108若狭の内情
投稿が3日もお休みしてすみません。
会社内の人事でバタバタしておりました。
本日から毎日再開します。
108若狭の内情
天文26年1557年 7月 武田信豊
日本の夏が始まり、暖かいという感じ方から暑いという感じ方に変わった時、若狭武田家では大きな転換期が来ていた。
若狭の空気も、湿り気を帯びた風と共に重くなっていた。政の熱気が、夏の暑さと同じように、じわじわと家中を包み込んでいた。
「殿、義統は朝倉の兵を引き入れようと画策しこの若狭を明け渡そうとしております。殿と我々が守り育ててきた若狭を余所者に奪われてはなりませぬ!」
朝倉に対して強い反感情を持つ筆頭、小浜領主粟谷勝久が嫡男である義統の事を呼び捨てにしている。だが、それを咎めるものはこの場にはいなかった。
家中の空気は既に義統から離れていた。呼び捨ては忠義の放棄ではなく、若狭を守る者としての覚悟の表れだった。
「…逸見。」
「はっ、三好と戦うにも背後が安定しておらず援軍の見込みも無ければ我々にも限界がすぐに来てしまいます。」
大きな身体で何度も三好と闘ってきた猛将逸見も義統を見限っていた。というよりも、逸見は自分にとって最善の選択をとり続けていた。その為には主家がどうなってもいいとすら思っている節があるのだ。
逸見は忠義よりも現実を選ぶ男。彼にとって主家は、己の武名を高める器でしかない。義統が器として破綻すれば、迷いなく見限る。
「では、どうする。義統は朝倉と公方様の後ろ盾を持っているのだ。反抗を続けても勝ち目は薄い。」
沈黙が場を支配する。
誰もが答えを持っていたが、口にするには覚悟が要る。義統を見限るということは、若狭武田の血統を否定することでもあった。
「…では、六角を頼るというのは如何でしょうか。六角は将軍家とも懇意な上で朝倉や三好とも戦える地力がありまする。」
粟谷勝久は、小浜を通じて近江と商売でやり取りする中で六角に対して大きな尊敬の念を抱いていた。
粟谷は商人を通じて六角の内政力と軍備を見ていた。近江の米と鉄が、若狭の未来を支える可能性を感じていたのだ。
「確かに悪くない選択じゃのう。」
信豊は、義統が失敗した時の逃げ道として六角を見ていた。だが、今やそれは逃げではなく、選択肢として現実味を帯びていた。
元々どうにもならなくなった時は近江へ逃げようと思っていた信豊にとって六角という選択肢は悪くなかった。




