帰省をしよう 3
みなさまのおかげで書籍1巻の発売が決定しました。
MFブックスにて9/25発売予定です。ありがとうございます!
久しぶりの実家のベッドだ。
ありがたいことに、昔の私の部屋は間取りを一切変えずに客間として利用しているらしく、私物が片付けられた以外はほとんど変わっていない。
伯父様曰く、「模様替えのような面倒な事はしていない」だそうだし、その言葉の四割くらいは本音だが、六割くらいは思いやりがある。
「いい風景でしょ」
「それは確かに思うわ」
私の部屋に遊びに来ているカピバラが、素直に頷いた。
窓から見えるのはシュガートライデントだ。
夏真っ盛りなのにまさに砂糖菓子のごとく真っ白い威容を見せている。
「子供の頃に登りたいとか思わなかったの?」
「ふもとを歩くくらいはした。いつでも雪合戦できたし、かまくらも作った。スキーもできるから避暑地としては最高」
「聖地でそんなことやってるわけ?」
呆れ気味にカピバラが質問してきた。
「邪精霊が現れない狭い範囲の話。けっこう人気の観光スポットだし大事な商売」
「へぇー」
「あの仏頂面の伯父様も、大貴族とお金持ちにはすごいサービス精神旺盛になる。BBQしながら歌とか歌ったり楽器弾いたりする」
「ウッソでしょ」
「仕事は真面目にやるタイプ。インストラクターやツアーガイドとしてやたら人気がある」
王族からご指名で案内人になることもあるらしい。
もっとも、そういうプロのガイドだからこそ巡礼者に対しては厳しい。
遊びで来る分にはもてなしてくれるが、仕事として山頂を目指す人には「本当にできるのか」、「計画は万全か」としっかりと突き詰める。
「書類仕事にもうるさそうだしね」
「うん。計画書を書かなきゃ」
伯父様は、無殺生攻略で実力を示すと言った私たちに首を横に振った。
無茶な挑戦をして偶然成功しても意味がない。
まず山を登る前に、登れるのだと証明してみせろと言ってきた。
つまり伯父様は、私たちに巡礼計画書を書かせて審査をするつもりであった。
人数、装備、スケジュールやルートと言った基本的なことのみならず、魔物や邪精霊に対する知識が十分か否か、装備が書類と一致しているかなど、他の巡礼者協会よりも一段上のレベルのチェックが入る。
もちろんチェックするのは伯父様である。
伯父様は料理対決をしたりギャンブルやテーブルゲームをして世界の命運を決める系の悪役ではなく、普通にお役人仕草を習得しているので、私たちとしてもまっとうに対応しなければならない。
「カピバラ、準備できてる?」
「道具の方は問題ない……っていうか、もう実践で試すしかない段階よ。あとはあんたが責任もって計画書を書いてよね」
「もちろん。魔法の方は?」
「精霊魔法も大丈夫」
今回用意したのは、寒冷地対応の靴や服だけではない。
カピバラにも、基礎的な精霊魔法を習得してもらった。
といってもすでにカピバラは回復魔法が使えるので、より難易度の低い精霊魔法を習得するのはさほど難しくはなかったが。
「雪崩とかは起きないから大丈夫だろうけど、それでも仲間を見失ったときや遭難したときは、精霊に頼んで救助や合流の手筈を付ける。山を登るなら覚えていて損はないスキル」
「まあ……覚えておいてよかったとは思うわ。でもなんだかあんたの思い通り登山者になってる感じがして釈然としないけど」
「まさか。そんなことはない。偶然偶然」
「言っとくけどわたしはあくまで付き添いでバックアップだからね。入山するまでは付いていくけど、そこでこれ無理だって感じたら、私はここに帰ってぬくぬくしてるわよ」
「うん。無理はしないことが大事」
と、そんなときドアがノックされた。
「どうぞ」
「カプレーさん、夕餉の支度ができましたよ」
ドアを開けて入ってきたのは、青髪で怜悧な佇まいをした美人だ。
「伯母様。お久しぶりです」
伯父様の奥さんの、クラーラさんだ。
まるで雪女のような不思議な気配の女性である。
伯父様より一回りほど年下のはずだが、それでも若い。
子供が三人いるが、本当なのか疑ってしまうほどだ。
「カプレーさんも元気そうで何よりです。ご友人も、どうぞごゆっくり」
あまり表情の変化がないので歓迎されていないのかなと思ったこともあるが、別にそんなこともないようだ。この部屋を管理していたのも伯母様のようだった。
この屋敷にメイドや執事がいないわけではないが、実は私たち以外に観光客が何組か来ていてそちらの応対に追われている。わざわざ私に挨拶してくれたのだ。
「ここの料理は美味しいから楽しみです」
「いつも通りです。大したことはありません」
「いつも通りだから嬉しいんです」
「そうですね。ここはあなたの実家なのですから、気を遣わせるかも、などと思わず雑に帰ってくればいいのです。ちゃんと手紙をよこしたのですから、あなたは一族の中では遥かに良識枠です。子供らも見習ってほしいものです」
伯母様が私を誉めつつ、子供の愚痴を言う。
伯母様の子供、つまり私の従兄弟たちは三人とも男子で、皆、自由奔放で、ザ・ダンスィな性格をして大変手を焼いていた。そのせいか、私に対しては妙に好感度が高かった気がする。
その口ぶりからして今も彼らの性格は変わっていなさそうだ。懐かしい。
「あんたが良識枠ってどういうことなの」
「おじいちゃんを筆頭に、なんかみんな偏屈者なところあるんだよね」
「う、うん」
あんたこそ偏屈では、というカピバラの視線はスルーする。
雑談もそこそこに、クラーラ伯母様が私たちを食堂に案内する。
食堂までの廊下を歩いてる最中、伯母様は唐突に妙な話を始めた。
「ところで、シュガートライデントを登るそうですね」
「はい」
「……邪精霊が喜んでいるように感じます。気を付けなさい」
「喜ぶ?」
荒ぶってるとか怒ってるとかじゃなくて、喜んでいるから気を付けろ、と言われるのは初めてだ。
「夫から説明があるでしょうけれど、山の精霊の中には、悪ではないが邪な者がいます」
「ええと、邪精霊は人間の命を尊重していないとか、生死の感覚がわからないとか、そういうものだとは聞きました」
「概ねそれで合っています。悪をなそうとはしないが、正しくはない、ということです。そして邪精霊に気に入られたものは、正しくはない加護を得ることもある」
その言葉に、私は大鬼山の山頂で出会った少年と、その隣にいた精霊を思い出す。
正しくはない加護。
まさにその言葉通りだと思った。
「伯母様。シュガートライデントの邪精霊と契約した少年に、心当たりはありますか?」
「……それが誰なのか、という話としてはまったく知りません」
「そうでない話ならば知っている、と聞こえるのですが」
「私たちの目を盗んで山に入った者は時折現れますので。許可を得ずに修行や魔法の研究をしようとする者や、いたずら気分で入る者など、様々です。山は広いので、管理するにも限界がありますから」
ふぅ、と伯母様がため息を吐く。
「……仕事の愚痴など、久しぶりに帰った子にするものではありませんね。ごめんなさい」
「いえ、教えてくれてありがとうございます」
「そうですか。ではもう少しだけ注意を」
「注意?」
伯母様が、唐突に足を止めて私たちの方を振り返った。
「邪精霊も恐ろしいのは確かですが、本当に恐ろしいのは自然そのものです。寒さであり、雪であり、気候であり、山そのもの。その恐怖を忘れなければ大丈夫です」
「聖地でも、ですか?」
「聖地でも、です」
シュガートライデントとは聖なる魔力に満ち、夏でも白く美しい姿を保っている。
それは一つの安全を意味している。
天候が変化しにくく、雪崩が起きにくい。
そうでなくてもシュガートライデントは傾斜が緩い。
雪崩には、「この斜度であればまず発生しない」、「この斜度の範囲であれば要注意」という地形要因がある。地形に恵まれているここは、雪山レベル1の入門編と言える場所なのだ。
「わかりました」
私は伯母様の言葉に、しっかりと頷いた。
地球人だった記憶が伯母様の警告を心に刻みつけろと言ってくる。
決して軽んじてはいけないと。
それでもなお、私たちは甘かった。
私は心のどこかで油断していた。
ツキノワも、そしてニッコウキスゲも、「これだけの装備と知識があれば問題ない」と高を括っていた。
自然の猛威を甘く見ていた私たちを救ったのは他の誰でもない。
ただ一人、カピバラであった。
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