表スライム山を登って山頂でソーセージを食べよう 3
味覚を楽しみ栄養補給したところで、登山を開始した。
山の入り口は大きな石碑があり、「スライム山 登山道」と書かれている。
その他にも、「ゴミを捨てるな」とか「酒は控えるように」とか「登山道での野営禁止」とか、色んな注意書きが書かれている。巡礼者が多い分、マナー喚起も色々とせざるをえないのだろう。
だが入り口から一分も歩けば、看板の群れはすぐになくなった。本格的に聖地の中に入った証拠だ。静謐な樹林帯を突っ切るように、整然とした石畳の道が続いていく。
「鳥とかリスとか多いね」
道を囲うようにそびえ立つ白っぽい幹は、ブナの木だ。
ブナの上の方から、チュピチュピチュピとかチィチィチィとか、甲高く小刻みな音が響く。
セキレイの鳴き声だろう。
シューティングゲームで威力弱めの弾を連射してる感じをイメージすると大体合ってます。
またブナの根本ではずんぐりむっくりなリスが何かの新芽を両手で持って食べていた。
私たちに気付いて「なんやお前ら」、「こちとら食事中やぞ」みたいな視線を送りながら固まっている。気になさらずお食事を続けてください。
「動物も住みやすいんだろうさ。普通の聖地なら魔物に食われちまったりもあるが……ほら、見てみろ」
ツキノワが指を指した方向には、半透明の丸い物体があった。
完全な球形ではなく、重力によって肉まんみたいな形になっている。
サイズとしてはメロンくらいの大きさだろうか。
「あれがスライム?」
「そうだ」
「どうやって戦うの?」
「戦うっていうか……」
ぷにょんぷにょんとその場で佇むスライムが、こっちを認識してきた。
そして、前を歩くツキノワに突進した。
意外に機敏だ。
「適当に払いのける」
ツキノワはまったく動じることなく、右手でぺしっと払いのけた。
それだけでスライムは弾き飛ばされて、べしょっと地面に落下した。
「……え? それだけ?」
「おう。倒した」
スライムはもはやぴくりとも動かない。
完全に今の一撃で倒れてしまった。
「まあ払いのけるまでもなく、体当たりだけで自爆するんだけどね。服が汚れるから一応払い落とすけどさ」
「そうなんだよ。負ける方が難しいんだ」
ニッコウキスゲが苦笑し、ツキノワがしみじみと頷く。
「なるほど……。初心者向けっていうか、むしろこういうのが聖地だと思われると面倒なくらい簡単」
「そういうことだね。ま、オコジョにはそのへんの注意をする必要がないから楽だよ。もうサイクロプス峠を攻略してるんだから、本当にお遊びみたいなものさ」
倒れたスライムをつんつんと突っつく。
本当にこれで死んでしまった。
こんなに貧弱でよく生きていけるものだ……。
「中腹の方に出れば、もっとたくさんいるぞ。サイズはこれくらいが標準だな。もっと小さいのも、もっと大きいのもいる」
「うん、わかった」
林道を進んでいくと傾斜がキツくなり、つづら折り……つまり、曲がりくねった道になる。
つまり死角が増える。
曲がり角の木陰にいるスライムが奇襲を仕掛けてくる。
だが何の問題もなかった。
トレッキングポールで突っつくか払いのけるだけで倒せる。
「そういえば、珍しい杖だね。しかも両手持ちなんて」
「スライム山くらいだと特に出番はないけど、念のために持っておくと便利」
「あと、靴もなんていうか……がっちりしてるね?」
そういえば、前のサイクロプス峠のときは登山靴とトレッキングポールの出番は特になかった。
これらを見せるのは初めてだ。
「オーダーメイドで作ってもらった。友達が靴に詳しくて」
「ああ、そういえば職人がいるんだっけ? なんて言うんだい?」
「カピバラ」
「……カピバラねぇ」
「それ絶対にオコジョが付けたあだ名じゃねえか」
ニッコウキスゲとツキノワがジト目で見てくる。
名前を覚えるのは苦手なのでそこは責めないでほしい。
「本名はマーガレット。いい子だよ。親が騎士で、武器防具とか道具のメンテが得意」
「……ん? マーガレット?」
いやまさか、とニッコウキスゲが意味ありげな言葉を呟く。
もしかして知り合いと聞こうと思ったが、そこにまたスライムが現れた。
しかも10匹近くいる。
「これ、避けていくことってできる?」
「……やったことないな」
「避けたり逃げたりする必要ないからね。やってみる?」
「うん」
私はっ軽く足を屈伸させて、スライムとスライムの間を縫うように走った。
だが、案外あいつらはすばしっこい。
奥の方に控えているスライムが私に体当りして、そして自分が被ダメージを受けて倒れた。
「ちょっとヌメっとしてる……」
「ま、そうなるよね」
びしょびしょになるような不幸は避けられたが、ウェアが汚れるのは嫌だな……。
「なんとかトレッキングポールで殺さず追い払えないかな」
「無理だと思うぞ。子供の腕力でも何とかなっちまうんだから」
「じゃあ……松明とかで近づけさせないとかは?」
「多分それも無理だ。スライムは目で見えるものより匂いと熱に反応するんだよ。火を出したらむしろ喜んで近づいてきて、そして死ぬ」
「……なんか生き物として間違ってない?」
「魔物が生き物なのかもわからんしなぁ。幽霊っぽいのとかもいるし」
「そういえば、魔物よけの聖水とかは効かないの?」
魔物よけの聖水は、ソルズロア教が作っているありがたいお水だ。
これを自分の体に振りかければ、突然魔物に襲われる確率が減るらしい。
「あれは高い。やめとけ。それに……何て言ったらいいか……お前にはいらんものだと思う」
ツキノワが、妙に歯切れの悪い口調で言った。
理由を尋ねようと思ったが、その前にニッコウキスゲが答えを出してくれた。
「効かない魔物がけっこういるんだよね。聖地の外に迷いでた魔物を避ける分には効果があるんだけど、あたしは信用してない」
「おいおい、神官に聞かれるかもしれないぞ。あんまり迂闊なことを言うもんじゃない」
ツキノワはニッコウキスゲを咎めつつ周囲をきょろきょろと見る。
本音のところでは同意しているようだ。
「もうちょっと詳しく」
「……冒険者や巡礼者じゃ公然の秘密だが、ソルズロア教の人間には言うなよ」
ツキノワが意味深な切り出し方をして、ひそひそ話を始めた。
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