大鬼山を普通に攻略しよう 7
次回は5/14の予定です。
まっすぐな針葉樹が、まるで城や神殿の回廊のように静謐な空間を作り出している。
その回廊の奥に、一匹のゴブリンがいた。
いや、剣を携えて静かに待ち構えている存在を「匹」と数えてよいのか迷うところではある。そんなことを思わずにはいられない風格を、目の前の魔物は備えていた。正確にはゴブリン・ソードマンという、普通のゴブリンよりも上位の存在なのだそうだ。
そして今、私たちを代表するかのようにツキノワが一歩前に出ていた。
奇しくも、宮本武蔵と佐々木小次郎が対峙しているかのような場面に、見ている私も緊張している。
「ああ、もう、じれったい……!」
「どうどう、落ち着いてニッコウキスゲ」
「わかってるけどさぁ……!」
そして声を潜めていても、隣で隠れているニッコウキスゲの焦りが伝わってくる。
ていうか私や本人よりもニッコウキスゲが一番わたわたしている。
「わかってる。あたしもわかってるさ。あいつは別に、この山での失敗にくよくよ悩んでたりしてないよ。でもあいつを、『大鬼山で失敗したやつ』、『勇者と同じように逃げ帰った』って馬鹿にするやつはいたんだ……あいつにできて他の冒険者にできないこと、たくさんあるのに」
「うん。わかるよ」
「だから、もしまだ気に病んでたらどうしようって」
「ニッコウキスゲは、ずっとツキノワのこと、気にかけてたんだね」
私の言葉に、ニッコウキスゲが少し恥ずかしそうに俯いた。
「……あたしが騎士団をやめて冒険者になったとき、パーティー組むの全然上手く行かなくってさ」
「え、そうなの?」
ちょっと驚いた。
確かにニッコウキスゲはクールな印象こそあるが、実力は本物だ。
頼る人は少なくないと勝手に思っていた。
「騎士団を辞めて冒険者になるやつ、ちょっと浮くんだよ」
「あー」
騎士とは、半分公務員で半分民間の軍人のようなものだ。
入団試験をクリアすればそれまでの身分を問わず、騎士としての待遇が与えられる。仕事はつらいし規則は厳格だが、報酬は高く、福利厚生も充実している。金に困らない者であっても、そこでしか得られない名誉がある。庶民、貴族問わず、憧れの職業の一つである。
そんな社会から抜け出してより不安定な待遇の冒険者になる人物が、好奇の目で見られる。確かにそれは自然なことなのかもしれない。
「ナンパしてくるやつもいたし、厄介者扱いしてくるやつもいた。けど、普通に声を掛けてくれたのがツキノワだったんだ。腕に覚えがあるなら手伝ってくれよって」
「うん」
「あたしも、あいつの力になったことは多いし助けてやったよ。けど巡礼者との付き合い方とか、冒険者の考え方とか、遠出するときの一人旅のコツとか……騎士の身分だとわからないことを根気よく教えてくれたからさ。別に、あいつに苦手なことがあったって、それはそれであたしは気にしないし……」
珍しく歯切れの悪いニッコウキスゲに、微笑ましさを感じる。
いつもならば堂々としてて弱気な姿など見せない彼女を見て、今日は私が励ます番だと悟った。
「でも、逆に言えば苦手を克服したって、ツキノワはツキノワだよ。何かが失われるわけじゃない」
「そうだけど……なんかちょっと変わったんだよ。いい方向に。訓練にも熱心になったし、ゴブリンが苦手だってのもそこまで恥ずかしがってなかったのに、今回の巡礼にも着いてきたし。なんか……テキトーにやろうぜって感じが減ったっていうか」
「いや、そういう風にけしかけてたのニッコウキスゲじゃ……」
「そ、そうだけど……いざそうなってみると、逆に置いてかれそうで」
彼氏の活躍にすねてるんじゃない。
ツキノワのこととなると妙にお姉さんぶったり乙女のように恥じらったり、見てて微笑ましい。
「な、なによその目は」
「なんでもない。それより……ほら」
私が指差す方向では、ツキノワが静かにゴブリンににじり寄っている。
武器として携えているのがベアバスター……クマスプレーなのはちょっと格好つかない気がするが、本人は至って真剣だし、これが成功すれば魔物への対抗手段が増える。
お互いの息遣いが聞こえる距離になった。
来る。
「あ」
「うげ」
「ちょっとぉ!?」
ツキノワがベアバスターを射出した瞬間、突風が吹いた。
ゴブリンは軽く咳き込んだが、無力化というほどのダメージは与えられていない。
というかツキノワも軽く吸ったかもしれない。まずい。
「まずい! 助けないと……」
ニッコウキスゲが慌てて動こうとする。
だが、すでに状況は他人が介在できるものではなかった。
「うおおおおおおお!」
失敗を悟ったツキノワがベアバスターを投げ捨てて背中の斧を手にした。
がぁんという耳障りな音が響く。
ゴブリンの剣とツキノワの斧が正面からぶつかり合い、ゴブリンの剣を破壊したのだ。
そして仰天しているゴブリンの隙を、ツキノワは容赦なく突いた。
「覚悟しやがれっ!」
ツキノワは斧を大上段に振りかぶって、大地を割って地獄に叩きつけんばかりにまっすぐ振り下ろす。折れた剣で防御しようとするゴブリンの奮闘も虚しく、ただその圧倒的な斬撃の前に倒れ伏した。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
風の音も聞こえない。
ただツキノワの荒い吐息だけがこの場に響く。
ツキノワだけの時間が動き、他の人の時間が止まったかのようだ。
「すぅー……はぁー……」
荒い息を整えるようにツキノワは深呼吸して、こちらを振り返った。
やったじゃん、と褒め称えようと思った瞬間、ニッコウキスゲが駆け出した。
「ばか! 心配させるんじゃないよ!」
「おま……苦しい……」
ニッコウキスゲがおもむろにツキノワを抱きしめる。
仲間を思いやる温かい光景だが、問題はニッコウキスゲの細く美しい腕が野太いツキノワの首にしっかりと極まっていることだ。
「あんだけ格好つけて失敗しといて、やり遂げたみたいな顔して、まったく……!」
「ニッコウキスゲ。落ちる落ちる」
このままだと危ないと思い声を掛けるが、ニッコウキスゲは何も気付かずきょとんとした。
「落ちる? 何のこと?」
「ツキノワの意識」
「……あっ」
そこまで言われてようやくニッコウキスゲは自分の腕を離した。
しらばっくれて明後日の方向を見ているが、当然ツキノワに怒られた。
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