大鬼山を普通に攻略しよう 2
次回更新は4/9になります
私たちは今、大鬼山のふもとの登山口にいる。
朝日も昇らない時間に王都を出発し、西へ馬車で4時間ほど揺られて到着した。
登山口や難所の開始位置を「取り付き」、そこまで到着することを「取り付く」などと言ったりするが、遠くの山やマイナーな山にいくときは取り付きまでが大変なんだよね。ちょっと腰が痛い。
「よーし、着いたぁ」
馬車の幌から出た瞬間、容赦ない太陽の光が肌を突き刺す。
だがそれでも風と水の心地よさの方が勝った。登山口の周辺には小さな川と湖があり、真夏に差し掛かったこの時期でも清涼感が感じられる。いかにも恐ろしい名前の割に、釣りに来ている人も多い。ニジマスが釣れるんだってさ。
「釣り竿は馬車に置いていくか。終わったらニジマスを焼いて食おうぜ」
「釣ってもいないし仕事も終わってないのに何を言ってるのさ」
ツキノワの気楽な言葉に、ニッコウキスゲが肩をすくめて呆れた。
今日の目的は釣りでもないしキャンプでもない。伯爵が用意した秘密兵器……私用にカスタマイズした『夢幻の短剣』の実験である。
ただし、いきなり秘密兵器に頼って無殺生攻略を目指すのではなく、まずは普通に攻略することにした。冬期登山とかバリエーションルート開拓といった挑戦的な登山をするときは、無雪期の晴れの日に一般的なルートで登山するのが私のたしなみである。
カピバラは独立の準備で忙しいため来ていない。安全に登れると確信できたら呼ぼうと思う。
なので順当に考えればいつもの二人と行くことになるのだが、ツキノワにとって大鬼山は因縁の場所であった。ツキノワは大鬼山でゴブリンを倒すことができず、前のパーティーのリーダー、ブリッツと決裂してしまった場所だ。
何にせよ大鬼山は長丁場で体力魔力を温存しなければいけないため、3人では人数が足りず助っ人を探さなければならない。だからツキノワに休んでもよいと提案した。
だがツキノワは首を横に振った。「行かせてくれ。巡礼者を守るって意味なら俺は絶対に役に立つ。それに……裏スライム山を走ったら、なんか吹っ切れた気がしたんだ……」と、強い意志で同行を希望した。
またニッコウキスゲも「連れてってやってよ。ちゃんと役に立つからさ」とフォローした。実際、来てくれると助かるし私も了解した。
「そういえば、こうやって普通のパーティーを組んで普通の巡礼をするのって初めてかも。あらためてよろしく。ニッコウキスゲ、ツキノワ。それとアスガードさん、シャーロットちゃん」
というわけで、魔法使いニッコウキスゲ(ジュラ)、戦士ツキノワ(フェルド)に加えて、助っ人のベテラン剣士のアスガード、パラディンのシャーロット=ムーアという二人が加わっての巡礼となる。
「オコジョさんの頼みならタダでもいいんだが、こんないい靴をもらっちまったからにはしっかり仕事をしねえとな」
アスガードさんは、元々の「胡蝶の剣」の持ち主と親しかったために使い方を色々と教えてくれた人だ。40歳を過ぎていて冒険者としては引退していてもおかしくない年齢だが、体はバリバリに鍛えているようだ。
麻の服の上に革の防具を要所要所で覆っているが、全体的に身軽な感じだ。ただ、足元はがっしりしている。私が前払いの報酬として用意した登山靴であった。
「本当に抽選で当たるなんて思いもしませんでした! がんばります!」
そしてもう一人の同行者、シャーロットちゃんが嬉しそうに決意を述べた。
桃色の髪をした、明るい性格のパラディンである。
神殿で習った治癒魔法と槍術をたしなむ、顔に似合わぬ猛者だ。
実は今回、助っ人メンバーを募集したら応募が殺到した。
報酬として登山靴を用意したためだ。
俺も俺も私も私もと挙手する人があまりに多すぎて、抽選方式となった。アスガードさんについては改造した「胡蝶の剣」について助言をもらうために同行は確定していたのだが、あと一枠についてはこの子が当選ゲットしていた。
ちなみにこの子とは初対面ではない。以前、タタラ山にいったときに水と食料が尽きたパーティーとすれ違い、色々と助けてあげたことがある。シャーロットちゃんはそのとき、疲労困憊で喋ることもできなかった少女であった。
「あのときはお恥ずかしい姿を晒してしまい……恩返しのため頑張ります! なんでも仰ってください!」
シャーロットちゃんはどうやらあのとき、治癒魔法を使って仲間の怪我を治していたのだそうだ。そういえばカピバラが、「治癒魔法を使うと消耗が激しいから気軽に頼むな」と言ってたっけ。
遭難しそうな状況になったこと自体は誉めることはできないが、あのときの彼らはちゃんと仲間を守って下山しようとしてたんだな。助けておいてよかった。
「ありがとう。無理せず行こう」
「我が身命を賭して、粉骨砕身でがんばります!」
いやいや、無理しなくていいってば。
と思うのだが、嬉しさを体いっぱいで表現しているこの子には通じなさそうだ。
まあ、スケジュールやペースを作るのは巡礼者たる私の仕事でもある。
彼女が無事に下山するまで気配りするのも一つの試練と捉えよう。
「登山する前に、大鬼山のおさらいとルート確認。私とシャーロットちゃん以外は登ったことがあるだろうけど、地図を見て」
私はそう言いながら地図を広げた。
現代地球のような等高線はない。登山口や登山道、地名などが書き記されており、森や谷などは記号ではなく絵で記されている。初見の人にとっては地図記号で描かれるよりも優しいのだろうが、いかんせん情報量が少ない。
なので等高線をわかる範囲で書き足した。
「なんだこの線?」
「標高を表したもの。俯瞰図とか色んな地図を見比べて作ったものでちゃんと測量したわけじゃない。そんなに信用はしないで」
「へえ、面白いな……」
アスガードさんが面白そうに眺める。
評価してくれるのは嬉しいが、本題はここからだ。
「私たちが今いるのはゴブリン湖登山口。ここから南進して山頂を目指す『情けなや勇者道』ルートを辿る」
「常々思うが、ひどい名前の道だな……」
アスガードさんが渋い顔でツッコミを入れるが、まったく同感である。
情けなや勇者道とは、五百年ほど前、大陸最強の竜「焔王」を単身で倒した勇者エルレーンの逸話が由来となっている。
勇者エルレーンは歴史に名を残す清廉潔白な勇者だが、若い頃は高慢な性格だったらしい。大鬼山もソロで攻略してみせるぜ! と行って意気揚々と攻略に行ったが、運が悪かった。
通常であれば山頂付近にはゴブリンキングという通常のゴブリンよりも一回り大きい力持ちの魔物がボスとして君臨しているのだが、エルレーンが足を踏み入れたときは偶然、レッドキャップと呼ばれる上位種の魔物が発生していた。
レッドキャップの動きはゴブリンキングよりも数段速く、そして力強く、知恵も回るために、勇者エルレーンは剣を折られて命からがら逃げ出してしまった。
それ以来、勇者エルレーンは謙虚な性格となって力を付けて、大鬼山のレッドキャップを倒し、そして大陸全土を脅かした焔王を倒し、勇者と呼ばれるに至った。
で、大鬼山の地名は勇者が自分を戒めるためにあえて恥ずかしい名前を残している。山頂付近のゆるやかな稜線は「剣折り」という名で、ボスが出てくる直前の休憩場所である。
八合目は「鎧落とし」と呼ばれる、木が伐採された開けたエリアがある。エルレーンが逃げ足を速くするために鎧を脱ぎ捨てた場所なのだそうだ。
五合目にある湧き水が出てくる場所は「破れ盾」。矢や投石を防いでいた盾が壊れたとされている。
そして勇者エルレーン以降の冒険者や巡礼者たちは、エルレーンの始まりの冒険と失敗に思いを馳せながら、同じ轍を踏まないように冒険するというわけだ。三方ヶ原の徳川家康みたいだ。
「慢心したり功を焦って失敗するのが人間ってもんだからな。恥ずかしい記憶だからこそ残したい気持ちもわかるさ」
ツキノワがそんな感想を漏らす。
ここはツキノワの前のパーティーの決裂のきっかけになった場所であり、何とも言えない含蓄がある。
「今回は名誉挽回だね。気合い入れなよ!」
「いって! お前加減しろよ!」
センシティブなところに触れたらどうしようかなと思っているうちに、ニッコウキスゲがぱーんとツキノワの背中を叩いた。彼女の威勢のよい叱咤は屈託がなく、傍から見ていて清々しい。
「よし、気合いの入ったところで出発しよう」
こうしてニッコウキスゲに勇気付けられた私たちは、大鬼山に足を踏み入れた。
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