に対する信任と責任の証。治頼の家中が、単なる寄せ集めではなく、一門としての形を成し始めている。
「はっ!ありがとうございまする。では私どもはこれで…今から公方様への目通り願いの連絡などをしまするので。もし何かあれば観音寺城におりまするのでお呼びくださいませ。失礼致しまする。」
スタスタスタと半蔵を連れて自室へと戻る。
治頼の足取りは軽いが、胸の内には次なる布石が描かれている。公方との接触は、六角の名を外に示す第一歩となる。評定の余韻を残しつつ、次の局面へと動き出す。
「半蔵分かっているな。」
「はっ、既に若狭には人を入れておりまする。そこへ後ほど商隊も向かわせまする。他の場所ですと毛利と尼子ですな。あそこは両者共に大きな忍び衆を抱えており、中々活動するにも直ぐには厳しいものがございまする。」
毛利・尼子の両家は、それぞれ独自の忍び衆を抱えており、外部の者が活動するには警戒が強い。だからこそ、商人としての顔を持つ者を使うのが肝要だ。
「分かっている。先ほどの評定でも伝えた通り商人を送るだけで良い。あそこは大内尼子毛利と戦が絶えず続くはずだ。阿漕に稼いでやるといい。最近米は売っても問題ないほどあまり始めているしな。」
米の余剰は、戦の裏で国力を示す指標でもある。商人に持たせることで、交易と情報収集を両立させる。戦の火種がくすぶる地に、六角の影は静かに広がっていく。
天文25年1556年 11月 六角治頼
俺は数日後に朽木に用意されている石神館という場所に訪れていた。そこで幕臣共は意気揚々と今回の謁見を楽しみにウキウキでいた。
なんだかなぁ…。
将軍との謁見は彼らにとって晴れ舞台。だが、俺にとっては駆け引きの場だ。浮かれた空気の中で、俺だけが冷静に次の一手を見据えていた。
「お久しゅうございまする。六角治頼、此度の拝謁の機会とても嬉しく思っておりまする。」
できるだけにこやかな顔をして義輝に向ける。義輝の表情は柔らかく、俺の言葉を待ち構えていた。将軍としての威厳よりも、人懐っこさが前に出る人物だと改めて感じる。




