資格をもらいに行こう
こうしてカピバラのパパ、グスタフ氏の協力を取り付けた私たちは、次なる面会相手の元へと向かうこととなった。
王都の神殿を統括する神殿総長、ウェグナー氏だ。
そのウェグナー氏がいるのは、王都アーキュネイスにいる太陽神ソルズロア教の神官たちや巡礼者を統括する本部、アーキュネイス神殿である。私とカピバラはシャーロットちゃんに案内されて神殿へと向かった。
「オコジョさん、カピバラさん、すみませんご足労頂いて」
「けっこう大きい建物と思ってたけど……そうでもない?」
「ここ、一般信徒の礼拝には使われないんですよね。特別な謂われがある場所でもないですし、礼拝や会議は別のところを使ってます」
王宮や貴族街に近い一等地にあるが、意外とこじんまりしている。華美な装飾もない、真っ白い清貧な佇まいの建物であった。恐らく、事務やマネジメント機能がメインなのだろう。本社機能だけある都心のオフィスみたいなものだ。
ちなみに王都の一等地にあるからと言って、ここにソルズロア教のトップが常駐しているわけではない。日本で言うと都知事や市長、区長みたいなもので、あくまで王都の範囲内を統括するだけだ。
そもそも神殿や山は、国が定めた行政区画の境目や曖昧な場所に置かれていたりする。日本だと富士山は静岡県と山梨県の境目にあるし、山頂あたりは浅間神社の私有地だったりする。
面白いところとしては、福島県に属する飯豊山が挙げられる。登山道が両サイドを山形と新潟に囲まれた幅一メートルくらいの「福島県の道」となっていて、「山頂と飯豊山神社は絶対に他県に渡さない」という熱いこだわりを感じる。
で、この世界の山々も神殿や神社がどの行政区画に属するかは度々揉めているので、それらを無視して統括するソルズロア教の総本山は王都とかなんとか市みたいな行政区画とは独立した場所にあったりする。「王都の神殿や巡礼者協会を統括する」という立場は、ソルズロア教の位階としては聖者カルハインより幾つか下に位置する。
とはいえウェグナー氏は王都にいる巡礼者たちを束ねる人なわけで、私より偉い人には違いないのだが。
「……怖い人だったりしないわよね? 女子供はお呼びじゃないと怒るとか」
カピバラが戦々恐々としながら尋ねたが、シャーロットちゃんは笑いながら首を横に振った。
「まさか。気さくな御方ですよ」
「そうなんだ」
「偉ぶったところはないですし、仕事は真面目ですし……それに、何というか……」
シャーロットちゃんは少し言いよどんだ。
「何というか?」
「オコジョさんにちょっと似てるかも?」
「もっと怖いんだけど!?」
カピバラが怖がりだした。
大変遺憾である。
◆
「裏スライム山縦走は素晴らしいよね! いや僕も仕事がなければほっぽり出して行きたいんだがね! あと十年若ければなぁ! うぁっはっは!」
創作カレー店かショットバーの店長みたいな感じのひげ面のおじさんがテンション高めに笑っている。いや、服装だけは正装のローブを着ており一分の隙もないのだが、雰囲気は妙にチャラく、そして話す言葉は山人だ。
この人が知事……ではなく、アーキュネイスの神殿長であり、王都の神殿総長であるウェグナー氏であった。意外すぎる。
「仕事で山に行けなくてつらい気持ち、よくわかります。めちゃめちゃ晴れてると『もう休む』って気持ちになりますよね」
「視察みたいな名目で行ってたんだがやりすぎて総本山から怒られてな! そうそう、シュガートライデントも行ったが、あれも最高だったな! 珍しいところだと潮音歌山も行ったぞ!」
「潮音歌山、行きたいです。船で行くんですよね?」
「そうそう、港から船を出すんだが波が高すぎると上陸もできなくてな! 五回目でようやく上陸成功したよ! その後も辛かった! 君ならどう攻略する!?」
「潮音歌山は火山島で、島が山そのもの。正規ルートならば上陸した後に洞窟を進んで、魔物を倒しながら中心部に行くことになるけど……岩壁を登れるかもしれない」
「サイクロプス峠の攻略は聞いている。だが島の岩壁は風が強いぞ」
「ある程度歩けるところまで登れたら攻略の幅が広がる。あとは精霊召喚で地形情報を収集しながら魔物がいないルートを探していく格好になる」
「……それ、面白い。やってみるかい? あそこは神代の遺跡があるから普通の巡礼者に許可は出せないんだが、総本山も興味を示すかもしれない」
「マジで。行く行く」
チャラい感じのおじさんに影響されて私もチャラくなってしまう。
グスタフ氏の執務室より広く豪華な応接間なのに、アウトドアトークだけで盛り上がってる。
ちなみに潮音歌山とは東京の離島、青ヶ島みたいな山だ。
海から隆起している山の山頂部が海面から突き出てそのまま島になっている。
島の半分くらいがすり鉢状の火口となっているらしく、その雄大な地形は一度見てみなければと思っていて……。
「ちょっとあんた、無礼な口きくの止めなさいよ!」
「ウェグナー神殿総長、あの、そろそろ本題に入って頂けると……」
私はカピバラにツッコミを入れられて、そして神殿総長は秘書らしき女性神官に怒られた。
すみません。
「あー、すまんね。近頃は会議ばっかりで、こういう話ができないんだよ。……さて、それでは」
おほんと咳払いしたと思うと、ウェグナー氏の表情が一変して真面目な顔つきになった。
「巡礼者マーガレット=ガルデナス。貴女は巡礼神子となり、この大地の澱みを払い聖地に祈り捧げ続けることを誓いますか?」
「はい、誓います」
「ありがとう。事が落ち着いたら記念式典とかも開く予定だけど、今は略式で我慢してほしい」
面倒くさいのでいいです、と言いたいところだがそうもいかなそうだ。
「面倒くさいのでいいですって顔だな。わかる。俺も面倒くさい」
「おわかりですか」
「わかるよ俺も仕事サボって山行きたいもん。外晴れてるんだよこんなに。ずーっと毎日会議会議で」
おほんおほんと秘書が咳払いをする。
仕事がたまってそうだ。
「……さて、ともあれ巡礼神子のデビューはとてもめでたい。僕としてもできる限りのバックアップはしよう。潮音歌山の渡航許可も出せるし。だから安心して君たちは君たちの巡礼をするとよい」
「は、はい! ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
カピバラが素直に頷き、私もそれに続いた。
だがそこから先の言葉は、予想外のものであった。
「……天魔峰の本当の頂上以外はね」
びりっという音が聞こえそうなほど、場の空気が固まる。
バレてる……というか、まあバレるのも時間の問題ではあった。
一応、身内だけに言ったつもりではあるが人の口に戸は立てられないし。
「どっ……どうして、ですか?」
カピバラが恐る恐る聞いた。
「そりゃー考えるまでもないだろう。何にも無い、ただ危険な場所に若く才気溢れる少女たちが行き、そして死ぬ。世界の損失だよ。もっと行くべき山、行く価値の山はたくさんあるじゃん? 登り甲斐ある山たくさんあるよ。何なら他の大陸に渡ったっていいわけだしさ」
ウェグナー氏が気軽に言う。
それはそれで魅力的な提案だ。
だが、私は頷かなかった。
「そうかもしれません。でも、行く価値があるかどうかは、行ってみないとわかりません」
「まあ、僕が決めることではないかもしれない。君らには君らなりに情熱を注ぐ理由があるんだろう」
「はい」
「きみらの熱量に多くの人は夢を託し、やってくれるかもしれないと願う。きみらを愛する人さえほだされる。だが僕は違う。僕には僕の成し遂げたい夢があるからね。少なくとも僕の目が黒い内は許す気はない。絶対ない」
ものすごい勢いで断言された。
共感できなさそうな人と和解した後に、共感できる人から拒絶をもらうとは。
いや、違うな。
共感できるからこそ拒絶しているのかもしれない。
(ちょっとちょっと! どーすんのよ!?)
(大丈夫大丈夫)
(ちっとも大丈夫じゃないわよ!)
こそこそと内緒話をする。
いやこんなところで耳打ちしてもあんまり意味ないと思うけど。
「ウェグナー様、一つ聞いていいですか?」
「なんだい?」
「鍛えてますよね」
「……そりゃあ、僕も元は巡礼者だったからね」
「元?」
嘘つけ。
間違いなく、事務所で書き物だけをしている人の指先じゃない。
鍛えに鍛えて指紋が丸坊主になっている。
何が元巡礼者だ。クライマーみたいな指をしてるくせに。
「自分の目の黒いうちは……っていうのは、自分が一番手になるからその後にしろって意味ですか?」
「何のことかな」
「ピークハントの競争。そういうことですね」
ウェグナー氏が、憎たらしい笑みを浮かべた。
なるほどね。
この人、私に似てるのかもしれない。
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