帰省をしよう 1
王都から北、馬車で一日ほど進んだあたりにアルスナー地方と呼ばれる土地がある。
やや寒冷な気候で、雨に乏しく空気は乾燥しているが、山からの雪解け水があるのでそこまで水に困ってはいない。
果物や葉物野菜はそこそこ育つが穀物はあんまり育たないために少々貧しい土地だ。でもりんごやベリー系の果物は文句なしに美味しい。
また、食べ物以外にも特徴はある。山や温泉があって保養の名目で来たり、魔物ではない鳥や獣がいて狩猟趣味の貴族が来ることもあるのだ。というか主要作物があんまりとれないここでは、観光はそこそこ大事なお仕事の一つでもある。
そんな地方の一部、クイントゥス領の領主館……つまり私の実家を目指して、我らオコジョ隊は馬車の旅をしていた。
「うーん……長閑だな……平和というか」
ツキノワがあくびをしながら馬車からの光景を眺める。
「うん。シンプルに田舎」
「それは言わないようにしてたんだが」
周りは畑、そしてその奥には山があるという、ノスタルジーを感じさせる光景だ。
日本の明治時代あたりの田舎とあまり変わりはないだろう。
違うものがあるとするなら、服装、魔法文明と電気文明、建物の建築様式などなどの人の営みに類するものだ。
だが自然の風景としては本当にソックリだ。
東北新幹線とか長野新幹線の車窓から見える感じのやつ。
「でも、あの山があるじゃない。すごい目立つわよ」
カピバラが馬車の外の、とある山を指さす。
そこは真夏にも関わらず、気高さや恐怖を感じるほどに白い。
シュガートライデントだ。
「残雪がゼブラ模様になってる山はよくあるが……ここまで真っ白いのは天魔峰とここくらいだな。こんなところ、本当に攻略できるのか?」
「基本的には魔法頼りだけど、共通してる点がある。速攻」
シュガートライデントは山に宿る魔力によって雪に閉ざされた過酷な環境だ。
寒さで体をおかしくする前に、最短で巡礼を終わらせるのがもっとも合理的である。
「アローグスは飛翔魔法で、麓から飛び立って数十分で終わらせた。オリーブも、仲間の魔法使いに体温を維持する魔法を掛けてもらって三回のチャレンジで成功させた」
ちなみに二回はルートを間違えて、雪の中に埋もれたり雪庇を踏み抜いたりしたらしい。なんでそれで生還できてるんだろう。
「他の聖者は?」
「ここは例外的なポジションだからスルーしてる人も多い。得意な魔法やスキルと噛み合わない人はけっこう多いと思う」
「あー……それもそうか」
「ここを攻略しようとするのは、相当な物好き」
「オコジョみたいにな」
「オコジョみたいにね」
ツキノワとカピバラが微妙にハモった。
多分、御者をしているニッコウキスゲも同じ事を言うだろう。
「ふふん。物好きの血筋だからね」
「しかし、お前が堕天のアローグスの孫とはなぁ……いや、言われてみれば納得しかないんだが……」
ツキノワがしみじみと語る。
この話を切り出したときはみんな驚いたが、5秒ぐらいで驚きは去って、「いや、すげえしっくりくる」「何の違和感もない」「あたしもオコジョが聖者になるならアローグスっぽいタイプだとは思ってた」と口々に言った。なんだか失礼な気配を感じた。
「まあ私も、アローグスおじいちゃんのことはママの愚痴と伝説でしか知らないんだけどね。おじいちゃん譲りの魔法とかもないし、あんまり期待されても困るから黙ってた。あと遺言でみだりに話すなとも言われてたし」
「なるほどな。それは正解だと思うぜ」
「でも、愚痴と伝説でしかアローグスを知らないってことは、実家に何かあるとは限らないんじゃないの?」
カピバラの質問に、私は首を横に振った。
「実は……実家には書庫がある。大昔の巡礼者の伝記とか。あと道具とかも多分眠ってる。子供の頃にそこに忍び込んで怒られたりもした」
「そこであんたは意味不明な道具とかを知ったわけね」
カピバラが呆れ気味に笑う。
この世界の山についての知識についてはその通りだ。
ちょっとマイナーな話とかも知ってる。
技術的な部分はほぼ前世の知識だけど。
「さて、もう少しでお屋敷に付く。ニッコウキスゲ、御者変わるよ。細かい道を説明するより私がやる方が早い」
「御令嬢が実家に帰るってのに自分で御者をするご令嬢がいるわけないだろ!」
馬車の窓からニッコウキスゲに語りかけると、なんか怒られた。
「大丈夫。ウチはそういうの気にしないから」
「あんたに負けず劣らず、変なお家柄だねぇ……でもダメ」
ニッコウキスゲは案外こういうところにうるさいが、頼りになるのも事実だ。
私はニッコウキスゲに御者を任せ、道案内をしながら旅を楽しんだ。
◆
懐かしの故郷の実家は、あんまり変わってなかった。
涼しげな森に古めかしい煉瓦作りのお屋敷がぽつんと建っていて、よく言えばお洒落なペンションのようでもあり、悪く言えば幽霊屋敷のようにも見える。
実際、ペンションのようなこともしている。他の領地から来た賓客をもてなせる宿などここくらいしかない。貴族のみならず、旅の神官とか、キャラバンの偉い人とかを泊めることもよくある。
「さて、どうしたものか。きみたちは客として来たのか、それとも我が姪が出戻ってきて、それに付き添ってきた従者として来たのか。後者なら助かる。ここはいつも人手不足でね」
謹厳実直な公務員といった風情のオールバックのおじさんが、私の叔父だ。
伯爵とは真逆の雰囲気と言っていいだろう。
この人の執務室で対面で話していると、なんだか赤点を取って教師に叱られてるときを思い出す。
「滞在費は支払うので、客と言うことでお願いします」
「冗談だ。しばらく顔を見ていなかった姪が仲間を連れてきたのだ。遠慮せず寛ぎなさい。私はこの子の叔父で、ダリル=クイントゥス。よろしく頼むよ」
けど実際は話のわかるよい人である。
自分が仏頂面であることを利用して、真顔で冗談を口にする。
叔父様の言葉に皆の緊張もほぐれたことだろう。
なんとなく「オコジョの親戚だ」という呆れ気味の納得感が共有されている気がするが、それは無視することにする。
「ところで叔父様。手紙でお伝えした通り、婚約を破棄することとなりました」
「うむ」
うむ、ではなく、もうちょっと何か言ってほしい。
「……えーと、お叱りとか、そういうのないんでしょうか」
「幼い頃に親が交わした約束を律儀に守る必要もない。状況が変われば意思も変わる。エルクもサーシャさんも、それを聞いたところで怒りはしないだろう。代書人や弁護人は必要か?」
「いえ、大丈夫そうです」
「そうか。ならいい」
気の重い報告だが、サクっと終わりそうだ。
私は内心で安堵した。
この人は他人の自由を尊重してくれる得がたい気質の持ち主だが、お小言くらいは覚悟していた。
だがシンプルに私の身だけを心配してくれているので嬉しい。
「怒っているとすればお前が墓前で宣言もせずに巡礼者になったこと、そして恐らくは秘密を他人に打ち明けたことだ」
うっ。
そこを突かれると弱い。
「それは……ごめんなさい」
すべてを見通しているような叔父には、ひたすら謝る他はない。
「なるな、とは言わない。だがサーシャさんは、『あの子はいずれ巡礼者になりそうな気がするが、父のようにはならないでほしい』とも言っていた」
「そ、そうだったんですか」
巡礼者になりそうな気がすると言われていたのは初耳だ。
母は、そして父も、私のことをよく理解していたのだ。
「だが、父のように……というのはどういうことなのだろうな。精神性の問題なのか、それとも遭難死という結果の問題なのか。悩ましいところだな。カプレーはどう思う?」
伯父様が私に重い質問を投げかけた。
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