裏スライム山でトレーニングしよう 4
登山口の片隅に腰を下ろしたツキノワが、ぽつぽつと自分の来歴を話し始めた。
「……あいつの言ったことは本当だ。俺は、魔物を殺せないんだ」
ツキノワは、商家の次男坊であるそうだ。だが体格の良さ、腕力、そしていい意味での人相の悪さから、冒険者や騎士団からひっきりなしにスカウトされていた。とはいえ生来の穏やかさは、戦いへの相性の悪さと紙一重であった。
本人はマメで真面目な性格だ。手先は起用で、計算や記憶力に間違いはなく、商人としての適性があった。一方で大きな欠点として、悪人顔であった。特にツキノワの実家は食料品や服の生地などを扱っているために女性客が多く、彼が店番をすると客が寄ってこないという事態が度々あった。
ツキノワは人生の岐路に立たされ、悩んだ末に冒険者となる道を選択した。冒険にはいずれ慣れるだろうと。
「けど失敗しちまった。魔の新月っていう魔物が活性化して強くなる日を知ってるか? パーティーみんな駆け出しでそれに気付かず大鬼山を冒険しちまって、ゴブリンの群れに殺されそうになった。命からがら助かったが巡礼者を危機にさらしちまったし……それ以来、魔物との命のやり取りになると体がすくんじまう」
「今は治ってるだろ。ごまかすのは良くないにしても、悪い方に過剰に言ってどうするんだい」
ニッコウキスゲが苛立たしげに口を挟んだ。
「まあ弱い魔物を相手にするとか、盾で防戦するだけだったら問題ないさ。ただ、ゴブリンとかレッサーデーモンとか、人間とほぼ同じような魔物と命のやり取りをするのは……正直、今も自信がない」
それは、ごく自然のことじゃないだろうか。
私は冒険者のように剣を振るったり、魔法で魔物を倒せたりはできない。
仮に凄まじいチートが宿っていたとしても殺せるかどうかは別の話だ。
普通に怖い。
痛いのも痛くさせるのも私は趣味じゃない。
もちろん聖地で魔物を倒すことは、この世界において必要なことだ。
ニッコウキスゲは多分大丈夫と思うし、ギルドにいた冒険者たちもそうだろう。
誰かができないことを誰かがやる。
それは世の中の仕組みなのだと思う。
ツキノワだって、やれることをやってる。
「……魔物を倒せないことが、そんなに悪いことかな」
「冒険者としてはな。巡礼者を守るためには魔物を倒さなきゃいけねえ」
ツキノワが寂しく笑う。
だがそこに、ニッコウキスゲが口を挟んだ。
「違うよフェルド。適材適所だろ。魔物を殺すのに慣れきった連中はちょっと逸脱してるのさ。『魔物を倒す』が目的になっちまって、『巡礼者を守って無事に冒険を終わらせる』って意識が疎かになっちまった連中をたくさん見てきたじゃないか。だから、あんたでないとできない冒険がある。何度も言ってるだろ」
ニッコウキスゲの言葉に、ツキノワのつらそうな顔が和らぐ。
私もそれを見てちょっとホッとした。
「私もそう思う。みんながみんな、そうである必要はない」
「それにオコジョがやるのは無殺生攻略じゃない。魔物と戦うのって避けなきゃいけないところじゃないの」
カピバラ、ナイスフォローだ。
グッジョブ。
「そうだな……。だけどリーダーに黙ってたことは決して褒められたことじゃない。すまなかった」
「ごめん、オコジョ。あたしも、この話を知っててあんたに黙ってた」
二人が真剣に謝る。
やめなよ水くさいと言いたいところだが、ここはちゃんと受け取っておこう。魔物に囲まれたりとか避けられない戦いもありえるのだから、欠点を隠すのは確かによいことではなかった。
「わかった。謝罪を受け取る」
「言い訳になっちゃうんだけどさ、魔物を倒さなきゃいけない状況になる前に話そうとは思ってたんだ。だけどスライム山に行くって決まってから安心して、ちゃんと説明するのを棚上げしてた」
「そういえば、ニッコウキスゲってツキノワと組んでて長いの?」
「そうだね。正式にパーティーを組んでたわけじゃないけど、2年くらいはコンビ組んでる。魔物を倒すのはあたしの役目。攻撃を防いだり、巡礼者がいたらそいつを守ってもらう。サイクロプスの攻撃だって受け止められるしね」
「待て待てそりゃキツい。何度か食らって死ぬわ」
「ばか、それくらいできらぁって言うところだろうに」
「無茶言うな!」
ニッコウキスゲが怒り、ツキノワが勘弁しろよと顔をしかめる。
よいコンビだ。
「でも……ブリッツって冒険者がツキノワを目の敵にする理由がわからない」
あれは見下すとか嘲笑するとか、愉悦を得るためにツキノワに突っかかってきたとも違う。
明確な怨恨があったように感じた。
「……元仲間だ。大鬼山の失敗の件であいつらのところから追い出されちまってな。根本的にはみんな魔の新月ってことを忘れた無知が原因だが、俺がちゃんと戦ってゴブリンを倒せてたら成功してた可能性もあった。申し訳ないとは思ってるんだ」
「けどあいつら、ツキノワを追い出してから仕事も上手くいかなくて逆恨みしてんのさ。盾役としてはツキノワは別に弱くないし、冒険者以外の仕事も色々と知っててフォローされてたのに自分自身で気付いてなかったんだよ。実際、ツキノワの方は仕事に困ってないしね」
ニッコウキスゲの言葉には説得力を感じる。ギルドにいた冒険者たちも、コレットちゃんも、ツキノワに悪意を抱いてる印象は無かった。むしろ彼に助けられている冒険者の方が多いと思う。
ツキノワは、よく話を聞く。
私の話もまず聞くという姿勢を取った。
サイクロプス峠の遺品回収をしたときも、すぐに相続人であろう冒険者や巡礼者の名をピックアップした。日本なら営業マンとして大成している部類と思う。
「……あと、ブリッツは根に持つタイプだから、オコジョにも何か突っかかってくるかも。ほんとごめん」
ニッコウキスゲが謝るが、そこは本当気にしないでほしい。
「メンバーに喧嘩を売られたってことはリーダーが喧嘩を売られたってこと。気にしないで」
「ありがたい。でも無茶はしないでくれよ」
「そうよそうよ。あんた別にケンカが強いわけじゃないんだから。あんたこそ仲間に守られなきゃいけないのよ」
カピバラに叱られる。
くそう、正論を言わせたらカピバラは強い。
大事なことだから心に刻みつつも、私はツキノワの方を向いた。
「そこはごめん。……ともかく話を戻す。ツキノワ。私は許す」
そう言うと、ツキノワがはっとして私を見た。
「確かに言うべきことだったとは思う。だけど私にだってまだ話していないことくらいある。そもそも私は、魔物を倒すこともできないし攻撃を防ぐこともできない。でも私にしかできないことがあって、ツキノワにしかできないことがある。みんな同じこと。補いあうからこそのパーティーだと思う」
「オコジョ……」
「それでも申し訳ないと思うなら、ツキノワ、走って」
「……ああ、任せとけ!」
ツキノワの顔が、いつもの明るい顔に戻る。
悪人顔のくせに妙に爽やかで、不思議な頼り甲斐に満ちた顔だ。
「ていうか純粋な持久力や脚力ならツキノワのほうが上。今回は魔物じゃなくて風からみんなを守ってほしい。エナジーゼリーもたくさん作っといて」
「ハードル上がったな!? だがいいさ、やってやろうじゃねえか!」
そして今日も、練習を始めた。
熱スライム峠までのタイムは、聖者オリーブを超えている。
特に今日はツキノワが絶好調だった。
だが油断はまだできない。
山を歩くにしろ走るにしろ、その成功の可否を握るのは天だ。
天に抗うことはできないが人事を尽くすことはできる。
実戦さながらの練習でくたくたに疲れた私を待っていたのは、一枚の手紙だった。
靴職人のおじいさんからだ。
「……オコジョ。アレを作る目処が経ったそうよ。ただ、素材を調達した錬金術師があなたの話を聞きたいって」
「わかった」
最後のピースが揃おうとしている。
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