シュガートライデントを登ろう 2
お盆休みに鳥海山に行ってきました。
めっちゃよかったです。
シュガートライデントの登山口の付近では森林限界には到達しておらず、木々や目印となるものも多く道迷いの心配もまだない。風も遮られる。
よって体が動けば動いた分だけ体が熱を発生して、それを奪ってしまうほどの寒さには至らない。
雪山登山において寒さへの対処が一番の目的であるが、そうすると暑さが問題になる。
「ちょっと予想してたより暑いね、これ」
無風状態なので一枚くらい脱いでもあまり問題はない。ていうか無風状態で周囲を雪に囲まれていると、雪の断熱効果で一定の温度に保たれ、案外暖かい。
ただ風が猛烈に吹いていると「着込んで歩いてると体が熱を発して暑いが、立ち止まると一気に体温を奪われる」という苦しい状態に陥るので気を付ける必要がある。
「歩いてるから当然と言えば当然だけど……日差しもキツいわ」
「ジャケット脱いで、汗を拭いていこうか。あとペース落とそう。雪山でテンション上がっちゃって、ちょっと急ぎすぎになってる」
私の言葉に、カピバラがホッとした表情を浮かべた。
「そうね……もう上着一枚でいいくらいじゃないかしら」
「あ、袖はまくらないほうがいい。かなり日に焼けちゃう」
立ちはだかる問題は暑さだけではない。
日焼けだ。
雪がなければ紫外線は太陽から降り注ぐのみだが、雪が太陽光を反射するため様々な角度から紫外線が襲いかかってくる。夏以上に日焼けには気をつけなければならない。
「それと、ゴーグルもなるべく外さないで」
「ええー……この変な眼鏡、なんか見た目悪くない?」
スキーや雪山用のゴーグルというより、蒸気が噴出してるような世界で使われているゴーグルっぽい感じだ。
実際、用途としても似たようなもので、火属性の魔法使いや、火の魔法を使った溶鉱炉での作業者が愛用しているものを雪山登山に流用している。
「そう? これ使ってるのって火魔法のスペシャリストって感じで格好いいと思うけどな」
カピバラが文句を言うが、ニッコウキスゲはお気に入りのようだ。
「そりゃあなたにとってはそうでしょうけど、攻撃魔法とか使わないわたしがつけるのって、なんか格好だけ真似してるみたいじゃない」
「場所を考えたら仕方ないさ。雪目になったらキツいからね」
私は雪目になったことがないのでわからないが、ニッコウキスゲの言葉は何とも体感に満ちてて怖い。
ちなみに雪目とは、雑に言うと目の角膜が日焼けすることだ。
目の痛みや充血、涙、あるいは常にまぶしく感じる状態が続く。
それを防ぐためにも登山に限らず冬のアウトドアにおいてはゴーグルやサングラスが必要というわけだ。
「まあ仕方ないのもわかるけど……うーん……」
「もっと可愛いの作ればいい。ハート形とか」
「ハート形ってアリなの!?」
私の言葉にカピバラが驚愕した。
いや、確かにそうそう出ない発想だと思う。
あと星の形とか。
「いや、でも、面白そうね……。眼鏡って下手な魔道具とかより高級品だし、それに比べたら魔物の素材で作れるこれは安く済むし……。けっこう遊べるんじゃないかしら」
「登山用は隙間からの光も遮ってくれる形がいいと思うけど、実用品とは別にお遊び用とか色々作ってもいいと思う」
「サラマンダーの素材を使っているし、それを匂わせるようなの売れるんじゃない? 攻撃魔法使いって、自分の属性にマッチした魔物を自分のシンボルにしてるし」
実はこのサングラス、爬虫類系の魔物、サラマンダーという巨大なトカゲのまぶたを加工したものだ。
一部の動物には、瞬膜という半透明のまぶたを持っている種がいる。ビーバーなどは水中で眼を守るというゴーグルとまったく同じ機能を持ち、ハヤブサは急降下するときに眼球が乾燥するのを防止している。
そしてホッキョクグマの瞬膜は、私たちがスノーゴーグルやサングラスで紫外線を守るのと同様の機能を持っている。
だがそのホッキョクグマの瞬膜を超える防御力を持つ魔物がいる。
サラマンダーという、炎を吹く巨大トカゲだ。
大きいもので体長3メートルを超え、目の大きさは人間の10倍以上。
しかもすでに一般流通されていて利用者もいるし、素材も安くはないが手に入りやすい部類だ。
ツキノワとかパリピが付けるような色物サングラスはすごい似合うかもしれない。
と、こういう話題にすぐ食いついてきそうなツキノワは、先ほどから黙々と歩いている。
「あっ、ごめん。ラッセル任せっぱなしだった」
「雪を歩くのも楽しいといえば楽しいし構わないんだが、足に絡みつく雪って想像してるより重いんだよな……。スノーシューも付けてるから普通の山より、なんかこう……重い」
私たちは今、いわゆるド〇クエ的な感じの縦一列に並んで雪山の斜面を歩いている。
先頭の人が雪をかきわけて道を作る……ラッセルと呼ばれる行動を取り、後ろの人は出来上がった道を歩く、というわけだ。つまり先頭が一番きつい。それに雪山はスノーシューやアイゼンを付けるので、蹴り出す雪の重みと装備の重みで二重に負荷がかかる。
「じゃあそろそろ私の番」
「悪い、助かる」
ツキノワとタッチ交代して先頭を歩く。ラッセルは体力を持っていかれるが、何もないまっさらな雪の上に道を作っていくのは気分が上がる。
「森を抜ければ小屋が見えるはず。そこまでは私がやる。小屋から先は邪精霊が出るかもしれないから気を付けよう」
「そういえば、クラーラ夫人が妙なことを言ってたわね。邪精霊が喜んでるとか」
「うん」
カピバラの言葉にうなずく。
ただ喜んでいるといっても、邪精霊への対処はそこまで難しいものでもないんだよね。
「基本的には『いたずらしないでください』ってお祈りとか供物をささげる形になる。それをしないと、雪玉をぶつけられたり突風を吹かせたりって嫌がらせをされる」
「なんかそれだけ聞くと可愛いわね」
「ただ、状況によるかな……。いかにも滑落しそうなときにやられたらヤバい」
「クライミングやってるときとかね……あ、でも雪がある状態じゃ無理か。指がもたないし」
ニッコウキスゲが笑いながら言った。
「うん。だから雪山のクライミングは特殊な装備が必要」
「やるの!? つーかできるの!?」
「まあ、この山ではアイスクライミングできそうなところはないから後の楽しみにとっておくとして」
「いずれやるの決定してるみたいで怖いんだけど」
「今回は雪山登山に慣れることと、邪精霊の対処として精霊魔法の初歩を使えるようになること。だからカピバラにも精霊魔法を覚えてもらった」
ただ、そこまでは普通の邪精霊についての対応だ。
人間と契約してくれるような協力的な邪精霊も存在していて、魔物とは違った意味で厄介な可能性がある。アクセルという少年の顔を思い出しながら、私は気を引き締めた。
「お、小屋が見えてきたぞ」
そんな雑談と打合せを兼ねたような会話をしながら歩いていくと、森が終わりに近づきつつある。
そしてツキノワの言葉通り、避難小屋が見えてきた。
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