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114朝廷鳴動
天文26年1557年 8月 六角治頼
「急なご訪問、失礼致しました。」
前久が入ってくるのに合わせて頭を下げる。
前久は出廷していたらしく馬車に乗って帰ってきたのが音からわかった。その後時をおかずに入ってきたという事は大分急いで来てくれていたようだ。
向こうも要件は分かっているようだ。
前久の足取りには焦りがあった。帝の容態が悪化し、朝廷の財政が逼迫する中、頼れる武家を見極める必要があった。治頼の邸に向かうその選択は、彼なりの賭けでもあった。
「なんの、この時期に来てくれたという事はお主の方にうまく伝わったようだの。」
「はっ、忍び達から連絡が入りまして。」
「うむ、それで六角としてはどう動くつもりなのだ?」
前久は目の前にゆったりと座り近衛家の家人が持ってきた白湯を口にする。
白湯の湯気が静かに立ち上る。格式ある邸の中で、言葉の一つひとつが重みを持つ。治頼は、前久の緊張を感じ取りながらも、あえて穏やかな口調を崩さなかった。
「その前に朝廷としてはどうするつもりでしょうか?私の読みだと、公方を一回は頼り、要請に応えなければ三好に話を持っていくつもりかと思っております。しかし、そのようなことをすれば、この暑い時期です…悲惨なことになるかと。」
「その通りじゃ…。そこで、公方に話を持って行くときに其方を通して目通りを願うつもりだ。そこで六角が支えてはくれぬか?其方が最初、朝廷に何かがあれば頼ってほしいと言うてくれた。その時が来たようじゃ。」
前久は治頼が約束を反故にするとは思っていないがあの時と今では状況が違う、何か条件や万が一反故にでもされた場合の事を考える不安になっていた。
それは対面していた治頼からも僅かに察せられるほどの少しのものだったが治頼にはバレていた。
治頼は、前久の眉の動きと指先の震えから、迷いを読み取っていた。信頼を得るには、言葉ではなく行動で示すしかないと、治頼は心得ていた。
「そのように緊張なされず、今回六角は朝廷を支えるものとしての役目を果たさせて頂こうと思い、ここまでやって来たのです。今回の御大葬、御大典にかかる費用2千貫、すべて六角で負担いたしましょう。」
「なんと!2千貫全てか!」
治頼はその言葉にニコリと笑う事で返答とした。治頼の笑みは、確信と覚悟の表れだった。前久は、六角がここまでの財力と決断力を持っていたことに驚きながらも、心の奥で安堵を覚えていた。




