147 未来へ向けて
147未来へ向けて
永禄1年1558年 5月 六角治頼
「お父上が…」
小さい孫犬丸はその大きな瞳を見開くとギュッと服の裾を握りしめていた。この場には孫犬丸以外誰もおらず後見人や配下などもいなかった。
「すまなかった。俺が信豊殿の要請に応じて若狭へと出兵したのは事実だが、公方様のご身内である義統殿とは手を取り合い若狭の騒乱を抑えられたらと思ったのだが…一手遅かった様だ…。」
治頼は、あえて自らの責任を語ることで、孫犬丸の信頼を得ようとした。公方の身内である義統との協力を望んでいたが、一手遅れたことを悔いていると語ることで、六角が義統を裏切っていないことを印象づける。孫犬丸にとって、六角は父の敵ではなく、父の志を継ぐ者として映るように仕向けていた。
「いえ、悪いのは逸見だと思いまする。」
孫犬丸の言葉は、幼いながらも理をわきまえたものだった。治頼は、その言葉に安堵しながらも、内心で「これで若狭は六角のものだ」と確信した。逸見を悪とし、武藤を忠義の象徴とする構図が、孫犬丸の口から語られたことで、六角の支配は正当化された。治頼は、政治の物語が完成した瞬間を見届けた。
「そう言ってもらえると助かる。その逸見はしっかりと家臣の武藤殿が一騎打ちにて相打になりながらも討ち取り、孫犬丸殿を次期当主として据えてもらえる様にと六角を頼ったそうだ。
実は、六角に後見をして欲しいという声は後瀬山城にいた六角以外のもの達も聞いており、俺自身も武藤殿から直接頼まれていたのだ。
もし、孫犬丸殿が若狭武田の次期当主として父上の後を継ぐと言うのであれば、俺は武藤殿の忠義に報いる意味でも公方様へ申し上げてみよう。」
「是非!お願いいたしまする!私は若狭武田の次期当主として父上の後を継ぎ、立派に御役目を果たして見せまする!治頼様!どうか!」
孫犬丸が両手を床に突き深く頭を下げる。孫犬丸の声は震えていたが、その瞳には確かな決意が宿っていた。幼いながらも、父の死と家の命運を受け止めようとしている姿に、治頼は武藤の忠義が確かにこの子に受け継がれていることを感じた。六角が後見することで、孫犬丸は若狭武田の象徴となり、秩序の中心に立つ存在となる。治頼は、政治の物語がここに完成したことを確信し、静かに頷いた。
「あいわかった!では、すぐに公方様へと面会の申込みをしようではないか。」
治頼は、孫犬丸の決意を受け止めると、すぐに行動に移ることを告げた。公方への面会申請は、若狭武田の後継を正式に認めさせるための政治的儀礼であり、六角の後見を公的に承認させる場でもある。治頼は、孫犬丸の言葉を文にまとめ、使者を整え、観音寺城へと連絡を飛ばす準備を始めた。若狭の戦は終わった。だが、秩序の確立はこれからが本番である。




