120 六角の特権
120六角の特権
「あ、いえ、そのようなつもりはおじゃらぬ…」
前久がジロリと流し目と言うにはあまりにも鋭すぎる眼光を先ほどの公家に浴びせていた。
その眼光は、ただの叱責ではなく「朝廷の顔」としての威圧だった。公家たちは、前久が六角を守る姿勢を見て、彼の政治的立場が既に変わり始めていることを感じ取っていた。
「ふむ、では問題ないと言うことかの?」
前久の問いかけに頷く公家達。
「六角にとっては本当に現状の追認にしかならぬが良いのか?あまりにも利益がないのではないのかのぅ。」
前久がもっとおねだりしろと問いかけてくる。先ほども公家から嫌な視線をもらったばかりだと言うのに…
治頼は、欲深く映ることを避けながらも、実利を得るための“最小限の要求”を慎重に選んでいた。公家たちの信頼を得るには、奉仕と見返りの均衡が必要だと理解していた。
「そうですな…、では公家の皆様方の住まいなどを修繕する際は我が家に声をかけて頂きたいこととこれからは朝廷だけでなく、公家の方々でのお困りごとがあれば私にもお声がけくださればと思いまする。そして、その際には交渉を一本化する為に近衛殿を窓口にして頂ければと思いまする。」
「ほぅ、そのような事で良いのか?」
「はっ、公家の皆様方に献上・献金するほど裕福ではない為申し訳ないのですが、現在近衛邸付近を整備している当家の大工衆(黒鍬隊)に仕事を与えてやりたいのですが、それを皆様から受け賜れればと思います。勿論金額面等はその都度相談とはなりまする。」
黒鍬隊は、六角領内で評判の高い職人集団。公家たちは、近衛邸の整備ぶりを見ており、内心では自邸にも同様の手が入ることを期待していた。
「よし、分かったでおじゃる。窓口を引き受けるでおじゃる。ただ、懇意にしとる大工がいる公家もおるのでのぅ、その場合は許せ。」
「はっ、ありがたき幸せ。勿論にございまする、京の大工の仕事を奪うつもりなどございませぬ。」
治頼の言葉には、京の伝統への敬意が込められていた。彼は、力で押すのではなく、信頼と調和で朝廷に入り込む道を選んでいた。
何人かの公家が頷いていた。この窓口業務によって前久の朝廷内の権威は更に引き上げられる事だろう。そしてその特権を守る為に前久はより六角寄りになってくれる。
「ならば良い。では、褒美をまとめよう。現状の追認になるが、六角義賢殿に近江守、六角治頼殿に伊賀守を与える。それと朝廷の荘園に対しての六角の統治権と介入権、朝廷公家からの相談があれば連絡すること、以上で良いな?」
「はっ!過分な願いをお聞きいただきありがとうございまする。」
周りの公家達からも文句等は一切ないようで寧ろ自分たちの住まいや環境が近衛のようによくなる可能性に目を輝かせていた。
荘園の保護と統治権は、朝廷にとって失われた財源の復活でもある。公家たちは、六角が秩序をもたらす存在として、もはや疑う余地がないと感じていた。
「では、今回の議題はこれでしまいじゃ。皆のもの先ずは帝のご容態に関する事を第一に考えるのじゃ。良いな。」
帝の容態は、朝廷の根幹を揺るがす問題。前久は、六角との交渉を終えたことで、ようやく本題に集中できる体制を整えたと感じていた。
皆が畏って頭を下げたのに合わせて俺も頭を下げた。公家の方々が退出するのを待ってから最後に部屋を出る。
何人かの公家に話しかけられそうになったがその都度前久が睨みを利かせていたので捕まることなく帰る事ができた。
前久の睨みは、治頼を守る盾でもあった。公家たちは、六角との私的な交渉を避け、窓口である前久を通すべきだと理解し始めていた。




