冒険者たち 1
冒険者ギルドは巡礼者協会を兼ねている。
冒険者の仕事の半分は、巡礼者の護衛だからだ。特に新人冒険者にとって、信心深いご老人やハイキング気分の貴族を護衛するのは割の良い仕事である。金払いの良い客に気に入られようと、フレンドリーな応対を心がけている冒険者も多い。
とはいえ、冒険者とは基本的に荒くれ者が志望する仕事である。王都アーキュネイスは治安の良い街だが、一応の注意は必要だ。特に私は、婚約者も保護者もいない一人ぼっちなのだから。
「……よし!」
冒険者ギルドの扉の前で、私はぱんぱんと自分の頬を叩いて気合いを入れる。
ここに来るまで長い道のりがあった。
具体的には、タタラ山を下りた後もやっぱり準備しておきたい道具があったり、その製作過程でまたカピバラと口論になって靴職人のおじさんに仲裁してもらったり、なまった体を鍛えるトレーニングをしていたら一か月ぐらい過ぎてしまったが、ようやく準備が整った。
軽い緊張を覚えながらドアノブを握り、ギルドの中へと入る。
そこは酒場と事務所を足して半分に割ったような。雑然とした雰囲気の場所だった。
冒険者たちはローブを着てフードを目深に被った私をちらりと一瞥し、すぐに興味をなくして自分たちの雑談に戻る。
「いらっしゃいませ。巡礼ですか? それとも依頼でしょうか?」
声をかけたのは、カウンターにいる職員の少女だった。
真面目な公務員といった言葉が似合いそうな、生真面目そうな佇まいをしている。
山男のような人を想像していたので意外だ。
「巡礼者登録をお願いします」
「では初めての巡礼ですね? こちらでは王都周辺の王冠八座までを管理しておりまして、それ以外の遠方の山や聖地は管轄外になります」
王冠八座というのは、王都アーキュネイス周辺にある8つの山の総称だ。
多くの山頂の聖地に祈りを捧げることで清浄な力が少しずつ大地に満ち、天変地異や災害から人々の暮らす地を守っていると言われている。実際、タタラ山の噴火も神秘的な力によって防がれている。
「大丈夫です。最初は登りやすい山から少しずつ攻めます」
「それがよろしいかと」
「ですので、まずはサイクロプス峠を」
「はい、サイクロプス峠……サイクロプス峠ぇ!?」
私の言葉に受付の少女のみならず、近くのテーブルで寛いでいた冒険者たちも動揺を見せた。失笑している者もいる。失礼な。
「いきなりあそこか」
「わかってねえんじゃねえの」
「がはは、若い子は威勢がいいねぇ!」
「素人じゃねえか、コレットちゃん、教えてやんなよ」
冒険者が口々に私のことを揶揄する。
ま、それも想定内だけど。
「……あのですね。王冠八座は冒険者にとってそこまで難しい山ではありません。サイクロプス峠以外は」
あなた何にもわかっていませんね、というニュアンスを込めた説明が始まる。
「サイクロプス峠の攻略とは、王都以外の聖地でも通用する実力者だと証明する一つの登竜門なんです。そのためには巡礼者自身も幾つかの巡礼を経験し、冒険者のサポートをする力を高めなければいけません」
巡礼者は冒険者の雇い主だ。
だが同時にパーティーメンバーであり仲間でもある。
地図読み、荷物持ち、食事の準備などなど、護衛役が本来の護衛仕事に専念するために、巡礼者は様々な雑用を進んでこなさなければいけない。
巡礼者とは冒険者パーティーにおけるポーターやガイドでもある。簡単な山ならばともかく、難しい山で冒険者が巡礼者の世話を甲斐甲斐しくする余裕などないのだから。
「たとえあなたがどんな高位貴族であろうとも、ただ守ってもらい、連れてってもらえると思うのであれば、大間違いです。山や聖地における行動規則や命令系統は、地上の秩序よりも優先されるのです」
「わかっています。……ですがそれは、魔物を倒してもらって登頂する通常の巡礼での話です」
「え?」
「一切魔物を殺すことなく巡礼する無殺生攻略においては、サイクロプス峠がもっとも成功率が高い。違いますか?」
「なっ……!?」
「「「「無殺生攻略だとぉ!?」」」」
話を聞いていた冒険者たちの間に、どよめきが走った。
◆
巡礼とは、魔物を直接倒すことなく聖地で祈りを捧げる行為だ。
よって巡礼者ではなく冒険者が魔物を殺す。
だが、一つの疑問がある。
巡礼者のために冒険者が魔物を殺すということは、間接的には巡礼者が魔物を殺しているのではないか?
むしろ冒険者に汚れ仕事をさせている分、罪深さはより増しているのではないだろうか?
もしかしたら、恥ずべき怠惰ではないのか?
その疑問に、冒険者と巡礼者の多くは「厳しすぎる」という反応をする。
巡礼者と冒険者の間にはパートナーシップがある。魔物との戦闘を任せているからといって巡礼者が何もしないわけではない。計画の策定、食事や野営の用意、武器防具以外の荷運び、資金調達などなど、巡礼者がやるべきことは多岐に渡る。
足手まといの巡礼者や、金だけ払えばなんとかなると思っている巡礼者は自然と淘汰されて実力者が残るため、冒険者にとっても巡礼者は得難いパートナーとなりうる。だから巡礼者があたかも横着しているかのような物言いは、巡礼者からも冒険者からも反発が出る。
だがその一方で、巡礼者たちや冒険者たちはこうも思った。
冒険者の力を頼らずに本当に巡礼できるものなのか?
無殺生攻略を成し遂げたならば、凄いことではないか?
「ほ、本当ですね……。無殺生攻略に限るならば……サイクロプス峠がもっとも成功数が多いです……。にわかには信じがたいのですが」
まるで確信を持てないとばかりに受付の女性が眼鏡を拭き、冒険者ギルドの書物庫の資料を何度も読み直している。
ギルドに務めているのなら知っておいてくれとも思うが、あまりの危険さゆえに無殺生攻略に挑戦する者はめっきり減っているらしい。調べる必要など今までなかったのだろう。
「そういうことで登録お願いします」
「で、ですが、そういう数字があるにしても、あなたができるかどうかは別問題です。無謀な巡礼に協力する冒険者はいませんよ」
「わかってます。私一人でやるから大丈夫」
「無茶です!」
「計画の現実性には自信がある。それに、何人たりとも巡礼者となる権利はあるはず」
「そ、そりゃ規則ではそうなってますけど!」
二、三十分ほどカウンターで堂々巡りのやりとりをすることになった。
しまったなー、この子は善人だ。
巡礼者の登録数は一種のノルマがあるはずで、我関せずという態度で送り出してくれると思ってた。
けれどこの子は私の身を案じて、ルールを無視してまで引き留めようとしてくれる。
どうしたものかと考えていたところ、成り行きを見守っていた冒険者の一人が腰を上げてこちらに来た。
「コレットちゃん。あたしが代わるよ」
「ああっ、ジュラさん!」
近寄って来た冒険者の姿を見て、私はぎょっとした。
だって、今の人生で初めて見る黒ギャルなんだもの。
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