大鬼山のボスに挑もう 1
次回は6/25頃です
火竜山を攻略するという大きな目標の前に、まず私たちがいる大鬼山を攻略しなければならない。そして大鬼山の攻略のためにはしっかり睡眠を取って早起きしなければいけない。千里の道も一歩より、だ。
「さぶっ」
山の早朝は冷える。
いつまでもテントの中で芋虫のごとくゴロゴロ転がっていたいところだが、山での行動は早め早めが基本だし、朝日が出た後は魔物の行動が少しばかり鈍る。貴重な時間は無駄にはできない。
というわけで、湯を沸かしてお茶と朝食の支度をして皆を起こす。
「はい、さっさと食べた食べた」
朝食も夕食と同じくご飯だ。
お米は昨日のうちに水に漬けておいたので、炊飯もさほど時間が掛からない。
「お、朝から米か。いいじゃないか」
アスガードさんは私と同じくらいに起きて荷物の整理を始めていた。
自分の分担を早々に終えて、調理風景を見て楽しむ余裕がある。流石ベテランだ。
続いてニッコウキスゲ、ツキノワ、シャーロットちゃんが三々五々と起き出し、朝の寒さに震えながらもテントの撤収準備を始めた。この調子なら朝食を食べてすぐに出発できそうだ。
「朝食はトウモロコシご飯、卵のピクルス、野菜のピクルス」
トウモロコシご飯には塩コショウで味を調えつつ、お好みで後乗せバターでこってり感を足してもらう。
ピクルスは瓶で保管してたので少々かさばったけど、美味しいので持ってきた。ウルトラライトを追求するハードな登山も悪くはないが、一泊二日くらいなら食の喜びを追求したいところだ。その甲斐あってか、皆、美味しそうに朝食を食べていた。
「トウモロコシの甘味が出て美味いな」
アスガードさんは素朴な味が好きなのか、ペミカンよりこちらの方が好きそうだ。
「玉子のピクルス美味しいですね……濃厚だけどお酢のえぐみはあんまり感じません」
シャーロットちゃんはもう一個ないですかと目で訴えている。
残念ながらないです。
街に帰ったらレシピを教えてあげよう。
「オコジョはなんかイメージと違ってかなり食事にこだわる方だよな」
「それはあたしも思った」
ツキノワの言葉に、ニッコウキスゲや他の仲間がうんうんと頷いている。
「失敬な。私は食にはこだわるタイプ。普通の登山案内だって完璧」
「そうは言うが、毎回連れていかれる巡礼が変な方向に極まりすぎてるんだよ。こういうオーソドックスな登山で堅実に案内人をこなすのって初めてじゃないか?」
ツキノワが冷静にツッコミを入れてくる。
「そ、そうだっけ?」
「そうだよ! クライミングとかトレイルランニングとか、難易度がおかしすぎるのさ!」
ニッコウキスゲの指摘に、私は確かにと頷いてしまった。
思い返せばツキノワとニッコウキスゲには相当な無茶をさせている。
なんだか二人のイメージの方が正しい気がしてきた。
「ほんとそう。アスガードもシャーロットも一回サイクロプス峠に行ってみるといいよ」
「噂の空中ベッドですか? あれ、流石に話が盛られてるんですよね。崖の近くでテント張ったのが、なぜかベッドが吊り下げられた話になったとか……」
「え? いや、魔法のロープで吊り下げたけど」
「あれは本当に凄かった。壁で寝るやつを見たのは初めてだ」
「あはは、まさかぁ。私を騙そうとしてますね?」
シャーロットちゃんは完全に冗談だと思い込んでいるようだ。
よし、次のチャレンジャーはきみに決めた。
「今度、壁登ろっか」
◆
朝食とテントの片付けを済ませ、私たちは山頂に向けて出発した。
山頂までの稜線、通称「剣落とし」は、今までよりも更に強いゴブリンたちが湧き出てくる。
鈍重だが高密度の筋肉に覆われてタフなゴブリンガーディアン。
火球を放つ魔法を使うゴブリンウィザード。
大斧を使って猛攻を仕掛けるゴブリンストライカー。
ここまで来て私にできることはあんまりないし、やることがあっても手出し厳禁だ。
巡礼者が殺生をしては祈りが無効となってしまう。
「喰らいなっ! 【風神剣】!」
ニッコウキスゲがなんかめちゃめちゃ格好良いモーションと共に呪文を詠唱した。
すると風の刃が生み出されて、ゴブリンたちをスパっと斬り裂いていく。
怯んだ隙にツキノワたちが畳みかける。
魔法を放つゴブリンマジシャンが仕返しとばかりに火球を放つが、野球のピッチャー返しのごとくシャーロットちゃんが槍を振るって弾き返した。そういうのやっていいんだ。
とりあえず私はカメレオンジャケットを発動して、邪魔にならないポジションを確保して静観している。がんばれーとか応援したいところではあるが、声を出して逆に妨害しかねないので心の中の応援だけに留めた。
そして、ものの10分ほどで戦闘は終わった。
怪我を負った仲間はいない。
ツキノワも、完全にゴブリンへの苦手意識を克服しているようだ。
まさにこちらの快勝だと言えるだろう。
「よし……これで残るはボスだけだな」
アスガードさんが剣を鞘に収めながら言った。
「ボスっていうと……ゴブリンキングだっけ」
「ああ。身の丈は普通のゴブリンの三倍くらいはある。まあサイクロプス峠を攻略したお前らには脅威に見えないだろうが、かといって油断できる相手でもない」
サイクロプスと戦ったわけではないんだけどね。
ニッコウキスゲが完璧にサイクロプスの攻撃を阻んでくれていたけど、それでもめちゃめちゃ怖かった。
「手伝わなくて大丈夫? 精霊召喚で攪乱するとかできなくはないけど」
「いや、止めとこう。あれを使うとオコジョ自身の注意が疎かになる。安全を確保できる場所だけで使う方が良い」
確かに、自分がオコジョに乗り移ってるときに襲われでもしたら避けようがない。
あくまで無理のない範囲で周囲に気を払う。
「わかった。戦闘は一切任せる」
「任せろ。これだけコンディションのいい状態でボスに挑めるなら負けんさ」
うーん、お世辞が上手い。
ナイスミドルのお褒めの言葉はガンに効く。
皆もアスガードさんの言葉に頷いており、対ゴブリンキングは何の問題無さそうだ。
「ゴブリンキングのところに行くまでも油断しないようにな。ゴブリンマジシャンが魔法で奇襲することもある。火属性の魔法を得意としてるから、熱や火の気配を感じたらすぐに伏せるんだ」
アスガードさんの注意に、私は神妙な顔で頷いた。
そして私たちは、ボスが待ち受けるであろう山頂への道を慎重に歩いて行く。
「ん? あれ?」
「どうしたオコジョ」
アスガードさんが尋ねた。
「炎の気配はないけど……その逆はどうしたらいいの?」
「逆?」
私は、いぶかしげな気持ちになりながら足下の感触を確かめた。
ぱりぱりという小気味よい音が響く。
「霜が降りてる。残雪期ならともかく、今の時期にしては……妙だね……?」
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