帰省の準備をしよう
次回は7/16くらいです
大鬼山を降りてから寄り道せず王都に戻り、冒険者ギルドで臨時パーティー解散となった。
アスガードさんもシャーロットちゃんも得るものが多かったようで、「また登ろう」と言ってくれた。
社交辞令ではないと思う。多分。
その証拠に、「何か珍しい靴ができたらいつでも人柱にしてくれ」と言ってくれた。
靴のモニターは今後も応募が殺到しそうだ。
そしてツキノワとニッコウキスゲとも別れて、私は一人でカピバラの工房に向かった。カピバラは靴作りのデスマーチになるかも、みたいなことを冗談交じりに語っていたが、どうやら見通しが甘かったことを悟った。
すでにデスマーチになっていた。
「おかえりって言いたいところだけど、見ての通り忙しいのよ。ていうか手伝って」
工房に行くと、カピバラがドタバタと忙しそうに帳面をつけていた。
クライドおじいさんが足の木型を調整していたり、その他見慣れない職人たちが縫製をしたり革に穴を開けたり、ソールの形状を彫り込んでいたり、皆、黙々と仕事をしていた。
いや、黙々と仕事をしていない人もいる。コルベット伯爵だ。
優雅にコーヒーを飲みながら手紙を読んでいる。
「おう、オコジョか。その様子だと無事に巡礼を済ませたようじゃな」
「ども、伯爵。何読んでるんです? ラブレター?」
「こんな風情のない便せんで愛を綴られてもな。傷つけないようお断りのお返事を出しておいてもらえるか?」
封蝋には仰々しい紋章のスタンプが押されていたようだが、紙には装飾の類は一切無い。
そして伯爵が見せてくれた内容は、紙よりも更に風情のない内容であった。
「騎士用の靴三○足、防寒具兼雨具三○○着、用意されたし……命令書?」
「注文書じゃよ。騎士団からの命令書という形じゃが、実際のところ悪くない報酬も出る。気位の高い書き方が気に入らぬが」
「なるほど……それで人を雇って大量生産と」
「他にもオコジョ様とお嬢様のご活躍を知った冒険者や巡礼者の方々からも注文が殺到してしまいまして……。嬉しい悲鳴というやつです」
クライドおじいさんが額の汗を拭きながら答えた。
疲労の色は見えるが、それでもどこか楽しげな雰囲気がある。
「皆さん、手は止めなくてよいので耳だけ貸してください。彼女がマーガレット様の共同経営者のカプレー様です。マーガレット様の作った靴を履いて、サイクロプス峠やスライム山の無殺生攻略を成し遂げてくれました」
クライドおじいさんの言葉で、職人たちの目が変わった。「誰だこいつ」的な訝しげな目線は消え、驚愕の色を帯びている。私の存在は知っていても、その素顔がこんなだとは思ってなかったのだろう。多分、私の噂話には尾ひれがたくさんついている。
「出資とかしてないけど、共同経営者ってことでいいのかな」
「ていうかあんたが独立しろって言ったんじゃないの。あんた今更降りるとか言ったら怒るわよ」
カピバラからの文句に、それもそうだと頷く。
「ごめんごめん。忘れてない」
「怪しいもんだわ」
「その証拠に、大鬼山を攻略して靴のレビューを聞いておいた。概ね好評」
アスガードさんとシャーロットちゃんには忌憚なく靴の感想を述べてもらった。
流石に二人ともプロなので、変なおためごかしはない。
「概ね、ってことはそうではない部分もあるってこと?」
「うん。例えば猛ダッシュしたときの汗の抜けにくさとか」
登山靴は防水性と透湿性を持っている。外側からの水には強く、内側からの水は抜けていく。だがそれはあくまで常識的な水分量での話だ。
水の中にざぶざぶ足を突っ込んだり、あるいはめちゃめちゃ走りまくって尋常じゃない汗の量が出たりすれば水分は靴に溜まっていく。となると防水性がなく、とにかく水の抜けが早い靴のほうが快適だったりする。そのため、あえて防水性をもたないトレイルランニングシューズなども存在している。
「……そっか。防水じゃない方がいい状況もあるのね」
「まあ、防水性能がある方が万人向きとは思う。寒い環境で使うとなると防水性の重要度は上がるし」
カピバラが私の言葉にうーんと悩んでいる。
なんだろう。新商品の開発でも考えているのだろうか。
「何か珍しい依頼でもあった?」
「オコジョ様が履いているようなトレッキングシューズの発注ですので、特に悩む必要はないのですが……ただ使用条件や環境が異なるかもしれません。ですので、一度オコジョ様と相談しておきたかったのです」
「……もしかして、竜の巣?」
私の質問に、クライドおじいさんの表情が厳しくなった。
「どうやらオコジョ様もご存知のようですね。少し込み入った話になりそうですし、どうぞ奥へ」
◆
工房の奥に用意された会議室に私、カピバラ、クライドお祖父さん、そしてコルベット伯爵の四人が入った。
会議室といってもテーブルが置かれてるだけで、休憩室と兼用の雑多な部屋のようだが。
「やはり巡礼者界隈にも知れ渡っているようですね……」
私はシャーロットちゃん情報漏洩してごめんねと頭の中で詫びつつ、焔王復活の兆しについて話した。
こちらの話に三人とも驚きもせず、さもありなんと頷いていた。
「みんな知ってた感じだね」
「騎士団の幹部級には知れ渡っておるよ」
「もうすでに焔王討伐を見据えた訓練の準備が始まっています。旦那様も頭を悩ませているようで」
伯爵はともかく、クライドおじいさんは家から縁切りされた割に情報通だ。
もっともこのお人柄だし、親しい人も多いのだろう。
工房で働いていた職人たちも、なんだかクライドさんに敬意を払っている様子だった。
「じゃあ山歩きができて、激しい戦闘にも耐えられる靴がほしいってところかな」
「それも含めて、武器防具以外の装備全般に困っているようです。……それに、少々不可解な条件も付きました」
「不可解な条件?」
「雪に耐えられるものができるか、と聞かれたのです」
「冬に焔王と戦うとかを考えてるのかな」
私の言葉に、クライドおじいさんは首を横に振った。
「確かに焔王の弱点は雪や寒さですが、火竜山に冬は訪れません。少なくとも焔王が目覚めているときは彼の者の加護によって雪が雨となるのです。だというのに雪を想定しています」
「じゃあ……魔法の力で無理やり雪を降らせるとか?」
「できなくはないでしょうが……それが実現できるとしたらまさに大魔法ですよ。百年に一人の天才が、命を賭して実現できるかどうか」
あんまり聞きたくない言葉が出てきた。
大鬼山であった少年を思い出してしまう。
「どうしたの、オコジョ?」
「ん、なんでもない」
「珍しく機嫌悪そうだったし」
心配されてしまった。
どちらかというと、私は赤の他人の命を心配しているのだけど。
「なんでもない。ちょっと嫌な想像してた。……それより、雪対策ってできそう? もしそういう靴ができるなら、私も履いてみたい」
クライドおじいさんが、にやっと笑った。
いつもの穏やかな微笑ではない。
いたずらっ子のような、少年のような笑みだ。
「状況は深刻なのでこのような気分になるのは少々不謹慎なのですが……よいものができました」
「スライム山にいた熱スライムがおったじゃろう。あれを保温材にして、おぬしの考案した靴を組み合わせてみたら、かなりの防寒性能になった。雪で滑らないよう靴底にも工夫をこらしていてな」
伯爵も同じようにホクホクした顔を浮かべて一足の靴を持ってきた。
私が愛用している登山靴よりもがっしりした作りだ。
履きたい。
めちゃめちゃ履きたい。
「すごい。最高」
「寒さ対策って、おじさまも伯爵もずっと考えてたみたいなの。まったく忙しいのにこんなの作っちゃってて。でもあんたがそんな顔するなら正解だったみたいね」
「何を言う、おぬしこそ楽しそうに作っておったじゃろうが。色々とパーツをつけられるように踵やつま先を改造しておったし」
「そ、それはオコジョが何か言ってたからよ。爪をつけられるようにするとか」
「そう。固くなった雪や氷に突き刺して滑落しないようにすれば、雪山登山で便利」
「高位の巡礼者は金属製の爪をつけると聞いたことがありますが……最初からそれを想定した靴を作ることになるとは思ってもみませんでしたよ」
現代における雪山登山の必須装備がアイゼンやクランポンという爪だ。
靴に装着して地面に突き刺して滑落を防ぐ。
あるいは現代でなくても、江戸時代においても金かんじきという足に装着する鉄の爪は存在していた。この世界においても似たような概念のものはあるのだろう。
「……でもこれ、ガチの雪山用であって、『ちょっとうすら寒い』って程度の山だとオーバースペックの気がするんだけど」
「それはそうじゃな。もう少し機能を落として小回りが利くようにしたほうが使いやすかろう。じゃがせっかくの予算が出たんじゃ。遠慮せずにオンリーワンのものを作っておけばいい宣伝文句にもなるというものじゃ」
「じゃ、いい感じの山に登ってみないとね……」
「行く気か? 危険じゃぞ?」
伯爵が私をおもしれー女目線で見てくる。
私がどこで何をするつもりなのか、お見通しのようだ。
「こんな靴を見せておいて、行くなとか言うのはナシでしょ」
私もにやっと笑いながら言い返す。
「そう来ると思っておったよ」
「でも今は真夏でしょ? 雪なんてそれこそ天魔峰とかしか残ってないんじゃ」
カピバラが首をひねる。
そこで伯爵が、ちっちっと人差し指を横に振った。
キザったらしい仕草だが妙に似合う。
「天魔峰は純粋に標高が高いから雪に閉ざされておる。じゃがそれ以外にも、魔力によって雪に閉ざされている山があるのじゃよ」
「へぇー……その土地の精霊とか魔物が悪さしてるのかしら?」
「その通り。雪の邪精霊が住まう山があるのじゃ。それは極光峰、氷菓峰、凍刃峰という3つの山で、すべて同じ山域に存在している。それらはまとめてシュガートライデントと呼ばれておる」
「実はそこ、私の両親の実家の近く。親戚に顔見せついでに行こうかなって。色々と調べ物とかあるし、婚約破棄の顛末も説明しなきゃだし」
「なんかすごい気まずい話が出てきたんだけど」
私の何気ない言葉に、カピバラが頭を抱えた。
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