シュガートライデントを縦走しよう 1
ウェグナー氏と別れた後、私はまったりと過ごした。
カピバラとクライドおじいさんたちが道具を作るのを見学したり、おじさまの法廷バトルに茶々を入れたり、グスタフ氏に紹介された魔法使いと手紙のやり取りをして火竜山攻略の計画を練ったり、空いた時間に適当な岩壁を見つけてボルダリングをしたりと、一ヶ月ほど自由な日々を満喫していた。
ちなみにお金はあった。おじさまが騎士団を相手取った交渉で、考えていた以上の金額の和解金を早々に払ってもらえたためだ。鬼王砦の隊長が私たち……というより、カピバラが雪崩の救助活動をした件にずいぶんと感動したらしく、早々に白旗を揚げたようだった。
だがそこに、大いなる代償もあった。
「嫁にならないかって申し出が殺到してお父様がキレてる」
工房に遊びに行ったらカピバラが妙に憂鬱そうな顔をしていて、理由を聞いたらめちゃめちゃ面白かった。まさかのモテ期到来である。
「事故調査報告書で結婚しようってなるんだ」
「笑い事じゃないわよ!」
「わ、笑ってないし」
「吹き出す直前の顔をしておいて白々しいのよ!」
本人としては笑い事ではないのだろう。
モテまくってておめでとうとも言いがたい。
「……実際、困ってる感じ?」
「そもそもお父様がシャットアウトしてるから困ってはいないんだけど……」
カピバラがやれやれと肩をすくめる。
「気疲れはするよね」
「言っておくけど他人事じゃないからね! あんたに興味持ってる人もけっこういるって噂聞いたもの」
「そうなの? 全然そういうコンタクトないけど」
「あんたのおじさまは騎士団に賠償請求とかしてるし、あんまり王都に来ないだろうからツテもないだろうし、話を持ってくまで大変なんじゃない?」
そういえば私も貴族であり、保護者はおじさまだった。
結婚するためにその家の長に打診を持ち掛けるという貴族ムーブは面倒だなぁ。
そもそもを言えば婚活に面倒くささを感じるけれど。
私にはもっともっと登りたい山があるのだ。
「私には好都合。カピバラも、変な男に付き纏われそうなら言って」
「お父様に任せて全部断ってもらっておけば後腐れないから大丈夫よ。どーせ家柄と功績目当てだし」
だが、実際にはそんなこともなかった。金獅子騎士団のパレードにカピバラは参加したこともあり、家柄のみならず顔や振る舞いもある程度知られており、「あのむくつけき男から生まれたのに物静かで賢そうなご令嬢だ」という何となくの好印象が騎士たちの間に広まっていた。
そこに、「深窓の令嬢が雪崩の救助活動で大活躍をした」というニュースに多くの者は仰天した。特に鬼王砦の隊長が調査報告書を読んで感涙にむせび泣き、ぜひ息子の嫁にと申し出てきた。そうはさせるかと別の騎士が名乗りを上げ、瞬く間に打診のお手紙が二桁になった。
とはいえカピバラの婚約者であり私の元婚約者ケヴィンは今、グスタフ氏にじっくりといたぶられ……ではなく鍛え上げられているところであり、カピバラも当然、婚約者をまた乗り換えるようなことは考えていない。全員フる予定である。二桁の数をフるって凄い。本物のお嬢様だ。
ちなみに、私たちの知らないところで婚約志望の男たちがカピバラの婚約者の座を賭けて決闘とかあったらしいけど、「いや私の知らないところでそんなことされても知らないし。ていうかお父様も無視する気だし。そもそもケヴィンが婚約者なんだけど」とカピバラはスルーを決め込んでいた。
「ところで道具の方は何とかなりそうだけど、魔法の方はどうなの?」
魔法の方とは、火竜山の季節を修正する方法のことだ。
焔王が復活すれば、火竜山の季節は冬であっても捻じ曲げられて夏になる。ドラゴンたちが一番活動しやすい気温になり無殺生攻略は堕天のアローグスおじいちゃんのような飛行魔法の使い手でない限りほぼ不可能となる。
だが、アローグスおじいちゃんは記録に「精霊に助けてもらって魔法の儀式をすれば季節を元に戻すことはできる」と書き残していた。
そのために私は、カピバラのパパに熟練の魔法使いを紹介してもらったのだ。
「カピバラのパパに紹介してもらった人が頼りになるからイケると思う。ニッコウキスゲの魔法の師匠らしいし、文章だとすごい雄弁でわかりやすい。学校の先生を相手にしてるみたい」
「……みたいとか、らしいとかが多いけど、大丈夫? 会って話してないの?」
「直接会うのは少ない方がいいとか言ってた」
「大丈夫なのそれ」
「文章だと真人間だから心配はしてないんだけど……。まあ、そのうちシュガートライデントにいって実験とかしてみる予定だから顔も見られるし」
「行くにしても、また雪崩に巻き込まれたとかやめてよね」
「うん。気を付ける」
こうして波瀾万丈の出来事がありつつも、準備は着々と進んでいった。
◆
休みなのか多忙なのかわからない一ヶ月を過ごした後、私たちオコジョ隊は再びシュガートライデントの麓にやってきた。
前回は雪山装備の確認と氷菓峰の巡礼を目的としており、大きなトラブルに見舞われつつも実験は成功した。今回はその次のステップ……火竜山を攻略を想定したトレーニングと魔法の実証実験だ。
ちなみにカピバラはいない。今日のメンバーは私、ニッコウキスゲ、ツキノワのいつメンに加え、もう一人のゲストメンバーがいる。
「改めてよろしくお願いします」
「…………っす」
大きな三角帽子を被った、ピンクブロンドの髪の女性が頷く。
いや、頷くというより、ほんの数ミリくらい口と顎が動いた感じだ。
声も小さくて全然聞こえなくて、語尾しかわからなかった。
「師匠。もうちょっとはっきり喋って」
「……いや、その……大丈夫っす」
「大丈夫じゃないから言ってるんだけど」
ニッコウキスゲが溜め息を吐いた。
「えー、この人は星詠みの魔女ジニー。精霊魔法も属性魔法も使えるスペシャリストで、金獅子騎士団での参謀本部付き魔法使い。こんなんだけど悪い子じゃないから、よろしくね」
この人こそがグスタフ氏の紹介してくれた魔法のスペシャリスト、ジニーさんである。
帽子のつばと前髪で目が隠れ気味の、おっとりした雰囲気の女性だ。背は高いが、それがコンプレックスなのか姿勢がちょっと丸まっている。
ちなみに今は雪山用のウェアに着替えてもらったが、服装もまさに魔女と言った雰囲気で黒いローブ姿をしていた。
「前線には出ないけど基礎訓練もしてるから体力はあるはずだし、一応ここに来るまでに巡礼は何度か済ませてる……んだよね?」
「あ、えっとね、スライム山と、大鬼山と……」
「師匠、耳打ちしないでみんなにはっきり言って」
「意地悪ぅ……」
だ、大丈夫かな。
今までいなかった感じのコミュ障の子だ。
いや、子というのも失礼か、年上だろうし。
「とりあえず、書面ではもう何度かやり取りしてるし、大丈夫大丈夫。実質マブダチ」
「まっ、マブダチ……い、いいんすか、巡礼神子様があたしみたいなのをそんな風に言って……」
ジニーさんが目をキラキラさせてこっちを見てくる。
実は、この人にはすでに「火竜山の夏を冬に変えたい」という少々無謀なお願いを魔法で解決できないかと手紙で相談していた。グスタフ氏から「少々偏屈だが、筆まめだからその方が早かろう」と言って文通を推奨されていたので今まで直で話したことがなかった。偏屈ってこういう意味だったんだ。
ていうか文章だと非常に理知的で、「火竜山の季節の修正は十分に実現可能性はあるものの、実証できるかどうかのデータが乏しいため実験は済ませたい」、「その際はガイドを頼む」と、スパスパと竹を割ったような明瞭な口調だったので、こういうタイプとは全く思ってなかった。
「なんか今までにいないタイプだな……」
「魔法の腕は良いから、許してやって」
ツキノワが苦笑し、ニッコウキスゲが保護者モードになっている。
実際悪い人ではなさそうだし、登山趣味の人は不思議とオタクが多いし、私としては気にしない。推しの人形を持ってきた人に写真撮ってあげたりしてた。むしろああいう小物をどこにでも持っていくこだわりが羨ましかった記憶がある。
残る心配については、彼女に本当に雪山を登る実力があるかどうかだが……。
「ニッコウキスゲ、大変そうなら助けてあげて」
「ああ、それは本当に心配いらないよ」
と、ニッコウキスゲが笑って言った。
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