帰省の準備をしよう 2
次回は7/23頃です
ついつい忘れがちになるが、私の婚約者を奪ったのはカピバラなのだ。
諸々の問題がまるっと解決済みのような気がしていたが、婚約とは家同士の約束なので当人たちで「別れました」で済ませていいものではない。まあ、私の親戚は良くも悪くも放任主義なのでこれといって怒られないとは思うけど。
「そこは、なんとか上手く誤魔化すとして……」
「なんとか上手く誤魔化せるもんなの!?」
「大丈夫、大丈夫。そんなことより、実家にある資料を探したい。火竜山を攻略するなら、調べる価値はある」
「なんでそこであんたのママが……って」
カピバラが途中まで言いかけて口を噤んだ。
私の出生の秘密を思い出したのだろう。
「ちなみにシュガートライデントにも近いから、そこをアタックするための拠点にとしても使える」
「行くの確定ってわけね……はぁ」
カピバラが諦めたようにため息を漏らした。
「雪山を攻める以上、道具をメンテできる人には付いてきてほしい」
「オコジョ様、その、もう少しお手柔らかに」
クライドおじいさんが困った表情を浮かべる。
しまった、ちょっと熱くなりすぎてしまった。
「あー、ごめん。無理にとは言わない」
「別に行くのが嫌だってわけじゃないわよ……それに、あんたの言うことは正直、気になるし」
「そういえば出身など聞いておらんかったな。おぬし、もしかして高名な巡礼者の娘なのか?」
「オコジョ様ほどの技術があるならば不思議ではありませんね。むしろ納得するところです」
伯爵とクライドさんが興味深そうにしている。
この手の質問、私は今まではぐらかすか、父親の方の出自を語っていた。
父親はごく普通の……というのも変だが、さして珍しくもない地方領主で、怪しいことなど何もない。
流行病で他界した後は父の弟、つまり私の叔父が継いでいる。このときは親族トラブルや遺産相続バトルなどもなかった。叔父はむしろ「領主の仕事を継ぐのは辛いけどしょうがない」みたいな諦めの境地であり、つまるところいい人だ。
問題は、母の方だ。
「二人には話す。けど、オコジョ隊の二人も呼んで改めて説明したい」
「……何やら訳ありのようじゃな。ならば仕切り直すか。ここでは少々うるさいし声も漏れる。おぬしの他の仲間を連れて屋敷に来い」
伯爵が自分の髭をいじりながら提案してくれた。
「いいの、伯爵?」
「構わん。それにカメレオンジャケットの話が終わってないじゃろう。アレも大っぴらに話したくはないしの。おぬしもそのつもりだったんじゃろう?」
「……大体合ってる」
「ちょっと忘れておったな?」
というわけで、伯爵のお屋敷で仕切り直すこととなった。
◆
コルベット伯爵の屋敷の書斎にオコジョ隊の面々が集まった。
ニッコウキスゲもツキノワも微妙に緊張の表情を浮かべている。
というか、ちょっと引きつっている。
そういえば伯爵がフランクすぎて意識せずに済んでいるが、一番身分が高い。私やカピバラのような貴族の娘とかではなく、現役の貴族の家の当主なのだ。今までとはレベルが違う。
「おぬしらがスライム山や大鬼山を攻略した面子か。どうじゃった?」
「あ、ええ、その、ドライレイヤーは素晴らしい出来でした。まるで風を着ているようなエアリーな感触が……」
「カメレオンジャケットは、えっと、凄かったです」
ツキノワがよくわからない詩的な表現でドライレイヤーを褒め称えた。
ニッコウキスゲは逆に語彙力を無くして、ストレートに褒めるしかなかったようだ。
「あー……堅苦しい。ちょっと遠慮を捨てろ。茶も飲め。茶菓子も食っとけ」
相変わらず顔色の悪いメイドが無愛想にお茶を淹れて各自の席に置いていく。お茶菓子も用意してくれた。
ここは一見おどろおどろしいが、雰囲気に慣れるとリラックスできるんだよね。
初見で怖がらせるのはそういう芸風なのかと思ってしまう。
「そうそう。ここのメイドさんの焼き菓子、めっちゃ美味しいよ」
「オコジョを見習え……いや、見習わなくていい。こやつ、伯爵の儂に初対面でグッジョブと言ったんじゃぞ。菓子も遠慮無くバリバリ食うし」
「あれは私の住んでた地方の方言で、素晴らしい仕事の意です」
「嘘つけ! どうせ異国の伝来語とか流行語じゃろうが!」
コルベット伯爵が、やれやれと肩をすくめる。
私とは違った意味で貴族っぽくないなぁ、この人。
「それに注文もうるさいしの。クライドの作った靴にあれだけ注文できるのはおぬしくらいのものじゃ」
「ではお言葉に甘えて、伯爵。カメレオンジャケットの良いところと悪いところを話す」
私は、カメレオンジャケットを着て起きた事を話した。
想像以上に気配を隠す機能が上手くいったこと、そのためにクマと不意に遭遇してしまったことの顛末について話すと、伯爵は悩ましげな表情を浮かべた。
「……うーむ、ジャケットの機能としてその対処は難しいの。別の魔道具やスキルでなんとかせい。というかベアバスターでなんとかなったじゃろうが」
「でもクマはそこらの魔物なんかより遥かに強い。ベアバスターは魔物の強弱に関わらず通用する最高の武器だけど、これを使う事態に陥らないことが私にとって最善」
「ま、それはそうじゃろう」
「精霊魔法のスキルを磨いたりしてなんとかしようと思ってるけど……手応えを得られるまでは無殺生攻略は難しいかな。ゴメン」
伯爵が、ほらこいつの顔を見ろとばかりにニッコウキスゲとツキノワを促した。
「こういうやつじゃ。支援してもらっておいて、態度がデカい」
「それは確かにそうだ」
「共感しちゃう」
「ほんとそう」
なぜか伯爵がドヤ顔している。
それにツキノワとニッコウキスゲとカピバラがうんうん頷いている。
ついでにクライドおじいさんもちょっと笑っている。それが一番ショックだ。
「……が、大事なことじゃ。命を張る仕事ならばこそ、どんなに偉いやつに対しても率直に真実は告げねばならん」
「なのに伯爵は私にぶーぶー文句を言う」
「納得すれども腹が立つものは立つ。当たり前じゃろう」
その言葉に、ツキノワとニッコウキスゲが笑った。
「いやまったく。同感だ」
「うちのリーダーが本当、ごめんなさい」
「なんか保護者顔されてる……!」
みんながくすくす笑っている。
お茶を淹れてくれたメイドさんもにやっと口元に微笑みを浮かべた。
だが、おかげで場が温まった。
恐らく伯爵は、私が何か真面目な話をするものと察して場を和ませてくれたのだろう。
なんだか若い恋人とかいるらしいけど、確かにモテそうだ。
「実際、ベアバスターは凄えよ。嗅覚の鋭い魔物であればあるほど利く。冒険者なら喉から手が出るほどほしい。つーか俺たちの分も用意してほしい」
「ほほう。そうかそうか……失敗したら虫退治に特化させて殺虫剤にして売ろうかと思ったが、存外に金になりそうじゃの」
「旦那様、ネズミと虫の駆除は需要があるので後回しにされては困ります。下着を愛用するマダムたちから頼まれているのですから」
顔色の悪いメイドが珍しく自己主張してきた。
ていうかあみあみ下着を愛用してる人、結構いるんだ……。
「おほん。そろそろ本題を話したい」
「うむ。ベアバスターの話はまたあとでな」
「近場の山を無殺生攻略していくつもりだったけど計画変更。攻略目標は火竜山」
私の宣言に、皆の表情が引き締まる。
「で、ここまではみんなすでに知ってると思うけど……その準備と訓練の一環としてシュガートライデントを攻略したい」
「シュガートライデント? もしかして、大鬼山にいた雪の邪精霊を調べたいのか?」
ツキノワが意外そうな表情を浮かべた。
こういう話の展開は想像していなかったようだ。
「そっちも気になるけど、目的は別。一つは冬仕様の靴や装備のテストをすること。焔王の攻略において、なぜかみんな冬を想定してる。ここでの訓練や装備の完成度を上げることは、決して無駄にならないと思う」
「うむ。頼んだぞ。靴以外も色々と用意しておくから、感謝して使うように」
伯爵が鷹揚に頷く。
「グッジョブ伯爵。それで……次に話す内容は、極秘でお願い」
私が言うと、皆、黙って私の話に耳を傾けた。
いつもとちょっと違う雰囲気を感じ取ったようだ。
「シュガートライデントの麓には、堕天のアローグスの生まれ育った村がある。そこに行きたい」
「……前回、焔王を封印したのはアローグスだったっけ。しかしずいぶん懐かしい名前が出てきたもんだ。よく知ってたな?」
ツキノワはどうやらアローグスについてある程度知識があるようだ。
巡礼者や冒険者ならば、一度は耳にしたことはあるのだろう。
今でこそ彼は「堕天」という不名誉な二つ名が付いているが、オリーブのように伝説を築いた偉人であることも事実なのだから。
「もちろん。私のおじいちゃんだから」
私の言葉に、カピバラ以外の全員が驚愕した。
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