会議をしよう
プライベートの事情で多忙なため、次回更新は3/23になります
ソルズロア教の神殿は当然、山以外にもある。
太陽により近い山を聖なる土地として崇めてると言っても、流石に神殿の数は都市内の方が多く、また、王城や行政区に常駐している神官も多い。そのため高位神官たちが集まる重要な神官長会議は、王都アーキュネイスにて行われる。
だが山そのものを管理する任を負った高位の者は当然、山に常駐している。
タタラ山の火守城の管理人や、スライム山山頂の管理人がそうである。登山者や巡礼者にとっては優しく頼りになるおじさんとおばあさんだが、神殿内の序列で言えば相当な高位に位置している人物たちだ。王都における神殿の運営方針に堂々と口を出し批判できる権限を持つ。
とはいえ彼らには重要な業務があり、登山と下山を繰り返すのも大きな苦労がいる。細やかな会議において代理の者を派遣させることが多い。
だから神殿の管理者が山を下りて会議に現れるのは、それだけで会議参加者にとってちょっとしたプレッシャーになる。
「私は巡礼者オコジョを巡礼神子として推薦いたします」
「わたしも賛同しますわ」
火守城の管理者キオ=タタラと、スライム山の管理者ユレール=エイジャは偶然にもまったく同じ提案を出してきた。ついでに巡礼者協会の支部長であるコレット父も同じ提案をしようとしたものの完全に二人に出遅れて「あ、賛成します」と後に続いた。
その二人と一人の提案に、広々とした円卓の会議室はどよめいた。
オコジョの鮮烈なデビューを初めて知った……からではない。
とうとう来たか、どのような採決となるのか、という不安と好奇心によるものだった。
会議に参加できる高位の神官たちは、自分なりのルートでオコジョの活躍を耳にしている。無殺生攻略によって大地の安定化を喜ぶ者もいれば、無茶苦茶な功績を上げ続けるオコジョを疎ましく思う者もいる。
「しかし、功績を笠に着た傍迷惑な人物であったら困りますよ」
「お二人が太鼓判を押すのであれば問題ないのでは?」
「むしろバックアップが遅いくらいです。このまま無位無官の下級貴族の娘のまま無殺生攻略をされたら、それこそ聖オリーブ派のような信者が現れかねません」
「オリーブ様のことは関係ないだろ! ネバーギブアップの精神を非難するなら戦争だぞ!」
「しかし巡礼神子となれば、二人だけの任命責任の問題ではないでしょう」
「あの、巡礼者協会としても推薦しています。三人です」
ざわめきが響く会議室に、小さな咳払いが響いた。
途端に会議室はしんと静まり返る。
「一つ、よいかな」
「カルハイン様、それはもちろん」
この場におけるもっとも高位の者であり、巡礼者としても最高位に座する人間――聖者、【畏怖】のカルハインが何かを言おうとしている。
「話を聞くに……推薦されるに足る実績の持ち主のようだな。それもキオ殿、ユレール殿、巡礼者協会の皆様が賛同とあれば、儂も真剣に検討せねばならぬ」
肥えた姿の、禿頭の老人だ。
その体からは、彼が巡礼者だった頃の面影はまるでなくなっている。
だがその魂が放つ熱は失われてはいない。
むしろ老齢に差し掛かり、ガディーナ王国におけるソルズロア教の支配者としての立ち位置を確立してなお野心を滾らせている彼の姿は、山に挑み続けた獰猛な人間であることを証明し、誰もが心のどこかで業績の確かさに納得していた。
もっともそれが聖者と呼ばれるに相応しい聖なる振る舞いなのかは、多くの者が口を閉ざしていた。
「では、カルハイン殿は賛成なさると?」
火守城のキオが尋ねた。
「皆が推すのであれば儂には否はないとも。ないが……巡礼神子となれば、こちらの命に従ってもらわねばならぬ。それが気がかりでな」
どこか含みのある言葉をカルハインが放つ。
その後の言葉で会議の流れが決まると、誰もが気付いた。
「聞けば魔法に頼っているわけでもなく、道具と知恵で工夫しているそうではないか。その流儀は尊敬すべきものだが……五大聖山を攻略する力量が確かなのかどうかが問題だ。今、もっとも無殺生攻略を求められている場所は、もっとも力が求められる場所なのだからな」
「無殺生攻略を求められる場所?」
誰かが、疑問を率直に口にした。
カルハインは、その問いに、答えとも言えない奇妙な警告を口にした。
「……それを言う前に、皆に肝に銘じておいてほしいことがある。今から話すことは、みだりに口外してはならぬ。一般信者に露見して話が広まった場合は破門、あるいは死罪もありえる。また王の名において極秘にすべきとも命じられている重要事項だ。よいな」
重々しい口調のカルハインに、全員に緊張が走る。
「……火竜山から密使が来た。焔王の目覚めの兆候がある」
「なんですと!?」
会議室が騒然となった。
焔王とは五大聖山の一つ、火竜山の主である。
身の丈は人の十倍。 大きな翼を広げれば、その巨体にも関わらず天空を駆け、口からは灼熱の業火を放つ。
また眷属となる下位の竜を自在に使役し、山頂へ向かう冒険者や巡礼者を見逃すことなく食らいつくす。
山そのものの登頂の難易度としては天魔峰に劣るが、魔物の強さを基準とするならば火竜山は最高難易度と言えた。強力な鬼系の魔物にはない飛翔能力と、広範囲かつ遠距離を攻撃する竜のブレスはまさしく人間たちにとって悪夢だ。
「今、巡礼神子が現れたとなれば、焔王を出し抜いて無殺生攻略をしてもらわねばならんだろうな」
焔王の脅威はただ強いだけではない。
聖山を支配する魔物はただそこにいるだけで周囲に大きな影響をもたらす。火竜山の聖地としての力を弱めさせて、大地に鎮める祈りの力を解き放って噴火を誘発させることさえありえた。
そして火竜山の噴火がもたらす被害は、王都の滅亡だ。
無論それ以外の周辺の都市や農村も巻き込まれる。
多くの者が焔に飲まれて死に絶え、あるいは家と土地を亡くして飢えと病によって死に絶える。
何としても防がなければいけない、大いなる危機だと言えた。
「目覚めが早すぎる……一体どうして……」
「せめてアローグス様が生きていれば……」
誰かの失言を、カルハインは聞き逃さなかった。
「あのような堕天使の名前を出すな!」
その厳しい言葉に、失言を漏らした神官がひいっと悲鳴を上げた。
カルハインとアローグスは同時代に活躍した聖者たちだ。互い仲間と認め合い切磋琢磨した頃もあったそうだが、方針の違いから徹底的に不仲となり、アローグスが天魔峰から落ちて消え去った今も、カルハインは決してアローグスを評価することはなく、公の場で死を悼むこともなかった。
聖者でありながら天に見放されて墜落した者、堕天使と呼んで憚らない。そんなカルハインの不遜な態度を諫めることのできる者は、この場にはいなかった。
「……焔王は賢い。無殺生攻略であれ、討伐であれ、二度か三度の敗北の記憶であれば、新たに転生してくる焔王が持ち越している可能性は高い。通常の道は蛇竜や地竜が守り、アローグスのような飛翔魔法の使い手にも何かしら対策をしていると思った方がよいだろう。試したいのであれば止めはせぬがな」
先ほどの怒鳴り声などなかったかのように、カルハインは淡々と話す。
会議の出席者たちはカルハインの冷静さに安堵しつつも、この状況の重さに恐れ慄いていた。
「本格的に目覚めるのはいつ頃になりますでしょうか……?」
「そこまではわからぬ。調査の続報を待たねばなるまいよ。だが今は卵の殻が割れたばかりで噴火口の中で静かに眠っているようだ。一か月や二ヶ月で事態が急変するということはなかろう。前回も焔王が目覚めてから本格的に活動を始めるまで、一年近く掛かった」
「そ、それはよかった」
「だが側近となる火竜は目覚めて、噴火口周囲を飛び回り警戒網を張っているそうだ。そこらの巡礼者や冒険者が闇雲に攻略するのは難しかろうな。そもそもやつが目覚めるまではこちらも手の出しようがない。準備を整えるしかあるまい」
誰かの安堵する声を戒めるように、カルハインは厳しい声で言い放つ。
重い沈黙が訪れる。
ほとんどの者は事態を受け入れるために時間を要していた。
だが、そこで火守城の主、キオが端的な言葉を放った。
「準備を整えるにしても……どちらに重きを置くか、ですな。討伐か、巡礼か」
「うむ。焔王を倒すか、それとも無殺生攻略を成功させて焔王ごと魔物を一掃させるかだが……」
カルハインは、そこから先の話はしなかった。
五大聖山のうち、天魔峰の五合目神殿に魔物を倒さず辿り着いて無殺生攻略をした聖者は多い。
だが火竜山を無殺生攻略できたのは、【飛天】のアローグスただ一人であった。
五大聖山のうちの5つ全てに挑戦し、四座の山頂に到達して天魔峰の五合目神殿にもたどり着き、無殺生攻略を達成した。
だが天魔峰の山頂を目指して消え、神殿は無謀な挑戦者が現れないようにアローグスの死を天罰であるかのように扱い始めた。今では、アローグスの名は禁忌であるとさえ言えた。アローグスが使った飛翔魔法も極めて危険な魔法とされて、研究する者はほぼいない。
彼の技は断絶した。少なくとも公の場においては。仮に伝承者がいたとしても、人間が空を飛ぶという意表を突くやり方は、新たに生まれる焔王には通用しない。
(大事なのは技の伝承でもない。血統や門派でもない。彼の魂を受け継ぐ者がいるかどうかだ)
今、オコジョが巡礼神子となれば火竜山に派遣されるのは目に見えている。
だが火竜山は焔王がいなくともトップクラスの難易度であり、火竜一匹の強さはサイクロプスを上回る。
客観的な判断として、オコジョがここを無殺生攻略するのは不可能だ。
だがそれでもキオは彼女の面影に、アローグスを重ねざるをえなかった。
どことなく顔や雰囲気が似てるというだけではない。
流星の如く現れて人を引き付ける鮮烈なアローグスの魂を、確かに感じていた。
「……その者がまさに神の子のように火竜山に平和をもたらしてくれるのであれば幸いなのだがな」
難しいだろう、とカルハインは言外に含みを持たせている。
そしてどうしてもと言うならば死地に送り込むぞと。
「まあ、この状況でなお巡礼神子に推薦するならば構わぬが、一度持ち帰ってはどうかね」
それが、神官長会議の結論であった。
◆
神官長会議が終わり、カルハインは一人、自分の書斎で思索に耽った。
「アローグス。おぬしのような者は二度と出さぬ」
久々に聞いた仇敵の名は、カルハインの心を昂らせた。
聖水の欺瞞を見抜いてただ一人公然と糾弾した男。
ともに聖者を志して高め合いながらも、自分を裏切った友にして仇敵。
アローグスはカルハインを上回る業績を残すために天魔峰の山頂に挑戦して消え去った。
そこからカルハインに栄華の道が開けた。
このまま数年、何事もなくソルズロア教を運営していけば、最高峰となる教主となるのは九分九厘間違いない。
そんなときに訪れた焔王復活の一報に、カルハインは動じることはなかった。
密かに自分が育て上げた強力な冒険者集団がいる。
損耗を覚悟せねばならないだろうが、焔王を倒すことは決して不可能ではない。
動揺をもたらしたのは、カプレーという下級貴族の娘であった。
サイクロプス峠の壁を登るという、あまりにも突拍子もない手段で攻略した新進気鋭の巡礼者の話を聞いて、カルハインは自分の、いや、自分たちの過去に思いを馳せざるをえなかった。
無鉄砲で無軌道で、ひたすら困難な山に挑戦し続けた頃を。
だが今、片方は生きて巨万の富を得て栄達の道を歩み、片方はこの世から去り、名誉を汚されている。アローグス亡き今、カルハインを止められる者はいない。
「おぬしのような輝かしい巡礼は、人を魅了して死に追いやる。巡礼など、無様で良い。金を撒き、安全を買い、誰にでもできるものでなくてはならん。アローグスのような者も、世に出してはならん」
アローグスがこの世から去って二十年を超える年月が流れた。
だがそれでもカルハインは、空へ飛び、そして堕ちていった魂に囚われていた。
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