大鬼山を普通に攻略しよう 3
次回は4/16になります
緩やかな坂道となった林道を歩く。
木漏れ日の光に鮮やかな緑色が反射して、とても爽やかな気配だ。
現在地の標高は恐らく500メートル程度で、低山帯より下の山麓帯。
シイの木やナラの木などがにょきにょき生えている。夏真っ盛りの今はこれでもかと青々としているが、秋には真っ赤な紅葉を見せるとともにドングリを落として動物たちに恵みをもたらす。
スライム山のように人間が峠道として使い込んだ世界とはまた違った、生命豊かな森の世界が広がっている。
「あ、カモシカだ」
道から外れた斜面で、カモシカがもりもりと木の芽か何かを食べている。
私たちの方を注視しているが、かといって食事を止めるわけでもない。
食いしん坊さんめ。
「オコジョさん、どうします? 狩ります?」
シャーロットちゃんが槍を手にして一狩り行こうぜと提案してくる。
こっちも食いしん坊だった。
「食料はあるから大丈夫。それに、大騒ぎになってゴブリンに気取られたくないかな」
「わかりました!」
でも、ここって普通に獣がいるんだな。
魔物がいるような場所って魔物しかいないような気がしてたけど、そんなわけでもない。
「……シカとかクマとかって魔物とぶつかったりしないの?」
私のふとした疑問に、アスガードさんが答えた。
「するぞ。だがゴブリンじゃ流石にシカの足には追い付けないし、成獣のクマはゴブリンも人間も簡単には敵わんよ」
「なるほど……聖地と言っても、獣が入っちゃいけないなんてルールはないもんね」
「ただ、ゴブリンの方だってそこまでバカじゃない。身を守るための行動くらいは取るさ。基本的にゴブリンは3、4匹くらいで固まって登山道の開けたところで待ち構えてるし、不利になったらいったん逃げて仲間を呼んだりする。集団戦法を取ってくるんだ」
「けっこう文明的……。気を付けないとね」
「もう少し歩けばゴブリンの出現ポイントに着くが、どうする? 戦闘するか?」
ツキノワが私に聞いてきた。
彼のメンタルの方こそ大丈夫かなと心配したが、特に気負いはなさそうだ。
ニッコウキスゲは私と同じくちょっと心配そうだが、見守っている。
「一度、魔道具の性能を試したいかな。アスガードさん」
「ああ、任せてくれ」
「使い方は大丈夫?」
「問題ない。恐らく夢幻の短剣とコツは同じだ」
アスガードさんは、灰色のレインジャケットのようなものに袖を通した。
彼は細マッチョだがそれでもちょっとキツそうだな。
首周りに付いている留め具のところに、夢幻の短剣に嵌められていた魔石がある。
「これがカメレオンジャケットか」
「うん。耐水圧もけっこうあるから雨になっても平気」
「助かるな。で、これで魔石を触って魔力を込める。そうすれば【隠蔽】の発動だ」
アスガードさんが魔石を触った瞬間、彼の服……というか彼の体全体の色が変わった。
まさしく名前の通り、カメレオンのような保護色になっている。
だが以前使った夢幻の短剣のように、まったく見えなくなっているわけではない。
「声は聞こえるか?」
「なんとか」
一段トーンが下がったように聞こえる。
全体的に気配が薄くなっている。
私はアスガードさんがそこにいたのをはっきり知っているから感知できるが、そうでなければ誰もいないと思ってしまう可能性はある。
「外観の偽装と気配の隠蔽。人間相手には通じるようだが……あとは魔物に通じるかどうかだな」
「ゴブリンなら人間より知覚が劣るくらいだし通じるんじゃないか。視覚に頼らない魔物ならもともと夢幻の短剣は通用しにくいし、そこを補う機能追加をしたと考えると純粋に性能アップだ」
アスガードの言葉に、ツキノワが感想を言った。
魔物の生態はみんなほど詳しくないが、私も同感だ。
めっちゃいい。
「アスガードさん、このままゴブリンのところを素通りできるか試してみよう。危険だけどお願い」
「任された。先行するから、ゴブリンが見える位置まで来てくれ」
カメレオンジャケットは完全に姿を消して透明になれる夢幻の短剣の性能を落とした代わりに、持続時間を長くしたものだ。
激しい動きをしたり大きな音を出すとバレてしまうが、息をひそめて静かに歩くならば露見しにくい。
目的は当然、私の無殺生攻略だ。戦闘時に必中の一撃を放ったり緊急離脱するためではなく、魔物に見つからずに先を進むためのものとして伯爵が考案した。
また、他にもいくつか秘密道具を預かっている。基本的な登山道具はカピバラとクライドおじいさんに任せれば何の問題もないし他の人に任せるつもりはないが、こういう裏技的な道具については伯爵は頼りになる。
「よし、作戦開始」
私がそう言うと、アスガードさんは移動を始めた。
私たちはその後ろをゆっくりと歩みを進めて、そして十分後、ニッコウキスゲが手を上げて皆を制止する。
「みんな、腰を低くしながら静かに歩いて。あのへんの岩あたりが限度だよ」
そしてニッコウキスゲが先頭になってお手本を見せる。
私たちはそれにならい、そろりそろりと歩きながら岩陰に隠れた。
「ゴブリンはともかくアスガードは全然わからない」
近くにいればわかるが、遠目だと流石に見えない。
微妙に景色の色合いがズレてる場所がそうだと思うけど自信がない。
「……ねえオコジョ。あんたそろそろ、精霊魔法のステップアップできるんじゃない?」
「すてっぷあっぷ?」
ニッコウキスゲが突然妙なことを言い出した。
なんのことやらまったくわからない。
「今まで精霊様に頼んでるのって、伝言とか天気予報くらいだろ。三日分の祈りを消費するくらいだったし。けど、無殺生攻略をやってるし精霊魔法使いとしての技量は上がってると思うんだ」
「……無殺生攻略すると、精霊魔法って腕が上がるの?」
「多分ね。聖者たちは基本、凄腕の精霊魔法使いだったみたい。聖者は上級の精霊魔法に目覚めるスピードがすごく早いってコレットちゃんが言ってた」
精霊魔法は大雑把に、下位、中位、上位に分けることができる。私が使えるのは下位の精霊預言のみである。だが神殿の管理者やベテランの巡礼者であれば、中位の魔法を使うこともめずらしくはない。
「精霊召喚、いけるかな」
そして中位の精霊魔法の代表格が、精霊召喚である。
これは一度使ってみたいと思ってた。
「やってみなよ。この状況で使えるなら有利だ。呪文は覚えてる?」
「わかんない」
「ったく、覚えときな。祭壇用意して。大丈夫、精霊の煙は魔物にはわからないから」
簡易祭壇とお香を取り出して、精霊を呼び出す準備をする。
そして私はいつもと違う祈りの言葉を、ニッコウキスゲのカンペを読みながら囁いた。
「旅人に加護をもたらす大地の精霊よ。祈り15日分を供物とする。麗しき姿を大地に降ろし、我が化身として願いに応えたまえ」
すると、お香から立ち上る煙がその場に留まる。
ここまでは普通の精霊魔法……【預言】とまったく同じだが、煙の密度が濃い。
そして煙がまるで個体となるかのように、小さく小さくまとまっていく。
これが【精霊召喚】と呼ばれる魔法だ。
まるで魔女の使い魔の黒猫のような、自分の意図を聞いて行動する小人や小動物を呼び出せる……らしい。
「どういう化身になるかはわからない。祈祷する人の心の在り方が具現化すると言われてる」
「白いままだね」
「おかしいね……煙のままじゃなくてもっと具体的な存在になるはずだけど……あ」
ニッコウキスゲが気付いた。
ていうか私も気付いた。
煙のまま形にならないのではない。
白い煙みたいな毛並みの動物になった。
「オコジョじゃん」
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