138 若狭侵攻14
138若狭侵攻14
永禄1年1558年 5月 六角治頼
諸将が気合いを入れ直したのを確認して治頼は言葉を続ける。
治頼は、諸将の表情を一人ひとり見渡した。怒りや焦燥ではなく、使命感と統率の意志が宿っているかを確かめる。若狭の戦は、単なる領土拡張ではない。民を救い、秩序を築くための戦いだ。治頼は、軍の士気がその理念に沿っていることを確認し、次なる指示へと移った。
「さて、陣容は後瀬山城の兵士たち500に道案内をして貰い、我々主力3000の内2000で砕導山城を攻略しに行く。残りの1000で後瀬山城周辺の村々を支配下に組み込むぞ。支援が主たる目的になる。疲弊して飢えている民を救うのだ。可能であれば城下町まで集めよ。」
治頼の声は明瞭で、軍議の場に響き渡った。地元兵500を案内役にすることで、地形の把握と民心の掌握を同時に進める。主力2000は砕導山城攻略に集中し、残り1000は民政部隊として村々を支配下に置く。治頼は、軍事と統治を分けて動かすことで、戦後の混乱を最小限に抑える構想を描いていた。
また、治頼は、戦の勝利よりも民の救済を優先する姿勢を明確にした。飢えた民を放置すれば、一揆や反乱の火種となる。逆に、救済と保護を示せば、六角への忠誠は自然と生まれる。城下町への集約は、統治の効率化と経済の再建を同時に狙った一手だった。治頼は、武力と慈悲を両立させる政を目指していた。
「「はっ!」」
武官達が気合を入れて返事をする。
「うむ、では急ぎ部隊を編成せよ!明日には出立するぞ!」
治頼の号令に、武官たちは即座に動き出した。編成は既に頭の中で組まれており、各隊の役割も明確だった。治頼は、戦場での即応力こそが勝敗を分けると心得ていた。明日には出立という短い猶予も、彼にとっては十分だった。準備の速さが、六角軍の強さの一端でもある。
残った文官達は空いたスペースに詰めるのを見て治頼は、軍の動きが整ったのを確認すると、文官たちに視線を移した。彼らは戦場では剣を振るわぬが、民政では剣以上の力を持つ。治頼は、文官たちに若狭の未来を託すつもりだった。彼らの手で、民を救い、秩序を築く。それが六角の政の根幹である。
「後に来た兵達を纏めて若狭国の貧困を無くすのだ。一揆を行うような心にならない様に心を砕いて接してくれ。希望するもの達は近江へと送っても良い。それと同時に若狭についてきてくれるものたちを選別してくれ。近江にいる次男以降のもの達だ。頼む。」




