シュガートライデントを縦走しよう 4
スノモンを抜けてしばらく歩いて、稜線に近付いた。
雪は強い。
そして風も強い。
ホワイトアウトするほどではないが、油断すると体温を持っていかれる。
「ちょっとストップ」
私が手を挙げて皆を制止する。
ツキノワが、白い息を吐きながら質問した。
「どうした、オコジョ?」
「装備確認。稜線歩きになる前にファスナーは全部締めて、完全防寒の態勢で行こう。あとゴーグルに不調とか違和感あるなら今のうちに確認してほしい」
山頂に近付くほど風が強くなる。装備の確認をするなら今の内だ。
特にゴーグルの状態は確認はしておきたい。風や雪が強い中でゴーグルを外すのは難しいからだ。移動中に何かのトラブルで外したとして、突発的な風によって急速に乾燥してドライアイが起きたり、雪が目に入って突発的に視界を失うこともありえる。
「大丈夫だ」
「問題ないよ」
「わ、わたしも大丈夫です」
ツキノワ、ニッコウキスゲ、ジニーさん、全員問題なし。
しかしジニーさん、意外と体力がある。
「あそこまで行くのは骨が折れそうだが……そこから先が問題だな」
見上げるとそこには、凍刃峰の山頂があった。
刃の名前を関するのもわかる。
山頂部が見事なナイフリッジとなっている。
「……あそこ歩くのキツくないか? どーする?」
「キツい。これ雪降ってなくてもキツい」
ツキノワのうんざりした言葉に、同意するように頷いた。
「だから安全策を取ろう」
「安全策?」
「道具と魔法」
私がそう言うと、ツキノワが思い出したように頷いた。
「そうか、アレがあったな」
「ていうか忘れるんじゃないよ」
前回、氷菓峰を登ったときには少々ズルい手を使った。ウェブビレイヤーで放ったロープの先端を岩に固定し、そこから自分自身の体をロープが縮む力で引っ張ってもらったのだ。だが今回、似たような手を使えるかどうかはまだわからない。
「岩とか木とか、ロープを固定できそうなところってあるかな」
「……何も見えんな」
「師匠、ちょっと調べてきてくれない?」
『わかりました』
狼ジニーさんがそう言って、とことこと雪の山道を歩いていく。
恐らく雪質は固いのであろうか、狼ジニーさんの体は沈んでいない。先ほどのように雪を掻きわけて進むことにはならなさそうだ。そのかわり、風に耐えて吹き飛ばされないようにしなければいけない。
いやもう、めちゃめちゃ飛ぶ。油断すると手袋とかスマホとか、その他生命線となる道具がどんどん飛んでいってもおかしくはない。ハードシェルやパーカーにカラビナや紐をつけるためのフックがたくさんついているのは風対策だ。特に、予備含めて手袋を二回も風で飛ばされる人とか実在するので気を付けてほしい。
『風めっちゃ強いんですけどぉ!?』
「狼とはいえ体重はそこまで重くないしね……」
ジニーさんのサイズは中型犬から大型犬の間くらいで、狼としてみたら小さい方だろう。
犬が雪面にしがみつきながら這うように動いているのは正直ちょっと可愛い。
可愛いが……けっこう無理あるんじゃないかなって思えてきた。
「師匠、ヤバそうなら戻って……あっ!?」
『うわー!? 無理でしたごめんなさーい!』
狼ジニーさんが、空を舞った。
あらぬ方向に飛んでいき、このまま墜落してしまうのでは……と肝が冷えたところで、狼ジニーさんの姿が光輝いて消えた。
「ぶはっ……しっ、死ぬかとっ、死ぬかと思った……」
そして、無表情だった本来のジニーさんの表情に生気が宿ったかと思うと、安堵で泣きそうになっていた。精霊召喚を解除して、強制的に感覚を自分の肉体に戻したのだ。
「ご、ごめんよ師匠。軽い気持ちで頼んじゃった」
「だ、大丈夫か?」
ニッコウキスゲとツキノワが心配そうに話しかける。
ジニーさんは深呼吸をして自分を落ち着かせて頷いた。
「ええ、何とか大丈夫です。こういうのも初めてではないので。……あんまり慣れませんけど」
「ちょ、ちょっと休憩しよう。作戦会議」
私の言葉に、皆が頷いた。
やっぱり雪山は怖い。
◆
少し移動して、雪洞を作った。
「魔法で一発で雪洞が作れるの、ほんとチート」
「ま、師匠がいる手前、このくらいはできないとね」
ニッコウキスゲを褒めると、謙虚な口ぶりながらも自慢げに笑った。
ちなみに雪洞と言っても、かまくらのようにしっかりしたものではない。頭上までは覆わない簡素な壁のようなもので、かまくらみたいなしっかりしたモノではないが、それでも風をしのげるだけでも十分に温かい。
雪は意外と断熱効果があり、0度から数度くらいに保つことができるし、何より風が届かない。猛烈な風が当たる場所ではマイナス20度よりも下がるなど珍しくはない。
何よりここならば火が使える。簡易祭壇を組み立てて火を灯し、お湯を沸かす。
「ふぅ……生き返りましたぁ……」
ジニーさんがコーヒーを飲んで、ぶはぁとため息をついた。
「お菓子もどうぞ。みんなも食べて」
「あっ、ありがとうございますぅ……。行軍中だとこんな美味しいもの食べられませんよぉ」
ジニーさんにエナジーバーを渡す。以前作ったナッツとドライフルーツ主体のものに、今回はメープルを混ぜ込んでみた。これを軽く炙って温めて食べる。
「砂糖入れたコーヒーにエナジーバー合うのかなって思ったけど……これだけ寒いと甘いもの何でもお腹に入っちゃうね……」
「俺も甘党じゃないんだが今だけは別だ」
みんなモリモリ食べている。やはり前回の、氷菓峰ルートよりも凍刃峰ルートの方が体力を使うようだ。もっともあのときはウェブビレイヤーで引っ張ってもらうというズルをしたので、体力的な難易度はちょっとわからないけど。
「オコジョさん。精霊体にダメージを負うと精神にだけフィードバックがあるので、死を覚悟したときはこのように術を強制中断してくださいね……」
「骨身にしみてわかりました」
狼ジニーさんが風に攫われるのはちょっとトラウマになりそうな光景だった。犬と一緒に巡礼する人は、しっかりと風や悪天候を見極めてほしいものだ。
「しかし思ったより風が強いな」
「一応、登る前に預言は聞いたんだけどね」
精霊の預言による天気予報は、日本の気象衛星を利用したものと遜色ない、もしくは上回る精度を持つ。とはいえ絶対ではない。こないだも雪崩に巻き込まれてしまったし。
「いえ、歩けないほどではありませんよ。さっきは祈りの力を少々節約してしまったので体を大きくできませんでしたし……恐らく体重としては10キロ未満でしたから」
「あっ、体の大きさも調節できるんですか?」
「はい、ある程度は。もっとも、『そういう動物がいて当然だ』という認識ありきなので、オコジョさんの場合はどれくらい大きくできるかはちょっとわかりませんが」
むむ、あまり自由度がある感じではなさそうだ。
特に私の場合、地球人の記憶が邪魔をして自由な発想にブレーキが掛かってしまいそうだ。
「よし。祭壇も組み立てたところだし、ちょっと聞いてみようか」
祭壇にお香を並べて焚いていく。
精霊魔法用のお香は優秀で、この環境でも問題なく着火した。
「……霊峰を守りし大いなる精霊シュガーよ。。祈り3日分を供物とする。どうかその尊き姿を現したまえ」
【忙しないのう。またなんぞ用か?】
シュガー様がすぐ現れてくれた。
けっこう暇なんだろうか。
【人間の時間の物差しで測るでないわ】





